3-2 昼飯コンビニに結菜がいた

「おいおい」


 出社して朝のメール整理を始めると、同期の岸田が俺のデスクに飛んできた。なんやら知らんが、どえらく嬉しそうだ。


「なんだ。ガチャでSSR引いたのか」

「おう。SSRどころかURだ」


 なに興奮してるのかしらんが、缶コーヒーを握り締め、ぐっと一気に煽っている。


「そのコーヒー、午前中は持たせるんじゃなかったのかよ。いつもそうだろ」

「いいんだよ、すぐ買いに行くから」

「URって、SSRよりレアなんだろ。なんのゲームだ」

「研究所の入り口前だよ」

「はあ」


 なんの話だよ。


「どえらく可愛い子がレジ打ってた」

「コンビニか、あの」

「ああ。レジガチャ、大成功だ。お前も行ってみろ」

「別にコンビニとか、誰がレジでもいいだろ。彼女にできるわけでもないのに」

「お前は男のロマンがわからん奴だな」


 なんやら知らんが、鼻の穴拡げて興奮してるな。競馬馬かよ。


「考えてもみろ。どうせなら可愛い子の顔見たほうが、幸せ気分になるだろ」

「そんなもんかね」

「お前だって、レジに入ってるのが俺と可愛い子だったら、どうよ」

「まあ、お前のレジには並ばないな」

「ほらみろ」

「もういいよ。とにかく良かったな」


 正直、どうでもいい。仕事の準備しないとならんし、早く消えてくれんかな。


「さて、俺はさっそくコーヒー買い直してくる」

「あんまり通うなよ。白衣姿のおっさんが一時間ごとに顔を出したら、鳩時計かよってドン引きされるぞ」

「いいんだよ。あっこはウチの社食とか購買部みたいなもんだからな」

「それもそうか」


 岸田の言うとおりではある。


 ここ日東ハム世田谷研究所は、東京とはいえ、世田谷のど田舎に存在する。昭和の中頃までは、もともと牧場だった。日東ハム前身の大日本畜産工業、直営の。


 乳牛や肉牛を飼っていたんだが、戦後の高度成長で世田谷の地価が上がると牧場を潰して大部分の敷地を宅地開発し、残った片隅に研究所を作ったってわけよ。


 世田谷といっても成城や下北沢のような栄えた土地じゃない。牧場があったくらいのど田舎だからな。だから今でも周囲にあんまり店舗がない。最寄り駅からも徒歩二十分だ。


 そんなわけで、門前コンビニは、研究所員の貴重なライフハックツールなんだわ。


 ……でまあ、岸田情報が気になったわけじゃないが、昼休みにコンビニ飯を買いに行ってみた。


 なんせ周囲に飯屋が少ないんで昼は大混雑だ。なんでだいたい昼をずらして食いに行く。十一時半とかにな。しょせん田舎の研究所なんで、勤怠管理はいい加減なもんよ。


 それに俺達、事務員さんじゃないしな。そもそも十二時になったから実験中断して飯に行く……とか、できないことのが多い。だから作業が一段落したときに休みを取るってのが、業務効率上もベストなわけよ。


 そんなわけで、今日は仕事に足引っ張られて、飯に出たのが十二時十分。この時間、空いてる飯屋なんかない。腹を空かせた野獣共が一斉に町に解き放たれる、一番混み合う時間帯だからな。やむなくコンビニ飯になったわけよ。


 そうは言っても、コンビニも混んでるんだけどな。実際こうして、俺を含め白衣姿が、ざっと店内見ただけでも数人いる。もちろん全員、日東ハム関係者に決まってる。


 当たり前だが、他にも近所の方々とか道路工事のおっさんとかも飯買いに来てるからな。控えめに言っても、ごった返してる。


 まだ十分しか十二時回ってないのに、めぼしい弁当はあらかた売り切れ。しょうがないんで、シーチキンおにぎりとタマゴサンドを手に取る。あとは自席に買い置いてあるミニカップ麺を、味噌汁代わりにすればいいや。


「次の方どうぞ……って、お兄じゃん」


 レジから奇妙な声が掛かった。てか知った奴の声だなこれ。頭上げて見てみたら、毎晩見てる面。早い話、結菜だ。女子高制服代わりにコンビニ制服を着て、レジ中に立っている。髪をくくってるのが、妙に新鮮だ。最初の晩以降、結菜は髪下ろしてるからな。


「……なんでおまえ、ここにいる」

「なんでって、バイトだよ。言ったでしょ」


 なにを当たり前のことを……といった顔つきで、俺のおにぎりをピッとPOSに通した。なんだこいつ、バイト初日とかなのに、制服姿も板についてるし、堂々として、バイトリーダーみたいな存在感じゃんよ。どうなってんのよ、これ。


「だからあ、なんでわざわざこのコンビニで働いてるんだよ」

「ここならお兄と会えるかもって思ってさ。ネットの地図でお兄の会社の近所探して、応募した」


 続いてタマゴサンドもPOSに通す。


 そういやここ、ファミリーセブンだったわ。てことはあれか。今朝方岸田が騒いでいたコンビニ店員ってのは、結菜のことか。


「そういうの止めろよな。アパートの近所じゃないのかよ」

「お兄、そんなこと言ってなかったもん。――三百八十円になります」

「ネコメペイで……って、こんなとこいられると困るんだよ」

「なんでさ。それより早く出してよ、バーコード」

「くそっ」


 慌てて操作しようとして、スマホ落としちゃったわ。


「大丈夫ですかあ」

「やかましわ」

「お兄も、もうちょっと野菜食べなきゃダメだよ。だからカッカしてるんでしょ。なんというか、ビタミンが足りないとか。……カルシウムだったかな。まあいいや。あたし、サラダ取ってきてあげようか。和風ドレッシングの奴」

「余計なお世話だ。ほれっ」


 スマホを突きつける。


「あっ忘れてた。レジ袋はご利用になりますかあ」

「いらんわ、ボケ」

「ありがとうございまーすっ」


 ピッとコードを読み込む。


「それよりお前がここにいると、困るんだよ。会社の奴にいろいろバレるだろ」

「すみません。次の方が……」


 軽くスルーされる。


「いやお前なあ……」

「ここで騒ぐと、かえってバレると思うけどな、あたし」


 俺の後ろを視線で示す。ふと振り返ると、レジ待ちの列。あーそうだよな、昼時だもんな。おまけに白衣姿までいるじゃんよ。


「くそっ。今晩説教だ。覚悟しろよっ」


 捨て台詞を残して自動ドアを抜ける。


「ありがとうございましたー」という、気の抜けた声が追いかけてきた。

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