94話 家出



 真琴の親父さんの様子を見た俺たち。


 手術は明日ということで、今日は俺の実家に真琴が泊まることになった。


「まこちゅぅわぁあああああああああああああああああああん!」


 実家に帰ると、俺のお袋が玄関に走ってきた。


 小柄な人だ。


「お義母さん!」

「マコちゃん!」


 だきっ! と二人は抱きしめあう。


「あーよしよしよし! お父さんの件は怖かったわね! 辛かったわよね! ああもうマコちゃん悲しませてごめんねごめんねー! おばさん何もできなくてごめんよおおぅう!」


 お袋は真琴が大好きなのだ。

 ぎゅーっと真琴を抱きしめている。


 お袋の方が小さいので、妹がお姉ちゃんに甘えてるように見える。


「大丈夫だよお義母さん! ぼく、ぜーんぜんへっちゃらだもん!」


 にかっ、と真琴が笑顔を浮かべる。


「ああ! なんてこと……! お父さんが倒れても平気なんて! マコちゃんはとっても心が強いのね!」


「えっへん! ぼくはメンタルつよつよだもーん!」


 笑顔でそう言う真琴。

 だが俺には……どう見ても無理してるようにしか見えなかった。


「ほっほ、お帰り貴樹たかき


「親父。ただいま」


 見た目完全に安西先生な、俺の親父が出迎えてくる。


「お義父さん! ただいま!」

「はい、おかえりなさい真琴さん。さ、みんな、中に入りなさい」


 お袋は真琴をぎゅっとしたまま離そうとしない。


 俺たちはリビングへと移動する。


 ちなみに光彦叔父さんは真琴の実家に泊まるそうだ。


 ややあって。


「大変だったわねぇ、マコちゃん」


 俺たちは夕飯を食べている。

 お袋のメシは久しぶりに食うと美味いが、どうしても真琴の作るご飯の方がうまいと感じるな。


 お袋は真琴を心配そうに見ている。


「安心してね、入院中の岡谷おかやさんのめんどうは、おばさんがやるからね!」

 

 どんっ、とお袋が胸をたたく。


「だからタカと東京に帰って良いのよ」


「…………」


 真琴は箸をとめて何かを考えるようにうつむく。


「マコちゃん?」


「あ、えっと……ありがとお義母さん! でも……明日はちょっと心配だから、手術は終わるまで、長野にいたい、かな……」


 ……やっぱり真琴のやつ、無理してやがるな。


 お袋の前だから虚勢を張っている。

 今にも辛くて泣き出しそうな彼女の手を、俺はそっと握る。


「お兄さん……?」


「俺も真琴も、しばらくこっちにいるよ。いいだろ?」


「そりゃ……もちろん……いいけど」


 お袋はいぶかしげに俺を見てくる。

 そりゃそうだ。

 

