1-4 デレた女子高生の育て方

「うん。おいしいじゃん、このチキン」


 結菜はフライドチキンを買ってきていた。それと俺の弁当でとりあえず晩飯ってことにした。


「食いもんはいいとして、なんだよその包みは」

「ああこれ……」


 ベッドの上に大事そうに置かれたショッピングバッグを、結菜はチラ見した。


「下着とかジャージ、それに普段着とか……。制服、洗いたいし」


 デラックス海苔弁のちくわ天を箸でつまむと、大口開けてかじってやがる。


「お前……」


 全然悪びれた様子がない。ぱくぱくアホみたいにチキンやらちくわやら食いやがって、こいつ……。


「なんでもいいけど、あぐら組むな」

「なんで。座椅子もないし、こうでもしないと辛いじゃん」

「丸見えだ」


 制服のスカートをウエストで何回も巻き込んでるから超絶ミニになっている。それであぐらだからなー。いくら見せパンとはいえ、中身全開じゃん。


「いいっしょ。セフレだし」

「よかないわ」


 ベッドに手を伸ばして、タオルケットを放ってやった。


「とりあえずこれ掛けとけ」

「お兄、お母さんみたい。てか小姑とか」


 ぶつくさ言いながらも、太ももに掛けてはくれたわ。


「それより結菜お前、わかってんだろうな」

「なにを」


 もぐもぐ。


「ふあー。なまらおいしいね、このチキン。さすが東京」

「これくらい、北海道でもあるだろ。ザンギとか名物じゃん。それよりわかってんだろうな」

「なに、オウム?」


 茶化すんじゃないよ、お前。俺はマジだぞ。


「とにかくお前は帰らなかった。仕方ない。親戚に相談するぞ」

「へえ……」


 動揺もなにもしてないな。あっけらかんとした表情だ。


「洋介兄、遅いよ」

「遅いってなんだよ」

「それ、もうとっくに終わってるから」

「は?」

「昼間、神田のおばさんに相談した」

「あの人か……」


 親戚を仕切る、親玉みたいな元気なかーちゃんだ。


「わかってくれたよ。あたしが洋介兄のとこで当面骨休めするってこと」

「骨休め……だと」


 なんだよ。結菜の奴、さすがに心細くなって相談したのかと思ったけど、俺んちに転がり込んだのを認めさせるためかよ。


「神田のおばさん、みんなにも説明しといてくれるって。良かったね、洋介兄」


 嫌な予感(フルスペック)がする。


「……俺のスマホは」

「あたしが充電しておいた。はい」

「貸せっ」


 奪い取るようにして起動する。


「忘れるなんて、洋介兄もドジなとこあるよね」

「お前のせいだろ……って、クソッ」


 SNSの親戚グループ、大騒ぎになってるじゃん。大量の書き込みやらメンションやらが飛び交ってる。蜂の巣をつついたってよく言うけど、まさにあんな感じ。こんなん、大叔父がちょっとした賞獲ったとき以来だわ。てか俺の親からも怒涛のメンション&留守電攻撃が来てるんですが……。


 万一結菜が実家に戻らなかったときのために、一応作戦は練っておいたんだ。どうやって親戚に報告し、結菜を全員で説得するかって戦略を。誰に最初に相談して、どう繋ぐとか。俺が今日の昼、うんうん唸って考えてた作戦が、まる無駄になったわ。


「うっ」

「どうしたの」


 一瞬にして強張ったに違いない俺の顔を見て、不思議そうに口にする。


「……なんでもない」


 神田のおばさん、「手を出すんじゃないよ」とかメンションしてきたわ。


 誰が出すか。てかむしろ俺が襲われてるんですがそれは……。


「ねっ。みんな祝福してくれてるでしょ。あたしと洋介兄のセフレ関係」

「そんなんどこにも書いてないだろ」


 結菜の家が大変だから、一時的に避難してるって話になってるし。歳も近いから慰めやすいだろうとか、お気楽に書いてるんじゃないよ。振られた相手と強制同棲とか、こっちは地獄に気まずいじゃんよ。


