1-2 謎の技「JK固め」で一本勝ち。……いや俺の負けか。

「……で、どういうことなんだ」


 なんだかんだ言っても従姉妹いとこだ。夜中に女子高制服姿のまま放り出すわけにはいかない。食いかけの弁当はキッチンに放り出して、茶を淹れてやった。俺はストロングチューハイな。飲みかけなの、もったいないからさ。


「どうって?」

「学校サボりだろ。家出してきたんか」

「愛の逃避行だよ。なまらロマンチック」


 いらいらしてきた。家に誰かが来ることはないので、椅子はライティングデスク用のひとつしかない。ローテーブルを挟んでふたり、全然違うクッションを座布団代わりにして向き合っている。ジャケットだけは脱いで、結菜はカーディガン姿だ。


「茶化すなら放り出すぞ」

「……ごめん」


 意外に素直に頭を下げた。


「家出だな」

「そう呼びたければ」

「おじさんとおばさんは」

「さあ……」

「心配してるだろ。書き置きくらいしたんか」

「一応ね。洋介兄のセフレになるって」

「嘘だろ」


 俺、おじさんに殺されるじゃん。結菜の親父さん、見た目怖いし荒っぽいんだよな。仕事は真面目な建築の親方なんだけど、旭川でブイブイいわしてるって話だし。


「頼む。嘘だと言ってくれ」

「ごめん。嘘。なにも言ってきてない」

「ちょっと待ってろ」


 とにかく両親に連絡だけは取っておかないとならない。先走って警察に届けてたら大事だ。


「えーと……」


 スマホを持ったまま考えた。親戚グループで表立って話すわけにはいかない。といって、メンションでも微妙だ。そもそも親戚グループなんて、法事や誰かの結婚・おめでたくらいしか賑わわない、過疎グループだからな。急に俺とおじさんのメンションだけ激増したら、他のメンバーが不審に思う。


 なので電話することにした。


「おじさんの番号……ね」


 音声認識で呼び出して掛けた。が、いつまでも呼び出し音が鳴るばかりで、誰も出ない。


「携帯にするか」


 こちらも繋がらない。すぐ切られてしまう。おばさんのもだ。


「結菜。お前んち、どうなってるんだ」


 まさかこいつが両親殺して逃げてきたとか……いくらなんでもないか。テレビの安物サスペンスでもあるまいし。


「ウチ、仲悪くて」

「親のか」

「うん。お母さん、家出した」

「マジか」

「マジ」


 さっきまでのふざけた態度はすっかり影を潜め、結菜は眉を寄せている。


「で、お父さんもいなくなった」

「ダブル家出かよ。冗談だろ」

「ううん。単に女の人のとこ行っただけ。多分、一か月くらい音信不通だと思う。前もそうだったから」

「はあ。お前の親父が浮気してて、嫁に逃げられたってとこか」

「そんな感じ」

「そうかー」

「他にもいろいろあったけどね」

「お前も大変だな」


 思わず同情したが……待てよ。


「でもお前まで家出する必要ないだろ。両親がいなけりゃ、嫌な夫婦喧嘩だって見ずに済む。生活費はおじさんが残してるはず。悪い人じゃあないからな」


 ただちょっとウェーイ系なだけだし。俺の知る限り。


「そんな家にいて楽しいと思う」


 ぷいっと横を向いた。白けた……というか投げやりな口調だ。


「でも学校は。いくら両親がアレでも、学校行かないとお前自身が損するだけだぞ」

「休学の手続きしてきた。だから平気」

「休学って、そんな簡単に……」


 困った。どうすりゃいいんだこれ。それこそ親戚グループで相談か。大騒ぎにはなるだろう。


「金あるんか、結菜」

「ないよ。あらかた飛行機代に消えたし」

「手持ちは」

「一万くらい。……ねえ、もう寝よっ。十二時だよ」

「ちょっと待て」


 ストハイを飲んだ。飲まなきゃやってられんわ。


「いいね、それ。あたしも飲んでいい」

「お前十八なったばかりだろ」

「でもみんな大学入ったら飲むよね。三月生まれの子なら、あたしと一か月しか違わないよ」


 屁理屈をまくし立てる。あっという間もなく、缶をひっつかむと一気に飲み干した。


「なにしてんだよお前。俺の貴重な晩酌だぞ」


 奪い返した。って、もうほとんど残ってないわ、これ。


「甘くておいしいじゃん。しゅわしゅわするし、いい感じ」


 考えた。とにかくこいつを放り出すわけにはいかない。危なっかしすぎる。とりあえず今晩は泊めて、明日親戚に相談だな。


「じゃあ今夜だけは置いてやる」

「やったーっ」


 万歳して喜んでやがる。


「……だがひとつだけ教えてくれ」

「いいよーなんでも。……そうだ、セフレだしあたしのスリーサイズ知りたい? えーとねえ、胸が――」


 胸の下に手を置いて、カーディガンを縮めてみせた。そうすると胸が強調される。


「83の――」

「もういいわ。それより教えろよ。なんで俺んとこ来た。仙台のおばさんでも新潟のおじさんでも、もっと近いとこあるだろ」

「住所知ってたの、洋介兄だけだし」

「嘘つけ」

「本当だよ。スマホには、それしか入ってなかった」

「メンションして聞けばいいだろ」

「いいでしょ。東京、見てみたかったし」

「つってもここ、調布の田舎だしなあ……」

「東京は東京だもん」

「それにお前、俺のこと振っただろ。普通、振った男の家なんか来ないぞ。嫌いってことだからな」

「嫌いだから振ったんじゃないよ」


 なんやら知らんが、睨んでるな。妙に瞳が濡れて、頬は赤い。


「それに彼女になりにきたんじゃないもん。セフレだもん」


 ガバッと立ち上がる。一気にカーディガンを脱ぐと、テーブルを飛び越した。スカートが捲れ上がって、黒い見せパンがもろ出しになる。そのまま抱きつかれた。


「洋介兄っ」

「のわーっ!」


 飛び込んできた勢いのまま、押し倒された。柔らかくて息が詰まる。胸で顔が塞がれたからだ。なんだよこれ、どえらくいい匂いがするんですけど。石けんのような、花のような。これが女子の香りなんか、もしかして。二十六歳にして初めての体験だわ。


「洋介……兄」

「よせって。お前、酔ってるだろ」

「よ……酔ってないみょん」

「舌が回ってないじゃんよ」


 思いっきり抱きつかれて、身動きが取れない。なんというか、盛り上がってのハグとは違う気がする。普通もっと優しいもんじゃないのか。腕と脚でギリギリ締め付けて来やがって。これプロレス技だろ。JK固めとかいう。


「ギブだギブ」


 俺は、結菜の背中をバンバン叩いた。

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