100話 エピローグ



 俺の嫁、真琴の父親が盲腸で倒れてから、数か月後。


 2022年8月。


 この日、俺は国際展示場にて、夏コミにスタッフとして参加していた。


「あっついなマジで……」


 展示場内は熱気であふれている。

 俺は企業ブースに荷物を運びおわったところだ。


「貴樹、運搬おつかれ~」「お疲れ様でしたせんぱい!」


 アンナ・塩渕しおぶち安茂里あもり ひなの二人が、俺に飲み物を差し出してくる。


 ばちっ、と視線がぶつかり合う。


「わたしのほうが先でした! せんぱいはわたしの飲み物を飲むんです!」

「貴樹~、コーラ好きだよね♡ スポドリとかいらないよねー」


 アンナさんとひながにらみ合っている。


「どちらもいただきます」


 俺は二人からペットボトルを受け取る。

 ほんと仲が悪いなふたりとも……。


「あと一時間でコミケ始まりますねー!」

「ああ、楽しみだ」


 夏コミでは多くの企業が出店している。

 うち、SRクリエイティブもまた同様。


「今年はメディアミックス作品が多いわよね」


 アンナさんがポスターを見上げる。


 SRクリエイティブは多角的な事業を展開してるが、基盤は出版業だ。


 多くのライトノベル、漫画などの作品を出版している。


「2022年のアニメ化作品は開田かいだ るしあ先生の【きみたび】を始めとして、白馬 王子先生の【絶対零度の孤独】、黒姫エリオ先生の【いたでれ】。それにカミマツ先生の【デジマス】の劇場版第二弾とアニメ3期、新作ファンタジー【僕心】と新作ラブコメ【やはおさ】、それと書き下ろし劇場版短編アニメと、目白押しですからね!」


 ラノベマニアなひなが笑顔で言う。

 全部うちで出してるラノベ原作のアニメだ。


「相変わらずカミマツ先生は異常だな……アニメ化が5本もされるなんて……」


 カミマツ先生はSRのナンバー1ラノベ作家でもあり、一部業界では神作家と呼ばれる御仁である。


 5本のアニメ化は、まさに神の所業と言えた。


 アンナさんがポスターを見上げながら首をかしげる。


「いったいどういう人なんだろうね、カミマツ先生って?」

「わからん……うわさじゃ高校生らしいんだが、俺は見たことないな」


 編集部ならまだしも、俺達みたいな末端の営業部では、神の御尊顔を拝することはこの先ないだろう。


「あ、すみませーん」


 ふと目の前に、黒髪の少年がいた。

 前髪が少し目にかかっているくらいで、他に特徴のない子だった。


「あ、はい。なんでしょう?」

「SRの人ですよね? 父さんに差し入れに来ました」

「父さん?」


 そこへ、眼鏡をかけた美人、俺たちの部長、桔梗ヶ原 千冬さんがやってくる。


「……上松社長の事よ」


 千冬さんが少年に挨拶をする。

 え、ええ!?

 この子が、SRクリエイティブの代表取締役社長の、息子!?


「……お世話になっております」

「「「お世話になります!」」」


 部長以下、俺達社員は頭を下げる。


「いえいえ。今日は父さんと、後皆さんに差し入れと思いまして」


 社長の息子の手には大きめのビニール袋が握られていた。


 俺は彼からビニールを受け取る。


「これ、みなさんで飲んだり食べたりしてください!」

「ああこれはどうも! ありがとうございます!」


 いえいえ、と社長の息子は朗らかに笑う。


「あ! もしかして薮原さんですか?」

「え、あ、はい。どうして俺のことを?」


「父から話伺ってますよ。営業部のエースで、すごい仕事できる人だって!」


 社長の息子さんがそう言う。


「せ、せんぱいすごい。まさか社長からも一目置かれてるなんてっ」


「ま、貴樹が仕事できるのは有名だからねぇ。さっすがぁ」


 ひなとアンナさんが訳知り顔でうなずく。

 え、ええーまじかよ。


「きょ、恐縮です」

「去年作ってもらったデジマスのグッズもすごい良かったですし、これからも期待してます! では!」


 社長の息子が去って行った。


 俺は千冬さんに言う。


「上松社長の息子さん、感じのいい人でしたね」

「……そうね。昔からあの子は礼儀正しい子だったわ」


「あれ、知り合いなんです?」

「……まあ、知り合いというか、神というか」


 神?

