2-3 風呂タイム事変

 なんとか役員試食会を無事終わらせた。いくつか改良点を指摘されたが感触は良かったので、基本、ゴーが出た。ほっとしたわ。


 んでまあ緊張で汗をかき、へとへとになって退勤したんだが、当然のようにアパートには灯りが点いていた。


「ただいまー」


 ドアを開けて声を出す。結菜がいる以上、挨拶しないと変だなと思ったから。成り行きこそ奇妙だが、一応、同居するハメになったわけだし。


「おかえりー」


 スリッパの音をパタパタさせて、結菜が玄関に顔を出した。制服姿で、エプロンをしてオタマを持っている。


「早かったね」

「今日は試食会中心だったからな。研究はお休みだ」

「試食会って?」

「今度説明してやるよ。……てか、部屋ではジャージ着ろよ。買っただろ」


 自宅で制服着る意味はない。制服にエプロンとか、かわいすぎてヤバい。こっちは禁欲生活に入るんだからな、これから。


「こっちのが慣れてるし。それに制服着ると、気合が入るんだよねー」

「そうなのか」

「うん。ジャージだとだらけちゃう」


 まあ、わからなくもない。


「エプロン、かわいいでしょ」


 結菜がぐるっと回ると、短いスカートが広がって、チェックのパンツが丸出しになった。てかこれは……。


「せめてスカート折り込むのよせ。今日も丸見えだ」

「いいじゃん。他人に見せてるわけじゃなし」

「それにそれ、俺のパンツだろ」

「うん」


 結菜はけろっとしている。


「見せパンはどうした」

「今、洗濯中」

「男のパンツ穿くなよ」

「いいでしょ。彼氏のパンツくらい、みんなやってるし」

「嘘つけ」

「本当だよ。彼氏無関係に男物のボクサー穿く子も、結構いるよ。前閉じの奴」


 うーん……。嘘か本当かわからん。そもそも女子高生の生態とか、俺にとってはアマゾンの昆虫の生態より未知だし。それに北海道は寒いから、そうしたカルチャーがあるのかもしれない。


 ただなんにせよ、かわいい女の子が俺の下着を身に着けてるってだけで、なんというか……この……興奮要因になるというか。


 とにかく困る。禁欲生活の敵だ。


 岸田のニヤケ面が頭に浮かんだわ。


「で、なんでオタマなんか持ってるんだ」


 部屋着に着替えてベッドに腰を下ろすと、結菜がお茶を出してくれた。


「ご飯は洋介兄がお弁当買ってきてくれるんでしょ」

「そうだ」


 脇に置いたレジ袋を、俺は持ち上げてみせた。


「ほらな」

「でも一品くらいはね」

「はあ……」


 たしかに、コンロには鍋が置かれ、湯気が出ている。


「作らなくていいって言っただろ」

「もうやっちゃったし」

「仕方ねえなあ……」


 怒るほどのことではない。


「芋煮だよ。結菜の得意料理」

「あれ、東北名物だろ。山形とかあのあたりの」


 鍋と味噌汁の間くらいの料理だな。具だくさんの。


「うちの町内だと作るんだよ。なまらおいしいよ」


 結菜の家、旭川ったって田舎のほうだしな。歴史的に東北からの移住者が多いのかも。


「ならまあ、飯にするか」

「今、よそうね」


 嬉しそうに、結菜は鍋に取り付いた。


         ●


「東京はお水、ぬるくていいよねー」


 鼻歌を口ずさみながら、結菜は皿を洗っている。


 食後の皿洗いは、今日は結菜の当番だ。一応、晩飯後の食器洗いは毎日の交代制にした。俺がぎりぎりまで寝てて飛び出るように出勤するから、朝飯の片付けは結菜に頼んである。


「さて……」


 制服エプロンの後ろ姿を見ながら、俺は考えた。風呂の順番、ここは重要だ。なにがなんでも、結菜に先に入らせたい。


「結菜お前、先に風呂入れよ。湯は溜め終わったからさ」

「えー……」


 後ろ姿のまま言う。


「洋介兄が先でいいよ。あたしはセフレだし」


 セフレじゃないけどな。断ったし、そもそもまだしてないし。今晩どうなるかはわからんが。


「いいんだよ。俺、これからちょっと仕事の連絡するからさ」


 もちろん嘘だが。


「それ終わってからでいいよ」

「三時間掛かる」

「嘘でしょ」


 振り返った。目を丸くして驚いてる。手をタオルで拭っているから、もう洗い物終わったんだな。もちろん嘘なわけだが。


「東京のサラリーマンって、そんなことやるの? ブラック企業って奴?」

「まあそんなとこだ」


 面倒になってきたんで、適当にごまかす。


「あたしが文句言ってあげようか」

「止めてくれ」


「あたしのセフレをこき使うな」とかいきなり女子高生が電話してきたら、世田谷研究所開所以来の大騒ぎ――てか前身の牧場含めてもか――になるのは見えてる。


「とにかく仕事がある。だから先に入れ」

「ならそうするね。正直、汗かいてるからお風呂入りたいし」


 エプロンをハンガーに掛けると、カーテンレールに吊るす。


「東京って、春なのにあっついよねー。あたし汗だくだよ」


 当たり前のように、シャツのボタンを外し始める。


「着替えは風呂場の前でやれ。脱衣用のバスケット、置いてあるだろ」

「シャツ掛けたいもん」


 なに、ぶーたれてるんだか。


「風呂の間に俺がやっといてやる」

「じゃあ任せるけど……」


 俺をじっと見つめて。


「パンツとかブラはあんまり見ないでね」

「誰が見るか。乳臭いガキの下着とか」

「ひどーい」

「それにお前が今穿いてるの、俺のパンツだろ」

「そういやそうだったわ」


 ぺろっと舌を出す。


「ブラはネットに入れて洗濯機に放り込んどいてね。明日洗うから」

「自分でやれよ」

「結菜が入ってる間にやってやるって、さっき言ってた」

「くそっ」


 どうにも言い負かされる。これが女子パワーか。そうなのか。


「もうそれでいいから、早く入れ」

「うん。……ところで」


 探るような瞳だ。


「お仕事しなくていいの」

「い、今やる」


 パソコン作業用のライティングテーブルに、やむなく向かった。特にやることもないんで、ネットニュースでもチェックするか。


 背後から、衣擦れの音が聞こえる。


「わあ。洋介兄のパンツ穿いてたら、お腹に跡ついちゃった。ゴム、キツすぎだよこれ。ほら見て」


 もちろん無視する。だってもうマッパってことだろこれ。


「ねえ、こっち見てよ、ほら」


 結菜が近づいてきたのを感じる。これは……ヤバいぞ。

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