4話 三年後の職場、仲のいいアンナとひな



 薮原やぶはら 貴樹たかきは、毎日のようにやっているが、きちんと働いている。

 

 彼の勤める会社……。

 SRクリエイティヴにて。


「ひなちゃーん!」


 終業時刻前。

 安茂里あもりが仕事を得てオフィスに帰ると、男性社員に囲まれた。


「このあとどう?」「一緒に飲みに行かない?」「どうどう~?」


 社員達の誘いを、しかしひなは、


「ごめんなさい! 旦那がいますので!」


 ずばっ、と断る。


「「「うぐわぁあああああああ!」」」


 バッサリ切り捨てられた社員達はその場にへたり込む。


「うう……ひなちゃんが、おれたちのひなちゃんがぁ~……」


薮原やぶはらのものに……うう……」


「おれたちの天使がぁ~……ちくしょぉ~……」


 さめざめと泣く営業部の男子たち。

 そこへ、スーツをビシッと着込んだアンナが現れる。


「どうしたの?」

「「「アンナさん……!」」」


 ひなが駄目ならと、彼らはあんなに標的を向ける。


「この後飲み会どうっすか!?」「高い店予約してるんすよぉ!」


 だが……。


「うん、ごめん、無理♡」


「「「そんなぁああああああああ!」」」


 二度の深手を受けて、その場にへたり込む男子達をよそに、ひなとアンナは続ける。


「今日はあたしたちの番ね~♡」

「はい! とっても楽しみです!」


 アンナもひなも、笑顔で語る。

 自分たちの番。


 つまり、今日は薮原やぶはらと寝る番なのだ。


「ひなちゃんこないだ赤い下着ってまさか」

「そうです! せんぱいに喜んでもらえるかなーって! せんぱいのために買ったんです!」


「やっぱり~。幼い見た目とのエロい下着のぎゃっぷで、貴樹たかきもノックアウトだね♡」


「ありがとございます! アンナさんがこないだ買った黒のベビードール、きっとせんぱい気に入ってくれますよ~♡」


「せんきゅー♡」


 以前はいがみ合っていたふたり。

 だが薮原やぶはらと婚姻関係を結んだことで、彼女たちの間にあったわだかまりも、解消されていた。


 仲良く今夜の予定を語る二人……。


 男性社員達は、とぼとぼ……と肩を落として去って行く。


「ああくそぉ……」「薮原やぶはらめぇ……」「こんなエロい嫁ふたりにくわえて、部長まで」「しかもJDもいるんだって……」


「「「いいなぁ~……くそぉ~……やぶはらぁ~……」」」


 だが、【ここにいない】薮原やぶはらには、その声は届かない。


 彼らがいる営業部から、1つ上のフロア。


 そこには、SRクリエイティブの【編集部】がある。


 SRクリエイティヴは主として出版業を営んでいる。


 SR文庫。今最も旬のラノベレーベルだ。


 天才ラノベ作家カミマツを筆頭に、ナンバー2にして大人気作AMOの作者、白馬王子、さらに映画化した【きみたび】の作者 開田かいだ るしあ等……。


 ラノベ界の超大物達が所属してるのが、このSR文庫である。


 そんなSRの編集部にて……。


「はい、確かに原稿いただきました。先生、お疲れ様でした」


 打ち合わせスペースに、薮原やぶはらがいた。


 薮原やぶはらはひなとアンナ、そして千冬と結婚した際に、部署異動となったのだ。


 夫婦で同じ部にいることは、仕事がやりにくいだろうからと、上と薮原やぶはらとが協議の上。


 薮原やぶはらは編集部に移籍した次第である。


 編集部ということは、つまり、薮原やぶはらは今、ラノベの編集者をやっている。


「ありがとうございます、薮原やぶはらさん! 原稿いっぱい手直ししてくれて!」


 薮原やぶはらの目の前に座っているのは、黒髪の青年。


「すみません、【カミマツ】先生……俺なんかが手を加えて」


 薮原やぶはら、業界ナンバー1のラノベ作家、カミマツの、担当編集をしていた。


「いえ! 助かりました! ちゃんと意見言ってもらえるの、すごく助かるんです。芽依めいさん意外だと、みんな萎縮しちゃって……」


 芽依とは、カミマツの【前】の担当だ。


 カミマツは業界で神と呼ばれるほどの大御所。


 並の編集では、意見すら出来ない。

 だが薮原やぶはらは忌憚のない意見を出しており、カミマツの役に立っているのだ。


「本当にありがとう、薮原やぶはらさん」


「いえ、俺は別に、率直な意見いってるだけですし」


「それができるひと、少ないんですよ。本当に薮原さん、すごいです。入って数年で、編集部のエースになったのはすごいって、岡谷おかやさん言ってましたよ!」


 編集部には真琴の叔父、岡谷おかやも所属している。


 岡谷おかやが編集長をしているつながりで、薮原やぶはらは編集部に来たところもある。

 

「芽依さん元気ですか?」

「はい! 今子育てで大変ですけど……あ、写メみます?」


 カミマツがスマホを取り出して薮原やぶはらに見せる。


 赤ん坊を抱っこするカミマツと芽依の姿があった。


 その後ろには金髪、銀髪、栗毛、黒髪の、4人の美人が笑って立っている。


 カミマツも薮原やぶはらほどでないが、複数の女と結婚しているのだ。


「大変です、やっぱりたくさん子供が居ると」


「うーん、まあでも、みんな仲いいですし」


 それにカミマツほどの財力があれば、嫁が複数居ようが、子供が何人居ようが、余裕で育てられるだろう。


 すごいな、と思う反面、自分も仕事を頑張らないとと決意する薮原やぶはら


貴樹たかき~♡」「せんぱーい!」


 編集部にアンナとひなが現れる。


「すまん、まだ仕事中……」


「あ、いいですよ。もうほら、終業時間ですし、ちょうど仕事も終わったし、ね?」


 カミマツが荷物をまとめて、ぺこっと頭を下げる。


「お疲れ様でした!」

「あ、はい。お疲れ様です!」


 カミマツは薮原やぶはらの迷惑にならないよう、さっさと帰って行った。


「いや……さすがカミマツ先生だ。仕事が出来る上に気遣いまできでるなんて……やはり神作家はすごい」


 うんうん、とうなずく薮原やぶはらの両脇を、美女達ががっしりとホールドする。


「さ♡ 仕事も終わったし、帰ろ~♡」

「今日は精のつくものたっくさん作りますから!」


 カミマツも大変だが、薮原やぶはらもここからが大変だ。


 なにせひなもアンナも、真琴や千冬ほどではないにしろ、性欲旺盛である。


 ふたりとも二十代後半にさしかかり、子供が欲しい欲求が最高潮に高まっていた。


「いや、あのね……今朝はその、千冬ちふゆとちょっとやって……疲れてて」


「「かんけいありませーん♡」」


 ふたりが笑顔でそろって言う。


「順番じゃない人とやるからそうなるのよ、ね、ひなちゃん♡」

「そうです! 自業自得ですよ! たっぷりたぁっぷり、絞らせてもらいますから♡ ふたりで、ね!」


 ひなもアンナも仲良く、しかしギラついた眼を薮原に向ける。


「早く赤ちゃん欲しいんだから!」

「もう子供の名前まで決めましたしね!」


「あ、あはは……がんばります……」


 三人が仲良く会社を後にする姿……。


 その背後で、男性社員達たちが倒れていた。

 もう……彼女たちの心も、体も、遠く手が届かない場所にあるのだと……。


 男達はまざまざと見せつけられ、慟哭するのだった。

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