2-2 押しかけセフレ告白
「はあ、十八歳の女子高生が押しかけセフレだと!?」
ランチの個室中華。口に運びかかっていた麻婆豆腐のレンゲを、岸田は皿に戻した。
「まあ、そんなような違うような……」
相談は、もちろん結菜のことな。俺、結菜の前ではてきぱき話したけど、これからどう接していいか、正直わからないからさ。
「かわいいんか」
食い入るように、目をガン開いてるじゃん。なにコーフンしてるんだっての。
「まあ……一般的には」
「うひょーっ」
岸田は大喜びだ。
「いやらしいな、岸田お前」
「もう手を出したんか、木戸」
「出すわけないだろ。
「でも向こうからセフレ志願してきたんだろ」
がんがん食いついてくるな。目が輝いてるがな、こいつ。
「それはそうなんだけど」
「なら遠慮する必要ないよな。お前、タマついてんのか」
「そういう問題じゃなくてだな……」
「じゃあどういう問題なんだよ」
岸田はレンゲを振り回した。
「去年……俺、あいつにアプローチしたんだ」
「はあ? お前、俺と同期ってことはそんとき二十五、相手十七だろ。八つも下の女子高生に迫るとか、痛すぎる……てかこえーよ」
ドン引きしてやがる。食いついてきたり引いたり、忙しい野郎だ。
「いや。盆で実家帰ったらあいつもいて。なんというか……向こうの雰囲気がそういう感じで」
「はあ」
「俺もほら非モテだからさ」
「それは知ってる」
即答かい。すごい醒めた目でこっち見てるし。
「非モテだからつい……舞い上がっちゃって。なんか好きモードに入っちゃってさ。それに別に『好きです』とかガキみたいに言ったわけじゃない。遠距離だけど、俺と連絡取り合って、繋がってみないかって言っただけで」
「はあ、普通に友達からって奴だな」
「そのつもりだったんだけどさ」
「それでもキモいぞ。相手ははるか年下だ」
「言うな。……まあ俺の黒歴史だ」
「黒い黒い。まさに真っ黒の恥歴史だな」
そこまで言うか。
「泣けてくるな、木戸お前」
「でさあ、さりげにそう言ったんだけど、思いっ切り振られて」
「なんで。向こうからいいオーラ出てたんだろ」
「そうなんだけどさ。アプローチしたら急にこう厳しい顔になってさ。……『お断りします』って」
「お断りします」
木戸は笑い出した。いやお前、いくら個室中華だったって、あんまり大声出すな。店員が飛んでくるぞ。
「向こうのがずっと大人じゃん」
「いやおかしいんだよ。どう考えても向こうから好きムーブ仕掛けてきてたのに。急変三六〇度ターンというか」
「三六〇度なら角度変わってないじゃん。一八〇度だろアホ。木戸お前一応、旧帝の理系修士だろ」
そんなにはっきり言うなよ。
「一八〇度×二回分くらいショックだったってことだよ。そのとき」
「はあ……。ならなんで振った相手のとこに押しかけセフレしに来たんだ」
「そこが謎なわけよ」
マジ謎なんだよなー。どうなってんのよ、これ。
「なんて言ってんの、そのあたり。その……結菜ちゃんだっけ……は」
「俺しか住所わからなかったって」
岸田は首を捻った。
「それ信じてんのか、木戸」
「んなわけないだろ。……と言ってもなあ」
結菜がそういう事にしてるってのは、理由を話したくないからだろう。そこを問い詰めるのもかわいそうだし……。俺がそう説明すると、岸田は唸った。
「まあ……そりゃそうだな。相手は家庭崩壊中だ。母親家出の、父親が女んとこ転がり込んでるってんなら、いろいろ傷ついてそうだし」
「だよなあ……」
それにしてはのほほんと無邪気なところが謎ではあるんだが。
「だからさ。それは時間を掛けて聞き出せばいいかなって」
「まあ、それが大人の対応だな。……で」
空になった麻婆豆腐の皿を脇にどけ、岸田は身を乗り出した。
「かわいそうな身の上で、お前を頼ってきたんだ。去年は嫌いだったけど、今は好きとか、そんなんじゃないのか。付き合ってやれよ。木戸お前、複雑に考えすぎなんだよ」
「それなら、なんで恋人じゃなくてセフレ志願なんだよ」
「それは……あれだよ。うーん……」
椅子に背をもたせかけると、岸田は白けたような表情になった。
「わからんなー。謎の謎だ」
ほっと息を吐いた。
「その娘、頭ワイてるんじゃないか」
「まさか。成績はいいって、前聞いたことあるし。……なあ俺、どうしたらいいと思う」
「俺なら手を出すけどな」
真面目な顔に戻った。デザートの杏仁豆腐をつついて。
「とはいえただの女子高生じゃなくて従姉妹だろ。女慣れしてないお前は、手を出さないほうが無難だな。恋人ならともかく、従姉妹をセフレにした挙げ句捨てたとかなれば、親戚史上最大の大炎上だろ」
「だよなあ……」
「ま、お前がいつまで禁欲できるかって話だが」
「禁欲……」
岸田はニヤついている。
「だってそうだろ。どこで出すんだよ木戸。もうベッドでエロ動画見ながらとか無理だぞ。お前、風俗も行かない主義だろ」
「あっ……」
確かに。そこまで考えてなかったわ。会社のトイレ個室でとか情けなさすぎるし、風呂場でってのも、匂いとか考えると結菜バレの危険性がある。
「ひひっ。溜まりに溜まって悶々とした挙げ句、襲いかからないようにな」
杏仁豆腐を、岸田はうまそうに食べ始めた。
「せいぜい禁欲に励め。木戸お前、半年で仙人になれるぞ」
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