 だって盲腸くらいの入院で、普通だったらそこまで動揺するなんて思わない。


 俺たちはすぐに帰るって、お袋は思ってたんだろうな。


 親父はすぐに察したように言う。


「ほっほ。いいではないですか。真琴さんがいてくれたほうが、君もうれしいのでしょうし、ねえ?」


「そ、うね……そうね! いやぁ! マコちゃんがいると家が明るくっていいなぁ! あ、タカは帰って良いわよ」


「ひでえや」


 あはは、と俺とお袋が笑う。

 親父も。


 だが……真琴だけがこわばった笑みを浮かべたままだった。


 ほどなくして。


「マコちゃん! 今日はおばさんと一緒に寝ましょうね!」


 パジャマ姿のお袋が、真琴の髪の毛にドライヤーをかけながら言う。


「さみしいだろうし、おばさんの愛で包み込んであげるぜ! ぎゅーってしてあげる、ぎゅーって!」


「ありがと~!」


 髪の毛を乾かし終えた真琴。


 ふたりが立って、寝室へと向かう。


「マコちゃんが元気出るように、ずーっと抱きしめててあげるからね!」


「うんっ! じゃ、お兄さん、また明日ー!」


「へっへーん! タカぁ~。マコちゃんはあたしがもらっちまうぜぇ!」


 お袋と真琴が笑顔で言う。


「はいはい、おやすみ」


 二人ともが寝室へと消えていく。


 俺と親父だけがリビングに残された。


「さて、私も寝ますね」


 親父が立ち上がって、部屋を出て行こうとする。


貴樹たかき

「なんだ?」


 親父は振り返って静かな笑みを浮かべながら言う。


「君はこの先一生、真琴さんを支えてあげるですよ」


 親父は俺の目をまっすぐに見ている。


「この先、同じようなトラブルは多々起こることです。そのたびに……」


「わかってるって。親父」


 今回は盲腸だったが、このあとも色んな子とがおこりえるのだ。


 そのたびに、毎回動揺させてはいけない、と言いたいのだろう。


「わかってるさ、親父。俺があいつを支える。俺は……あいつの旦那だから」


 親父は満足そうにうなずく。

 俺の今の答えで良かったみたいだ。


「おやすみ貴樹たかき

「ああ、おやすみ」


    ★


「タカ! 起きて! 大変よ!」


 ばちんっ、と頬をぶたれて、俺は目を覚ます。


 目の前には血の気の引いた、真っ白な顔をしたお袋が居た。


「どうした?」

「マコちゃんがいなくなっちゃったの!」


 俺はすぐさま飛び起きて、お袋と一緒に寝室へ行く。


 もぬけのからになった布団。


「1時くらいにね、トイレに行こうって目を覚ましたの。そしたらマコちゃんいなくて……」


「家ん中探したのか?」


「探したわ! 家中さがしたけどいないの! 近くも、マコちゃんちも探したけど、いないの!」


 今は3時。

 お袋は2時間も真琴を探して回ったってことか……。


「ああ、どうしましょう……! どうしましょう! マコちゃん……もしかして事件に巻き込まれたんじゃあ!」


 お袋がボロボロと涙を流す。


「警察には?」

「まだ……電話した方がいいかしら……?」


 お袋がスマホを取り出す。


 俺は、お袋からスマホを取り上げた。


「タカ?」

「俺が真琴を連れ戻してくる」


「連れ戻すってあんた……マコちゃんがどこにいるのかわかるの?」


「ああ」


 まず間違いなく、真琴は【あそこ】にいるだろう。


「俺は真琴を連れて帰る。だから大事にしないであげてくれ」


「タカ……」


 お袋が不安そうに俺を見上げてくる。


 当然だ、自分が2時間探し回って見つからない相手を、俺があっさり見つけてくるなんて思っても居ないのだろう。


 真琴がいなくなって、とても不安がっているのだろう。


「母さん」

「あなた……」


 親父が部屋へとやってくる。

 どうやら車で探していたのだろう。


貴樹たかきに探しに行かせましょう」


「でも……本当に見つかるの?」


「ええ。大丈夫でしょう。貴樹たかきは、探しに行くじゃなくて、連れて帰ると言ったのです。信じてあげましょう」


 お袋はやっぱり心配そうだ。

 しかし……はぁ、と溜息をつく。


「わかった……タカ。あんたに託す」

「おう。お袋は寝ててくれよ。明日起きたら、何事もなかったみたいに振る舞ってくれ」


「……難しいわねそれ。でも……わかった。それがマコちゃんためなら」


 真琴はお袋を心配させたってなると、更に落ち込んでしまう気がするからな。


 俺は上着を羽織って玄関に立つ。


「親父、車のカギかしてくれ」


 親父からキーをもらって、俺は玄関を出る。

 俺はまっすぐに、【あそこ】へ向かう。


 ややあって。


 車を止めて、俺は少し見渡す。


「……いた」


 俺は彼女の元へと向かう。


「よぅ」

「……お兄さん、どうして?」


 家から出て数分。


 俺は……すぐに真琴を発見した。


 真琴の隣には自転車がある。


「どうして……ここがわかったの?」

「わかるに決まってんだろ。何年、おまえの幼なじみやってると思ってんだ」


「……そっか。そうだよね。……すごいよお兄さん。すぐにぼく見つけちゃうんだもん」


 ……真琴がいたのは、病院の前。


 つまり、真琴の親爺さんが入院している、病院に、真琴はやってきていたのだ。


「……ごめん、お兄さん」


 その表情を見ただけで、俺はなぜ彼女がここにきたのか、確信を得た。


 そんなくらい顔をしている幼なじみを、見たくない。


 うつむく真琴の頭に、俺はポンッ、と手を乗せる。


「ちょっと、ドライブに付き合えよ」

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