92話 不安な真琴、心配してくる女達


 真琴の親父が盲腸で入院することになった。

 俺たちは長野県の病院へと向かう。


 叔父さんの用意してくれたリムジンの中にて。


「…………」


 驚くほど車中は快適だった。

 車体が全く揺れないし、エンジン音もさほど気にならない。


 だからこそ静けさが際立つ。


「…………」


 真琴は俺の隣にぴったり寄り添っている。


 さっきまでは元気よく話しかけていたが、ずっと黙ったままだ。


 緊張しているんだろう。

 やっぱり、親父さんが入院して、誰よりも彼女は心配してるのだ。


 ……とはいえ。


「真琴。到着まで数時間ある。少し寝てな」


 彼女は昨日全く寝てない。

 不安で一睡もできてないのだ。


 このままずっと緊張しっぱなしだと体調を崩すのは目に見えている。


「無理……寝れないよぉ……」


 真琴が消え入りそうな声で言う。

 不安で不安で仕方ないのだろう。


「……昨日も、何度も寝ようって思ったの。でも駄目だった。駄目だったんだ……」


「なら少し横になれ。寝れなくても楽になれるから」


 真琴は少しためらった後、こくん、とうなずく。


 靴を脱いでシートに横になる。


「ほら、おいで真琴。膝枕してあげるから」


 真琴は俺を見て、じわ……と目に涙を浮かべる。


 やっぱり辛かったんだろうな。

 そりゃそうか。

 唯一の肉親が、病気で入院したんだ。

 不安なわけがない。


 真琴は俺の太ももの上に頭をのせる。


「……ぼくね、幸せだよ」


 ぽつり、と真琴がつぶやく。


「……ひとりだったら、たぶん、不安で死んでた。でもお兄さんがいてくれる。こんなに、頼もしいことは……ないよ……」


 うつらうつら、と真琴が船をこぎ出す。


 俺は真琴の頭をなでる。


「……お兄さん。……ずっとそばに、……いて」


 それきり、真琴は目を閉じて、深い眠りにつく。


 横になって数分もしないうちに入眠。

 やっぱり無理してたんだな。


「……どこもいかないさ。ずっとそばにいるよ」


 俺は真琴のつややかな髪の毛を手ですく。


「さて……あと3時間くらいか」


 平日だから道は空いている。

 三郎くんは空気を読んで、ずっと黙ったままだ。


 さてどうするか……と思ったそのときだ。


 ぽこん、と右ポケットのスマホが微細に動く。


 マナーモードのスマホを取り出して電源を入れる。


 安茂里あもり ひなからだった。


『せんぱい! どうしたんですか!?』


 そんなメッセージが送られてきた。


 どうした? ってどういうこと。


『せんぱいが仕事を急に休むなんて!』


 ああ、もう始業時間か。

 俺がいないからびっくりしたんだろう。


『安心してくれ。ちょっと用事ができてな』


『急に休むほどの用事!? 病気ですか怪我ですか!?』


 文字だけだというのに、ひなから激しい感情が伝わってくる。


 それだけ心配してるのだろう。


『大丈夫。病院いくだけだから』

『びょ、病院ぅううううううう!?』


 あわあわしている姿が目に浮かぶ。


 だがそんなに心配させるわけにはいかない。

『嫁の父ちゃんが盲腸で入院してな』


 と簡潔に答えた。

 ひなは、ホッ……というスタンプを送ってきた。


『お大事にとお伝えください』

『ああ、悪いな。会社休んで』


『いえ! 大事なことだと思います。せんぱい優しいです! お嫁さんのこと、大事にしてください!』


 OKとスタンプを置くって返す。


 すると、ピコン♪ とまたメッセージが送られてきた。


貴樹たかき!? 大丈夫!?』


 職場の上司、アンナさんからだ。


『部長から聞いたよ! 病院いくんだって!』


 千冬ちふゆさんには昨日のうちから、あらかじめ連絡している。


 千冬ちふゆさんは自分から言うようなひとじゃないから、アンナさんが問い詰めたんだろう。


『待ってて! もうすぐ電車が君の家の近くまでいくから!』


『は!? ちょっ……! 大丈夫ですって!?』 


 この人俺を心配して、家に向かってるところらしい。


 俺は事情を簡単に説明する。


『あ、なーんだ。よかったぁ~……心配したよぉ』


『なんかすんません……』


 いえいえ、とリラックマのスタンプが送られてくる。可愛い。


『そっかー、嫁ちゃんのお父さんがね。お大事にて伝えておいて』


『了解です』


『あと嫁ちゃんのこと、しっかりささえてあげないと……駄目だよ?』


 アンナさんに言われるまでもない。


 俺は真琴を支えるためにここにいるんだから。


「ふぅー……」


 ぴこんっ♪


 また通知だ。

 今度は千冬ちふゆさんからだ。


『たっくん、マコちゃんの様子はどう?』


 昨日のうちに事情を話してたから、何があったみたいな聞かれかたはしなかった。


『昨日は寝れなかったみたいだけど、今は寝てる』


『そう……良かった……』


 千冬ちふゆさんにはいろいろと迷惑と、あと心配をかけちまったな。


『ごめん千冬ちふゆさん』

『あやまらなくて良いの。あなたも、マコちゃんも大事な家族だもの』


 家族、と千冬ちふゆさんは言ってくれる。


 血のつながりのない真琴に対してでさえもだ。


 彼女の中ではもう、真琴も身内の一人なのだろう。


『仕事のことは気にせず、数日そっちにいなさいね』


『あ、いや……でも……』


『長野だと行くだけでも体力居るし、それに……マコちゃんを、ちゃんとケアしてあげなきゃでしょう?』


 全くもってその通りだ。


『すみません。ちょっと長めに悠久取らせてください』


『わかりました。後のことはやっとくから、あなたはマコちゃんを全力でサポートすること』


 OKと返す。

 千冬ちふゆさんは俺たちを、離れていても見守ってくれている。


 ありがたいことだ。


 ピコンッ♪


「今度は……五和ちゃんか」


 今日はどうにも連絡が来るな。


『お兄さん、マコ、大丈夫ですか?』


 五和ちゃんには、真琴から連絡が行ったのだろう。


『大丈夫。今は寝てるよ』


『良かった。……貴樹たかきさんは、やっぱり凄いです』


 すごい?

 どういうことだろう……。


『昨日、マコから電話が来たんです。どうしようって……。あたしずっとマコに大丈夫だから寝ようねって言ってたんですけど、ぜんぜん寝てくれなくって……』


 五和ちゃんが頑張ってくれてたのか。


『付き合ってくれてありがとう。あとごめんね』


『いえ。マコが少しでも気が紛れてくれたらそれでいいんです』


 自分も眠いだろうに、付き合ってくれて、しかも文句一つ言わないなんて。


 良い子だよな、ほんと。


『やっぱり貴樹さんにはかなわないです』

『そんなことないよ』


『でも、友達ってだけじゃ……やっぱりマコの不安は取り除けませんでした。だから、凄いです。お兄さん。マコに本当に信頼されてるんですね』


 そう、かも知れない。

 でも、まだ彼女は明かしていない。


 俺に虚勢を張った理由を。

 本当に信頼しているのなら、最初から不安をぶつけてくれてよかったのに。


「…………」


 真琴から信頼、されているといいんだが……。

 

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