3-4 コンビニ大乱
午後四時。だいたい毎日、俺の仕事はこのあたりで一段落する。ここからはメール処理と明日の事前仕込みに入るのが、よくあるパターンだ。
おまけに、研究所前のコンビニ「ファミリーセブン」も、おやつ需要が終わってちょうど暇になる頃。五時とかになると晩飯絡みとか会社帰りの連中が来始めて、ぼちぼち忙しくなるからな。
なので毎日今くらいにコンビニに顔を出して結菜の様子をチェックすることにしている。その日も俺は、いつものように顔を出したってわけさ。
「おや……」
自動ドアが開いたらすぐ、異変に気づいた。怒鳴り声が聞こえたからな。見るとレジ前だ。二十歳かそこらのヤンキーっぽい男が、甲高いキンキン声で叫んでいる。
「ちげーよ。マイセンって言ってんだろ」
「ば、番号で言って下さい」
結菜の声だ。
「早くマイセン出せよ」
レジ台をどんと叩く。ヤンキーって中坊止まりだろ、普通。高校出てからもヤンキーファッションって、相当痛い。まあ高校出てるのかは知らんが。金髪に染めた髪もぼさぼさで、服もなにもかも、見るからに不潔っぽい。
思わず頭に血が上った。この野郎、結菜に絡みやがって。足を踏み鳴らし、わざと音を立てレジに近づくと、結菜とヤンキーがこっちを見た。結菜の表情は強張っている。
ぱっと見たところ、他に客も店員もいない。俺は、レジ背後の煙草コーナーを見た。
「結菜、八十五番のメビウスだよ」
「う、うん」
俺が来たからか、結菜は明らかにほっとした表情だ。
「お客様、八十五番でよろしいんですよね」
じろりと俺を睨んでから、ヤンキーは、渋々頷いた。
「決まってんだろ。マイセンだからな」
顎をそっくり返してイキっている。
「結菜……」
「うん」
煙草を取り出した。
「こ、こちらですね」
「とっとと出せや、ブス。ほらよ」
投げ捨てるように、千円札をレジに放り出す。
「このままでよろしいですか」
「たりめーだろ」
「……お釣りです」
「ふん……」
もう一度、ねめるように俺を睨むと、わざとぶつかるようにしてすり抜け、肩を揺すりながら出ていく。なんだよその歩き方。歌舞伎役者かよ。店を出ると、これみよがしに煙草を取り出し、火を着ける。一服ふかし、また店内を睨むと、ゆっくり歩き始めた。
そいつが充分離れたのを見て取って、俺はレジに向き直った。
「大丈夫か、結菜」
「うん。……ありがと」
悔しそうにレシートを千切ると、レシート入れに放り込んでいる。
「ヤバい奴が来たら、他のバイトか店長呼べって言ったろ。お前まだバイト歴一か月もない、ひよっこだろ」
「オーナーは今、急病で病院行ってる。バイトのシフトは今、あたしだけ」
なんだよ真っ昼間に初心者にワンオペさせるとか。いくら急病でも少しは考えろよな、オーナー。
「マイセンって、メビウスのことなんだ……」
「みたいだな。もともとマイルドセブンって名前だったらしいから」
「洋介兄、吸わないのによく知ってたね」
「まあなー」
学生の頃、吸ってるダチもいたからな、なんとなく覚えたわ。
「落ち着いたか」
「うん」
頷くと、笑顔を作ってみせた。
「まあ、変なお客さんも来るよね。客商売なんだから」
「社会勉強だと思って我慢しろ」
「わかった」
結菜の様子を観察した。見たところ、もう落ち着いたようだ。
「もう大丈夫か」
「うん」
「じゃあ俺、仕事に戻るぞ」
「うん……あっ」
裾を掴まれた。
「どうした」
「手」
「……」
「ぎゅっとして」
手を出してきた。握ってやると、細かく震えている。
怖かったんだな、結菜。俺の前でいくら強がってはいても、考えてみればまだ高校生だ。たったひとり東京に出てきて、精一杯虚勢を張っていたのか。
東京に知り合いはいない。頼りは俺だけだもんな。
ごめんな結菜。こんな当たり前のことすら、よくわかってやれなくて。
「……今日は早く帰ってきてね」
うつむいたまま、口にする。
「定時で上がる。安心しろ」
「良かった……。ご飯、一緒に食べようね」
「ああ。今日は結菜の好きなとんかつ弁当とカツサンド、ダブルで買ってやる」
「誕生日みたい」
「誕生日なら、もっとうまいもん食わしてやるよ。弁当なんかじゃなく、寿司とか食いに行こうや」
「回らないとこでもいいの」
「任せろ」
「ありがと」
顔を上げると、俺の目をじっと見てきた。
「じゃああたし、豚汁作って待ってるね」
「いいな。とんかつと合うし。豚汁と言えば白味噌か合わせだけど、俺、赤味噌好きなんだ。それで作ってくれるかな」
「いいよ。冷蔵庫に入ってるの知ってるし」
「こいつは楽しみだ」
「洋介兄……」
手をぎゅっと握ってきた。
「安心しろ、結菜。側にいるからな。また変な奴来たら、構わないから店放り出して研究所に逃げてこい。俺の名前出せば呼び出せる」
「バイト首になっちゃう」
「構わん。コンビニは東京に何万軒もある。すぐ次が見つかるさ」
「それもそうだね」
あっ……と、小さく口に出した。
「でもここ首だと、お兄の近所にいられなくなるか。それは困る」
俺は、結菜の手を強く握り返した。
「駅前に別のコンビニがあるから安心しろ。なんなら片道二十分かけて、毎日様子を見に行くからさ」
「洋介兄は優しいね」
結菜は微笑んだ。
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