95話 深夜のドライブ



 俺は真琴を車に乗せて、市内をドライブする。


 真琴の乗ってきた自転車は後部座席を倒して乗せた。


 助手席に座る真琴。

 彼女の肩にはカーディガンを羽織らせている。


 家を出るときに俺が持ってきたのだ。


 初夏とはいえ、夜は冷えるのが長野である。

 俺はしばし市内をゆっくりと走る。


 トラックがすれ違うくらいで静かなもんだ。

「……ねえ、お兄さん」


 ぽつり、と真琴がつぶやく。


「……怒らないの?」


 恐る恐る真琴が聞いてくる。


「怒る? なにに」

「……夜中に勝手に一人で出歩いたこと」


「ああ……まあ、それは良くなかったな。次からは出かけるとき、一声かけような」


「うん……」


 真琴がまた黙ってしまう。


 俺は信号待ちをする。


「……ねえ、どうして?」


「ん?」


「どうして……聞いてこないの。なんで、こんなことしたのかって」


 真琴がうつむている。


 俺は運転中だから、よそ見できないが、水ともわかった。


 彼女が震えている、さみしがっていることに。


「大体の察しはつく。親父さんが、死んじゃうんじゃないかって、不安なんだろ? おまえのお母さんときみたいに」


 真琴は母親を早くに失っている。


 だから、父親を失うことを、誰よりも恐れてるんだ。


 ひとりぼっちになりたくないって、そう思ってる。


「夜中に突然不安になって、親父さんの様子を見に行った。けど面会時間を過ぎてたから病院に入れなくて、途方に暮れてた……ってとこだろ?」


 車を再発進させる。


 真琴は弱々しく言う。


「……ほんと、何でもお見通しなんだね。すごいや、お兄さんは」


 真琴はやっぱり無理をしていたんだ。

 

 東京を出るときから今の今までずっと。


 俺が思う何倍も、何十倍も、何百倍も……。


 不安で孤独で、押しつぶされそうになっていたんだ。


「俺こそ、ごめんな」

「え……? 何で、謝るのさ……」


 驚いたように真琴が言う。


「昨日の夜、おまえを一人にさせるべきじゃなかった。抱きしめてやれなくて、ごめんな」


「お兄さんのせいじゃないよ!」


 真琴が強く否定してくる。


「あのときはだって! 何があったのかぼくが言わなかったじゃないか! だからお兄さんのせいじゃないよ!」


「いや、【何かあった】ってのは察してた。だから……その時点でおまえを抱きしめてやるべきだったんだ。ごめん」


「お兄さん……でも……」


 真琴が、しゃべりやすい感じになってきたな。


 俺は車をある場所へと向かわせる。


 ややあって。


 俺がやってきたのは、市内からほど近い、サービスエリアだ。


 そこは小高い場所にあって、市内を見下ろせる。


「降りてくれ。ちょっと話をしよう」


 こくん、と真琴がうなずいて助手席から出る。


「わ……すご……なにここ……」


 駐車場に俺たちはいる。

 見晴らしの良い場所になっていた。


 柵の向こうには、まだ眠りについてる、市内の様子が一望できる。


「上松先輩……せつさんに教えてもらったんだ。デートスポットにいいってよ」


 長野とは言えここは県庁所在地。


 県内で最も人が集まっている場所。


 深夜とは言え、街灯の光がまばらに見える。

「きれい……夜空みたい……」


 暗い闇の中、人工的な光が織りなす光は、それはそれは綺麗に見えた。


 こんなときじゃなくて、ちゃんと連れてきてやりたかったがな。


「真琴。おいで」


 俺は彼女の手を引いて、柵の近くまでやってくる。


 俺たちは肩を寄せ合って、しばし絶景に見とれる。


「なあ……真琴」

「……なぁに?」


 俺は、彼女に言う。


「おまえさえよければ、こっちに越してきてもいいんだぞ?」


「え……?」


 真琴が目をむいて俺を見上げる。


「なに、言ってるの?」


「そのままの意味だよ。SRクリエイティブ……今の会社を辞めて、長野に引っ越してもいい。こっちで俺、就職先探すからさ」


「だ、駄目だよ……何言ってるのさ!」


 真琴がぶんぶん! と首を振る。


「お兄さんがなんで会社やめなきゃいけないんだよ! お兄さん言ってたじゃん! 今の会社が好きだって!」


 ああ、そうさ。


 あの職場は、やりがいのある仕事場だ。


 やりがいがあって、社員を大事にしてくれる、とてもいい職場。


 千冬ちふゆさんがいて、アンナさんがいて、ひながいる。


「俺は、あの会社が好きだよ」


「なら!」


「でも、そのほうがおまえ、安心するだろ」


 俺は、彼女に言う。


「おまえ親父さんの近くに……本当はいたいんだろ?」


 真琴は驚愕の表情を浮かべる。


 そんな驚くことでもないだろう。


 彼女にとっては、それくらい、自分の父親が大事なんだ。


「いいよ。おまえがそれで本当に笑顔になれるなら、俺は喜んで会社を辞めるさ」


「……お兄さん」


 ぐすぐす、と真琴が涙を流す。


 俺に抱きついて、ぐりぐり、と頬をよせる。

「……ぅん。ぼく……ほんとは、ここにいたいよ。長野に、いたい。ぱぱのそばに……いたいよ……」


 真琴が絞り出すように言う。


 やっぱりそうだったか。


 俺は真琴の頭をぽんぽん、となでる。


「……でも、でもね、ぼく……東京にも、いたいんだよ」


「真琴……?」


 彼女が涙に濡れた目を俺に向ける。


「パパのそばに居たい。でも……でもバスケも、いっちゃんも、お兄さんと過ごすあの家も……東京にある。ぼく……ぼく……どうすればいいか、わからないよぉ……」


 長野が、親爺さんが大事であると同様に、彼女は東京にも大事なものができてしまったのだ。


 だから、彼女は迷っているんだ。


 どうするのがいいのか……。


「真琴……聞いてくれ。一番大事な話をしよう」 

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