「……そんなことより、みんな、準備はできてる?」


 千冬さんが俺達、営業部の皆を見回す。


「……今日は夏コミのひとたちに、うちの作品を知ってもらう大事な日よ。みんな、張り切っていきましょう」


「「「おー!」」」


    ★


 数時間後、15時。

 

 人の流れは一段落した。

 結論から言うと、夏コミのグッズ出店は大成功に終わった。


「まさか開始数分で、きみたびグッズが売り切れるとはな……」


 俺とアンナさんが、今回の夏コミのために用意したグッズは、ものの数分で完売になった。


「すごいね、貴樹。君の作ったグッズ一番人気だよ!」


 アンナさんがほめてくれる。


「せんぱいすごいです!」

「いやいや、原作が良かったんだよ。きみたび、超面白いからさ」


 グッズが売れたとて、俺の手柄じゃあない。

 と、そのときだ。


「お疲れ様です」

「あ、え……ああ、え? 光彦おじさん!? なんであなたが……?」


 そこにいたのは、真琴の叔父さんだった。


「ああ、紹介がまだでしたね。私はこういうものです」


 光彦おじさんは懐から名刺を取り出して俺に渡す。


「SR文庫・ラノベ編集部編集長 兼 副社長……へ、編集長に、副社長ぉ!?」


 え、光彦おじさんってそんな大人物だったの!?


「す、すす、すみません! ちゃんと挨拶できずに! 俺、全然知らなくって!」


 真琴の叔父さんとばかり思ってた!

 まさかうちの文庫の編集長だったなんて……!


 それを知らず、俺は長野まで車出してもらったり、普通に話したりしてたなんて!


「ああ、いえ、お気になさらず。それに今まで通りでお願いします。あなたも将来的には私たちの家族になるのですから」


 俺と真琴が結婚すれば、真琴の叔父である光彦おじさんとも親類になるってことだもんな。


「結婚式にはぜひ呼んでくださいね」

「そりゃあもちろん」


 光彦おじさんはテーブルの上のグッズを見て微笑む。


「それと、ありがとうございました。きみたびのグッズ、あんな素敵なものを作ってくださって」


「え?」


 するとこっそり千冬さんが「きみたびは岡谷編集長の担当作品よ」と教えてくれた。


 マジか!


「本当に素晴らしい出来のグッズの数々でした。ここまで見事なものを作ってくださったこと、本当に感謝しております」


いやぁ、まさか作品の担当編集とラノベ編集長に喜んでもらえるなんて! 

頑張ったかいがあったってもだ。


「そうだ、今度真琴も一緒に、我が家に遊びにきませんか? 家内もぜひあなたに会いたいとのことです」


 そういえば光彦おじさん、今度結婚するって真琴が言っていたな。

 妻はどんな人なんだろう、あってみたい。


「そうですね! ぜひ! 真琴と一緒にあそびに行きます!」


 それじゃあ、といって光彦おじさんは去っていった。


 いやぁ、まさかまさかだ。

 光彦おじさんが、こんな重要人物だったなんてな。


 ……あれ?

 そういえば光彦おじさんって、奈良井の旦那・三郎くんと関係者って言っていたな?


 いったいどういう繋がりなのだろう……?


