2-4 ベッドタイム戦役

「わあ。洋介兄のパンツ穿いてたら、お腹に跡ついちゃった。ゴム、キツすぎだよこれ。ほら見て」


 もちろん無視する。だってもうマッパってことだろこれ。


「ねえ、こっち見てよ、ほら」


 裸の結菜が近づいてきたのを背中に感じる。これはヤバい。


「わーかったから。後で見てやるからスマホでそこんとこだけアップで撮っとけ」

「なにそれ、女子高生に、裸の写真送らせるって奴? ときどきニュースになってるよね、それ」

「部分だけって言ってるだろ。いいか、5センチ四方以内だ。それ以上の肌面積写真送付は違法だ」


 自分でも、何言ってるのかわからん。


「パンツについては、今度もっとゴム緩い奴買っといてやる」

「お願いね」


 あーいや。よく考えたら、なんかヘンだ。俺の下着買うのに、なんで結菜が穿く前提になってるんだこれ。


「てか自分のパンツ穿けよ。俺のじゃなく」

「数が足りないもん。もう今晩の奴も出してある。お兄のストライプの奴」


 頭痛くなってきた。


「なんでもいいから入れ」

「うん。お先にー」


 ドアの音。


 やっと入ってくれたか。


 ほっと息を吐く。おそるおそる振り返ると、いないわ。良かった。なぜか足音を忍ばせてバスルームの前まで行くと、脱衣バスケットを覗いてみた。シャツとスカートはきちんと畳まれている。その上にちょこんと、俺のパンツとブラが並べて置いてあった。ブラは黄色で、割とかわいい系デザインだ。


「……これか」


 指で摘み上げる。ふと匂いを嗅いでみたくなったが封印。それじゃ変態だ。とにかく洗濯ネットに入れると、パンツと共に洗濯機に放り込む。これで視界と意識から消せるからな。


 風呂場からはシャワーの音が聞こえてきた。気持ち良さそうな鼻歌とかも。


 シャツはハンガーに掛けてカーテンレール行き。明日も着るのか洗うのかは結菜判断でいいだろ。スカートはどうやって掛けるべきかよくわからなかったので、放置。後で勝手に自分でやるだろうし。


 仕事と嘘ついた以上、ライティングデスクに陣取って、やむなくパソコンを開いた。渋谷にサル出没とかいうどうでもいいニュースをぼんやり見ていると、背後で声がした。


「お待たせー」

「おう……って」


 振り返って絶句した。バスタオルを体に巻き、髪もタオルで覆ってはいるが、裸だ。


「着替えてから出てこいよ」

「着替え、外だし」


 なんか見せつける感じで、そのままベッドに座る。


「足組むな。その……」

「なあに」


 面白そうにこっちを見ている。いやヤバいだろ。奥が見えそうじゃんか。


「とにかくウチはトイレ洗面台一体のユニットバスだ。どこでも置く場所あるだろ」

「シャワーで濡れるし」

「シャワーカーテン引くだろ、普通」

「体洗うとき飛ぶじゃん」


 くそっ。ああ言えばこう言う。


「洗面台の上にラックあるだろ。トレペとかティッシュ、バスタオル置いてるとこ。あそこの空き使えよ。そこまでお湯が飛んだとしたらお前、風呂の入り方根本的に間違えてる」

「それもそうか。……じゃあ次からそうする」


 やっと納得させたか。はあー疲れる。


「ならまあいいや、早く着替えろ」


 いつまでも裸見せつけられても困る。タオルを押し上げてるの見る限り、思ったより胸大きいし。


「嫌だよ。汗引くまでは」


 口を尖らせている。


「しょうがねえなあ……」


 気持ちはわかるしなー。


「ならこっちこい。俺が風呂入るから」

「えへーっ」

「こっち見るなよ」

「なにそれ、フラグ? 裸を見てほしいわけ」


 タワゴトを聞き流しながら、秒で裸になる。そのまま風呂に突入した。


「ふう……」


 とりあえず、ここなら安心だ。湯船に体を沈める。


「おう。……結菜の奴、結構熱いのが好きなんだな。湯を足したか」


 給湯の温度設定が激熱になってるし。東京は暑いとか愚痴ってたのにな。北海道民の考えることはわからん。


「にしても……」


 いい匂いだなー。俺の家の風呂とは思えん。……なんというか、ちょっと興奮させる香りだ。どういう仕組みかはわからんが。JKマジックという奴か。そんなんあるか知らんが。


