83話 ケンカした翌日



 日曜日の朝、俺は真琴を迎えにきた。


 贄川にえかわ 五和ちゃんの家へとやってきている。


 洋風のでっかい屋敷に通されたときは驚いたが、門から出てきたターミネーターにも驚かされた。


 五和ちゃんのお兄さん、次郎太さんに案内され屋敷の中へ。


 客間で待っていると、真琴がやってきた。


「おにーさーん♡ おはよー♡」


 ぶんぶん! と勢いよく手を振るのは、黒髪の美少女・真琴。


 先日までと違って晴れ晴れとした表情を浮かべている……だが。


「おま……だいじょうぶなのか、その顔」


 真琴は顔中に絆創膏が張られていた。


「問題ないよ、ひっかき傷だし。ね、いっちゃん?」


 真琴の隣には五和ちゃんが立っている。


 背の高い、控え目な性格の、こちらも美少女だ。


 先日告られ、振ったときは……死にそうな顔をしていた。


 でも今は憑き物が落ちたように、晴れやかな笑みを浮かべている。


「……ごめんなさい。マコの顔に怪我させちゃって」


「いや、こいつが問題ないっていってるなら問題ないよ。それより君も大丈夫? そうとうこいつにやられたみたいだけど」


 五和ちゃんも顔中に絆創膏を貼っていた。


 たぶん真琴とやり合った痕なのだろう。


「手加減したもん、ちゃんと、ねえ?」


「……ううん。痛かった。まじひっかき」


「えー! 手加減しましたー! いっちゃんのほうがまじひっかかきだったもーん!」


「……はいはい」


 二人が仲睦まじく会話している。

 わだかまりは解消されたようだった。


 俺はホッとすると同時に、申し訳ない気持ちになった。


「五和ちゃん。ごめんね。君の好意に気づけず……それに、ちゃんと【わかる】ようにしてなくて」


 俺は胸のなかにしまっている【それ】を握りしめる。


 俺は真琴にプロポーズするほどに思っているし、そう言う関係なんだと示しておくべきだった。


「……傷ついたけど、でもよかったと思います。結果的にふたりの本気が、知れましたので」


 ふっ……と淡く微笑むと、五和ちゃんは言う。


「……ふたりとも、お似合いのカップルですよ。あたし……応援します。二人とも、大好きなので」


 五和ちゃんは、身を引くってことだろう。


「……しばらく、この胸の痛みは消えないと思います。でもお二人の幸せを誰よりも、祈ってるのは、事実ですので」


「いっちゃん……」


 真琴が五和ちゃんの体に抱きついたまま言う。


 五和はちゃんは頭をよしよしとなでる。


「……たかきさん、マコをよろしくお願いします。たった一人の……大事な親友を」


 真琴をぎゅっと抱いて、彼女は頭を下げる。

 頼まれなくっても、俺の答えは決まっているのだ。


「ああ、是非もない」


    ★


 五和ちゃんの屋敷をあとにした俺たちは、最寄り駅へ向かって歩いていた。


「これにて一件落着だね!」


「…………」


「お兄さん? どーしたの?」


 俺は途中で立ち止まる。


「真琴。ちょっといいか? 話がある」

「? いいけど」

 