 まあ、今度おうちに遊びに行ったときに聞いてみよう。


    ★


 16時には完全撤退となった。


「せんぱい、打ち上げ行きますよねっ?」


 ひなが俺に尋ねてくる。


「あー、わるい。今日はこれから真琴を空港まで迎えにいかねばならんのよ」


 アンナさんが台車を押しながらこちらに近づく。


「あ、そっか。今日だったわね、貴樹の嫁が宮崎から帰ってくるのは」


 真琴は現在、宮崎県にいる。


 今年のインターハイに参加するためだ。


 真琴の所属するアルピコ学園は、今年のバスケのインターハイ、見事優勝。


 今日は真琴が飛行機で東京に帰ってくる。


「……薮原くん。ここはもういいから、空港まで行ってあげなさい」

「了解です部長。そんじゃ」


 俺はアンナさんたちに別れを告げて、展示場の駐車場へと向かう。


「あーあ……いいなぁうらやましいです」

「ま、あきらめないことね。【あれ】もうわさだと公布されるみたいだし」


「開田総理、まさか本当に【あの法律】を公布するんですかね……」

「たぶんね。施行は先みたいだけど」

「……さ、帰るわよみんな」


 俺は千冬さんたちとは真逆の方へと向かって走り出す。

 空港で待っているだろう、愛する嫁の元へ。


    ★


 ややあって、俺は羽田空港へと到着した。


「ええっと、出口はこっちだったような……」

「……お兄さん?」


 振り返ると、そこにはジャージを着た長身の美少女。


 真琴の友達、贄川にえかわ 五和いつわちゃんがいた。


「五和ちゃん。久しぶりだね」

「……はい、おひさしぶりです」


 ぺこりと頭を下げる五和ちゃん。


 彼女もまた、真琴と一緒に宮崎のインターハイへ行っていたのだ。


「ってことは真琴は?」

「……なんかトイレみたいです」


「なるほど……道理で見当たらんわけだ」


 俺は五和ちゃんに言う。


「あ、そうだ。よかったら車載ってく? 最寄り駅まで送るよ?」


 すると五和ちゃんは笑顔で首を横に振る。


「……うれしいですけど、でもマコの邪魔したくないんで、遠慮しておきます」


 その瞳には暗い色はなかった。

 彼女は失恋の悲しみを乗り越えてくれたのだろう。


「そっか。わかった。じゃ、また今度ね」

「……はい、では。失礼します」


 五和ちゃんはボストンバッグを背負って、地下鉄の改札へと向かう。


「……あ、そうだ」


 彼女は立ち止まって、こちらを振り返る。


「……何でも言うこと聞いてもらう券、まだ持ってますから。ちゃんと使わせてもらいますね」


 それはいつぞや、俺の家に彼女が停まりに来たとき、罰ゲームとしてあげたものだ。


 まだ持ってるんだな、てっきり捨てられたとばかり思っていたが。


「わかってるよ。またね」


 五和ちゃんは笑顔で手を振って、俺の元を去っていく。


「さて……あとは嫁を回収して、今日のミッションはクリアなんだが、どこいった?」


 トイレに行ってるらしいが……。

と、そのときだ。

とん、と誰かが俺にぶつかる。


「おっとすみません」


 だぼだぼのパーカーを着て、帽子を目深にかぶった子供が、俺の前にいる。


「誰かお探しですかー?」


 パーカーの人物は俺に尋ねてくる。


 俺は笑って答える。


「ああ。俺の世界一可愛い嫁が、宮崎から帰ってくるはずなんです」


「ほほぅ、世界一ねえ。んふふ~♡ あつあつですなぁ」


「ああ。俺嫁一筋なんで」

「ひゅーひゅー、お兄さん、お熱いねえ」


 俺は笑って、カノジョのかぶっている帽子を取り上げる。


 そこにいたのは、俺の愛する嫁、岡谷真琴。


「あらら、ばれてた? ぼくの完璧な変装」

「ったりまえだろ。変装にすらなってないよ」


 そういえば俺の家に初めて来たときも、こんなような服装だったな。


 髪形を隠すための帽子に、体のラインを隠すためのだぼだぼパーカー。


「前はひっかかったくせにー」

「いつの話してるんじゃおまえは。俺がもうおまえを間違うわけないだろ」


 にこーっと真琴が笑うと、俺に抱き着く。


 彼女を抱きしめて、俺は熱い口づけを交わす。


 インターハイの期間中、真琴はずっとひとりだった。


 父親のいる長野からも、俺のいる東京からも離れた場所で。


 しかし真琴は、インターハイで大活躍して、優勝までしてきた。


 きっともう、カノジョがこの先、一生寂しがることはないだろう。


 ……いや、違う。


 もう二度と、真琴に寂しい思いをさせない。


 俺はこの子とともに、この先もずっと、楽しく暮らしていく。


「んじゃ、帰ろうか」

「おー!」


 手をつないで俺たちは歩き出す。

 足並みをそろえて、この可愛い嫁と一緒に。


 未来へ。




<おわり>



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【★大切なお願いがあります】


・《本編》はこれにて終了です!

読了ありがとうございました!


《番外編》も引き続き投稿します!

詳細はあとがきにて。

今しばらくフォローしてくださると嬉しいです。



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・次回作はじめてます!


【タイトル】


俺に甘えてくるヤンデレ義妹が、元カノの妹だった~潔癖症の恋人に振られた日、瓜2つのギャルが妹になった。今更もうやり直せない、君がさせてくれなかったこと全部してくれる小悪魔な彼女に身も心も奪われてるから


【URL】


https://kakuyomu.jp/works/16816927860130559865

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