「これは……」


 下半身に異状を感じた。まあ正直、溜まってもいるからなー。


「やはりJKマジック。この俺様の自制心を持ってしても敗れるとは、結菜恐るべし」


 冗談はさておき、俺は考えた。


 ここで一度しておくべきかと。禁欲生活継続のためにも、出してはおきたい。だが問題は風呂の後だ。風呂掃除は俺がすると言い張ればいいとしても、寝る前に歯磨きだのスキンケアとかあれこれするだろう。女の子だし。


 そのときバレが怖い。多分処女だろうから大丈夫とは思うが、安心はできない。


「と、とりあえず止めとこう」


 なに、一晩くらいなんとかなるだろ。最悪、明日どこかでなんとかすればいいし。


「それより、出るときまでに収まらないと困るな」


 こっちはもう神頼みだわ。情けないが。


          ●


「洋介兄、寝ないのー」


 Tシャツ下ジャージ姿の結菜が首を傾げた。ドライヤー終わりの髪が、さらっと流れる。


「まあなー」


 俺の部屋は狭い。結菜用布団を敷くと、もうライティングテーブルを使うのは無理だ。やむなくベッドに並んで腰を下ろし、スマホなどいじってはいたが、手持ち無沙汰だ。


「あたしそろそろ眠いけど」

「もう寝ろよ」

「洋介兄がいるとベッド入れないし」

「お前の寝床は布団だろ」

「お布団、何日か寝たけど、なんか寂しい」

「ならベッドで寝ろ。俺が布団使う」

「寂しいって言ってるでしょ」


 なんかぴったりくっついてきたから、体を離した。


「旭川でだってひとりで寝てたろ、お前。自分の部屋で」

「あれは……家族がいるときだったもん。今のあたし、家族いないし」

「じゃあな。お休み」


 スマホを諦め、電気を消した。布団に潜り込んでベッドに背を向ける。別に眠くないけど、俺が動かんとなんも進まんな、これ。


「お休みー」

「おわっ!」


 てか、結菜も布団に潜り込んできたんですけど。潜り込むな。後ろから抱き着くな。背中に頬を寄せるな。胸が当たって柔らかい。


「お休みー」


 秒で飛び出すと、ベッドに飛び込む。


「ちぇーっ……。洋介兄のケチ」

「……」


 愚痴をスルーする。


「いとこ同士のスキンシップじゃない、ケチ」

「……」


 無視だ無視。


「それにセフレなのに」

「……」


 反論しない。しても意味ないし。


「ねえ、お兄」

「……なんだよ」


 やむなく返事する。


「せめて手を握っててよ」


 しばらく考えてから、OKした。そのくらいいいだろう。よく考えたら、こいつは家族崩壊で心細く寂しいはず。メンタル面でも支えてやらないとな。


「ほらよ」

「さすがお兄」


 ベッドから手を垂らすと、両手で包むように握ってきた。柔らかいなー、結菜の手。


「お休みなさい」


 もう何度目だって挨拶をすると、手に頬を寄せてきた。


 迷ったがそのまま、したいようにさせてやった。別にいいや。これも同居人の義務といった範疇だろうしな。


 岸田見たか。俺は勝ったぞ。


 脳内で謎の勝利宣言をすると、俺は目をつぶった。全然眠くないけど、仕方ない。羊を千匹も数えりゃ、夢の世界に入れるだろう。入れなかったら……、明日会社のトイレ個室で五分寝るわ。

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