 俺たちは駅へ行く途中の公園へと向かう。


 まだ朝の早い時間だからか、誰も園内には居なかった。


 ベンチに座る俺と真琴。


 自然な形で真琴は俺に身を寄せて、肩に頭を乗せてくる。


 俺の右手と、真琴の左手は、恋人のように指を絡ませたままだ。


「おまえにも、悪かったな。友達と衝突するようなことになってしまって」


 俺のあずかり知らぬところで、俺を巡っての思いが交錯していた。


 そんなことになっているとはつゆ知れず、俺はのうのうとしていた。


「はぁ~……」


 真琴は深々と溜息をつく。


「なんだぁ、別れ話かと思ったぁ~」


 ほーっと安堵の息をつく真琴。


「んなわけないだろ。愛してるのはおまえだよ」


「えへー♡ 知ってる~♡」


 真琴が俺の頬にちゅっちゅ♡ とキスをする。


「別に怒ってないし、お兄さんが謝ることでじゃないよ」

「いや、俺が悪かった。ちゃんと、表明しておくべきだったんだ」


 俺は胸元から、リングにかけた指輪を取り出す。


 かつて真琴に送ったのと同じペアリング。


「これは余計な混乱を招くから、隠しておこう取って思った。けど……つけてないことで、帰って争いの火種になることを、学んだんだ」


 俺はチェーンをちぎる。


「お兄さん……ぼくが、はめるよ」


「頼めるか?」


 笑顔でうなずく。真琴に指輪を渡す。


 彼女は俺の左手の薬指に、指輪を通す。


 俺たちは抱き合って、正面からキスをした。

「んちゅ……♡ ちゅぷ……♡ んっ♡ んぅ……♡ ぢゅ……♡ ちゅぱ……♡」


 情熱的なキスだった。

 真琴は舌と体をくねらせながら、俺に甘い口づけを交わす。


 ほどなくして、俺たちは顔を放す。


 真琴の左手の薬指にも、同じものがはまっていた。


「思えば、最初からちゃんとつけときゃよかったな」


「そーだよ! んもうっ! お兄さんのへたれー!」


「そうだな……覚悟が足りなかったよ。まだまだ」


 余計な注目を浴びないように、なんて甘っちょろいこと言ってたのが間違っていた。


 俺はもう決めたじゃないか。

 この子は背負って人生を歩いて行くと。


 真琴を愛し続けると。

 この指輪が決意の証じゃなかったのかよ。ったく……。


「俺もまだまだだな」


「ほんとだよ! お兄さんはまだまだ! ……でも、ぼくも未熟者だ」


 真琴が自分の頬に手を当てる。


「結局、殴り合わなきゃ、親友に思いは伝えられなかったし」


 真琴が顔を痛そうにゆがめる。

 それは己の頬が痛いからじゃないだろう。


 五和ちゃんのほっぺにも傷があった。

 親友に手をかけたことを悔いてるのだろう。

「殴り合わなきゃ、伝わらんこともあるさ」


「ん……そだね」


 真琴が小さく微笑むと……。

 俺のみぞおちに、パンチを入れてきた。


「でゅくしでゅくし!」


 ぺちんぺちん、と真琴の拳がぶつかる。


「伝わった?」

「おう。薮原やぶはら 貴樹たかきは鈍感すぎるってな」


「あったりー!」


 ……今回の騒動の一端には俺が関わっている。


 次からは気をつけよう。


 そういう自戒も、そして誓い込めて、俺は指輪をはめ続ける決意をした。


「これでもうぼくらの前に、障害は一つもないね!」


「あー……」


 ……最後にもう一つ、超えておかないといけない、ハードルがあった。


「なーぁにぃ~? まだあるのー!?」


 真琴がおモチみたいに頬を膨らませる。


「お兄さんのモテモテ大魔王!」

「なんだいそりゃ……」


「モテ過ぎちゃうってこと! なに? この世界はお兄さんがモテまくる物語世界ですか? 貴樹たかきモテキングサーガですか!」


 真琴は立ち上がって、そっぽを向く。


 俺は苦笑して、彼女を後ろから抱きしめる。

 拗ねてるとすぐに察して、俺は真琴を、背後からハグする。


 すると真琴は甘えるように頬ずりしてくると、俺に小さな唇を向けてくる。


 俺は立ったまま、後ろから彼女をハグしたまま、キスをする。


「安心してくれよ。大丈夫、俺はいつだっておまえが大好きだ」


 すると真琴はふにゃふにゃと幸せそうに笑うと、こくんとうなずく。


「うん! ぼくもいつだって、お兄さんが大好きだよー!」


 一つ騒動を乗り越えて、俺たちの絆はまた深まった気がする。


 あとは……アンナ先輩。

 彼女との関係を、きちんとけりをつけないとだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る