1-2 謎の技「JK固め」で一本勝ち。……いや俺の負けか。
「……で、どういうことなんだ」
なんだかんだ言っても
「どうって?」
「学校サボりだろ。家出してきたんか」
「愛の逃避行だよ。なまらロマンチック」
いらいらしてきた。家に誰かが来ることはないので、椅子はライティングデスク用のひとつしかない。ローテーブルを挟んでふたり、全然違うクッションを座布団代わりにして向き合っている。ジャケットだけは脱いで、結菜はカーディガン姿だ。
「茶化すなら放り出すぞ」
「……ごめん」
意外に素直に頭を下げた。
「家出だな」
「そう呼びたければ」
「おじさんとおばさんは」
「さあ……」
「心配してるだろ。書き置きくらいしたんか」
「一応ね。洋介兄のセフレになるって」
「嘘だろ」
俺、おじさんに殺されるじゃん。結菜の親父さん、見た目怖いし荒っぽいんだよな。仕事は真面目な建築の親方なんだけど、旭川でブイブイいわしてるって話だし。
「頼む。嘘だと言ってくれ」
「ごめん。嘘。なにも言ってきてない」
「ちょっと待ってろ」
とにかく両親に連絡だけは取っておかないとならない。先走って警察に届けてたら大事だ。
「えーと……」
スマホを持ったまま考えた。親戚グループで表立って話すわけにはいかない。といって、メンションでも微妙だ。そもそも親戚グループなんて、法事や誰かの結婚・おめでたくらいしか賑わわない、過疎グループだからな。急に俺とおじさんのメンションだけ激増したら、他のメンバーが不審に思う。
なので電話することにした。
「おじさんの番号……ね」
音声認識で呼び出して掛けた。が、いつまでも呼び出し音が鳴るばかりで、誰も出ない。
「携帯にするか」
こちらも繋がらない。すぐ切られてしまう。おばさんのもだ。
「結菜。お前んち、どうなってるんだ」
まさかこいつが両親殺して逃げてきたとか……いくらなんでもないか。テレビの安物サスペンスでもあるまいし。
「ウチ、仲悪くて」
「親のか」
「うん。お母さん、家出した」
「マジか」
「マジ」
さっきまでのふざけた態度はすっかり影を潜め、結菜は眉を寄せている。
「で、お父さんもいなくなった」
「ダブル家出かよ。冗談だろ」
「ううん。単に女の人のとこ行っただけ。多分、一か月くらい音信不通だと思う。前もそうだったから」
「はあ。お前の親父が浮気してて、嫁に逃げられたってとこか」
「そんな感じ」
「そうかー」
「他にもいろいろあったけどね」
「お前も大変だな」
思わず同情したが……待てよ。
「でもお前まで家出する必要ないだろ。両親がいなけりゃ、嫌な夫婦喧嘩だって見ずに済む。生活費はおじさんが残してるはず。悪い人じゃあないからな」
ただちょっとウェーイ系なだけだし。俺の知る限り。
「そんな家にいて楽しいと思う」
ぷいっと横を向いた。白けた……というか投げやりな口調だ。
「でも学校は。いくら両親がアレでも、学校行かないとお前自身が損するだけだぞ」
「休学の手続きしてきた。だから平気」
「休学って、そんな簡単に……」
困った。どうすりゃいいんだこれ。それこそ親戚グループで相談か。大騒ぎにはなるだろう。
「金あるんか、結菜」
「ないよ。あらかた飛行機代に消えたし」
「手持ちは」
「一万くらい。……ねえ、もう寝よっ。十二時だよ」
「ちょっと待て」
ストハイを飲んだ。飲まなきゃやってられんわ。
「いいね、それ。あたしも飲んでいい」
「お前十八なったばかりだろ」
「でもみんな大学入ったら飲むよね。三月生まれの子なら、あたしと一か月しか違わないよ」
屁理屈をまくし立てる。あっという間もなく、缶をひっつかむと一気に飲み干した。
「なにしてんだよお前。俺の貴重な晩酌だぞ」
奪い返した。って、もうほとんど残ってないわ、これ。
「甘くておいしいじゃん。しゅわしゅわするし、いい感じ」
考えた。とにかくこいつを放り出すわけにはいかない。危なっかしすぎる。とりあえず今晩は泊めて、明日親戚に相談だな。
「じゃあ今夜だけは置いてやる」
「やったーっ」
万歳して喜んでやがる。
「……だがひとつだけ教えてくれ」
「いいよーなんでも。……そうだ、セフレだしあたしのスリーサイズ知りたい? えーとねえ、胸が――」
胸の下に手を置いて、カーディガンを縮めてみせた。そうすると胸が強調される。
「83の――」
「もういいわ。それより教えろよ。なんで俺んとこ来た。仙台のおばさんでも新潟のおじさんでも、もっと近いとこあるだろ」
「住所知ってたの、洋介兄だけだし」
「嘘つけ」
「本当だよ。スマホには、それしか入ってなかった」
「メンションして聞けばいいだろ」
「いいでしょ。東京、見てみたかったし」
「つってもここ、調布の田舎だしなあ……」
「東京は東京だもん」
「それにお前、俺のこと振っただろ。普通、振った男の家なんか来ないぞ。嫌いってことだからな」
「嫌いだから振ったんじゃないよ」
なんやら知らんが、睨んでるな。妙に瞳が濡れて、頬は赤い。
「それに彼女になりにきたんじゃないもん。セフレだもん」
ガバッと立ち上がる。一気にカーディガンを脱ぐと、テーブルを飛び越した。スカートが捲れ上がって、黒い見せパンがもろ出しになる。そのまま抱きつかれた。
「洋介兄っ」
「のわーっ!」
飛び込んできた勢いのまま、押し倒された。柔らかくて息が詰まる。胸で顔が塞がれたからだ。なんだよこれ、どえらくいい匂いがするんですけど。石けんのような、花のような。これが女子の香りなんか、もしかして。二十六歳にして初めての体験だわ。
「洋介……兄」
「よせって。お前、酔ってるだろ」
「よ……酔ってないみょん」
「舌が回ってないじゃんよ」
思いっきり抱きつかれて、身動きが取れない。なんというか、盛り上がってのハグとは違う気がする。普通もっと優しいもんじゃないのか。腕と脚でギリギリ締め付けて来やがって。これプロレス技だろ。JK固めとかいう。
「ギブだギブ」
俺は、結菜の背中をバンバン叩いた。
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