1-3 夢だと思ったら現実だった「セフレ志願」

「朝か……」


 目が覚めると、当たり前だが朝だった。窓に引いたカーテンから、四月の陽光が漏れ、ぽかぽか陽気が伝わってくる。俺は床に寝ている。もちろん昨日、結菜の奴が押しかけてきたからだ。


 ストハイをガン飲みした挙げ句、セフレ宣戦布告を宣言して(してなかったか)、結菜は抱き着いてきた。でもまあ、所詮は女子高生。酔ってそのまま寝ちゃったんで、なんとか抱え上げてベッドに寝かせた。制服姿のままだが、そこはしょうがない。俺のジャージでも着せようと脱がせたら気づかれて、どえらい展開になるかもしれんし。


 んで、俺は床に寝たわけだ。畳ならまだマシなんだろうが、なんせ堅いフローリング。適当な服を出して積んで布団代わりにした。寝苦しかったけどなんとか寝たわけなんだが、今やこれだ――。


「おはよう、洋介兄」


 元気な結菜の声。俺のすぐ脇から。横寝してる俺の背中にはなにか温かで柔らかい物体が押し付けられていて、胸には腕が回ってきている。


「なんでお前、俺の脇で寝てるんだよ。ベッドに寝かせてやったぞ」

「だってセフレだし」


 またぎゅっと抱いてきた。


「よせって」


 やむなく起きた。普段はもう少し夢うつつの時間を楽しむんだが、仕方ない。それに振られて諦めたとはいうものの、好きだった女だ。あんまり攻められたら「俺リミッター」が外れちゃうかもしれん。


 スマホを取り上げた。やべ。のんびり飯食ってる時間ないな。本当は休んで結菜問題に対処したいところだが、今日は外せない会議がある。コンビニでなんか買って、会社で隙見て食うわ。


「俺はもう出る」

「ご飯も食べないの」


 結菜がうーんと伸びをすると、形のいい胸が揺れた。


「忙しくてな」

「そう」


 着替えをしながら見ると、結菜がキッチンを漁り始めてたわ。


「……あたしがなんか作ってあげようか」

「時間がない」


 ネクタイを締めると、財布から四、五万――つまりほぼ全額――を抜く。


「ほら」


 金を渡されると、結菜はぽかんとした。


「なにこれ」

「とりあえず俺の手持ち全部だ」

「なんでくれるの」

「それで旭川に帰れ。それが一番いい」

「嫌だよ」

「子供みたいな事言うな」

「子供じゃないもん、ほら」


 手を添えて、また胸を揺らせてみせた。


「そんなガキの攻撃が通じるかっての。適当にどっかで飯でも食って東京観光してから、飛行機に乗れ」

「えーっ……」


 不服そうな面だ。


「合い鍵は下駄箱の一番上の棚に入ってる。鍵は持っていって構わん。俺も持ってるからな。旭川に戻ってから、郵送でもしてくれ」

「帰らないもん」


 首を振った。結んでない髪が、ざっと流れる。


「帰るんだよ、お前は。……もし夜までいたら、親戚に相談するからな」

「えー、恥ずかしいじゃん。親がどっちも家出しましたとか」

「だったら諦めろ。お前の居場所は北海道だ」


 言い残して部屋を出た。


         ●


 夜、残業でへとへとになって帰ると、部屋の窓の灯りが点いていなかった。


「旭川に帰ったか……」


 ほっとした。けどなんだろ。なんだか寂しい。心に穴が空いたように。またひとりっきりの毎日が戻ってきたからかな、単調な。


「スマホ、忘れちまったからなー」


 だから結菜と連絡が取れなかった。忘れたのは、邪魔者が湧いたせいで、朝のルーティンが崩れたせいだ。スマホはテーブルに置いたまま。電車に乗ってから気づいたし。


「ただいまー」


 あえて声を出して鍵を外した。当たり前だが、玄関も部屋も真っ暗だ。電気を点ける。


 誰もいない。部屋はきちんと片してあった。ベッドも整えてあるし、昨日の夜の弁当もちゃんとコンビニ袋で包んで捨ててある。とんでもない行動に出た割には結菜、きちんとしてるな。


 部屋にそこはかともなくいい香りが漂っているのは、結菜の残り香だろう。


「まあ……これでいいよな」


 スーツとタイを窓のカーテンレールに掛ける。買ってきた弁当をテーブルに置いたまま、シャツとパンツをそこらに放り投げると、トイレ一体型のユニットバスに向かう。あの騒ぎで、昨日は風呂入れてない。汗を流したいからな。


「風呂はいいよねー。……まあシャワーだけど」


 なんか俺、今日独り言多いな。いつもにも増して思いっきり体中を洗いまくったわ。


 風呂上がり。冷蔵庫からニセビールをひっつかむと、裸のままベッドに座る。


「やっぱビールは儀式が大事だよな」


 息を大きく吸って止め、目をつぶって一気に流し込む。喉を炭酸の泡が下降していくのがわかった。


「くあーっ……」


 これよこれ。この瞬間のためだけに生きてるって気がする。


「……」


 目を開けて缶を振ってみる。まだ半分以上残ってるな。


「洋介兄」

「は?」


 玄関に誰か立っていた。というか結菜が。もちろん制服姿。ポニーテールにしてないから、長い髪がきれいだ。


「お前、なんでいる」

「なんでって……なんでだろ」

「もう舞い戻ってきたのか。旭川から」

「馬鹿じゃないの」


 呆れたように首を傾げている。


「さっきいなかったじゃないか」

「買い物してきただけだもん」


 手に持ったいくつものショッピングバッグやらレジ袋を、持ち上げてみせた。


「……それより洋介兄」

「なんだよ」

「なんで裸なん」

「あっ……」


 しまった。下半身まで全部見られた……。

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