「ねっいいでしょ。同居しても」


 すがるような瞳だ。


「くそっ……」


 頭が痛くなってきた。


「仕方……ない」

「OKってことだよね。ねっ。ねっ」

「放り出すわけにもいかんしなあ……」


 よく考えたら別に誰も来ないし。誤解されるような彼女もいない。つまり致命的な問題ってわけじゃない。ただ……。


「……ただ、決まりを作ろう」

「決まりってなに」


 きょとんとしてるな。


「一緒に暮らす以上、お互いに気遣いが重要だろ」

「そうかもね」

「まず一緒に寝るわけにはいかん。明日は休み取るから、お前の布団とか必需品を買いに行こう。……それともこのベッド使うか。俺は布団でもいいけど」

「いいよあたし布団で。そのベッド、狭いけど寝心地はいいから……」


 唐揚げを掴んだままの箸で、ベッドを示した。はしたないぞ、結菜。


「洋介兄が使いなよ」

「あと生活の決まり事を作る」

「決まり事」

「ああ。風呂掃除はどうするとか飯はこうするとか。……門限決めたり」

「あたしが全部やるよ。洋介兄はお仕事でしょ」

「それは違うな、なんか」

「なんで」

「結菜をこき使うみたいで嫌なんだ」


 本音だ。一時は好きになった娘だしな。一度振られたものの、大事にしたい気持ちは変わらない。


「まあいいけど。真面目だなあ……。さすが洋介兄」

「晩飯は俺が弁当買ってくる。俺、あんまり自炊しないし。お前がそれで良ければだけどな」

「いいよ。あたし居候だし。洋介兄に合わせる。お弁当も考えたら好きだしねー」


 肌なんかツヤツヤだし、たしかに食い意地は張ってそうだわ、結菜。


「朝飯はパンとかでいいから、誰が作るもクソもない。昼は俺は会社で食う。結菜はなんか勝手に作るか買ってくるか、外食でもしろ。小遣いはやる」

「いらないよ。昨日もらったお金、まだまだ余ってるし」

「あの余りは、緊急費だ。帰りたくなったら、いつでも旭川に戻ってくれていいし」

「はあ。飛行機代とかってこと?」

「そんなとこだわ」


 わかったと、結菜は頷いた。弁当とフライドチキンは食べ終わって、今は弁当箱の隅に貼り付いて残った米粒を。箸で一粒一粒熱心につまんでるところだな。


「あとこれが一番大事なんだが……」

「なに。エッチな案件?」


 箸と弁当箱を置いた。瞳が輝いてやがる。


「……じゃなくてだな」


 なんだこいつ、ノリがいいなあ……。俺を振ったときは割とガチマジで「お断りします」って激塩対応だったのに。なにがあったんだ、こいつに。


「ともかく結菜お前、外に出ろ」

「はあ? どういうこと」

「一日中、ここにいてほしくないんだ。お前まだ十代だろ。不健康じゃん」

「たしかに、ここ狭いしねー」


 ……まあそうだが。そうはっきり言われると、それはそれで傷つく。悪かったな、俺の甲斐性がなくて。彼女なし独り暮らしなんて、家賃が安けりゃいいんだよ。


「といって、遊び回ってもらっても困る。平日の真っ昼間からふらふらして、変な男に目を付けられたりしたらなー」


 今は家出中だろうが、両親にも悪い。それにそれこそ神田のおばさんに殺されるわ、俺。


「えへっ。あたしのこと心配してんの」

「お前、田舎もんだからな。すぐ騙されるぞ」

「ひどーい」

「まあそれは冗談だが。なんかバイトするとか、これからの人生に役立つ資格取るとか趣味見つけるとか、そういう話」

「なるほど」

「さっきお前と親戚のやり取り見たけど、休学って一年間と決まってるんだろ。せっかくだからその一年、無駄にすんなってことだよ」

「はえー。洋介兄、大人だねー」

「お前がガキなんだわ」

「ふふーん。あたしの体見ても、それ言うんだ」


 ずりずりとテーブルを回ってきた。シャツのボタンを外す形に手が動く。


「いい、ほら見て……」

「そうじゃなくてな」


 腕を掴んで封じた。


「お前の行動見て、言ってんだよ。危なっかしいからな」


 まあ俺の理性のがアブないんだが。いつ本能に負けるかわからん。


「頼むからやめてくれ。俺も男だし」

「男だから、なに……」


 俺の心を探るかのように、覗き込んでくる。結菜が首を傾げると、長い髪がざっと流れた。


「……なんでもない」


 くそっ。ヤバいところ、見透かされたわ。女子高生と言えども、女だなやっぱ。恋愛駆け引き力は、男の五万倍だわこれ。


 頼む。持ってくれ、俺の理性――。


 俺は神だか悪魔だかに祈った。とりあえず今晩だけでも襲いかからず済みますようにと。


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