80話 真琴、親友の家へ
千冬と食事をした後、真琴は電車に乗っていた。
真琴はLINEを使って
【ごめん、お兄さん。今日帰り遅いかも】
【ひょっとしたら、帰ってこれないかも】
すぐに既読がついて
【どこへ行くんだ?】
真琴が行くのは、五和の家だ。
これから親友と話し合いに行くつもりである。
だが
彼が振った女の家に、行こうとしていると告げるべきか。
でも……
【ごめん、言えない】
言いたくなかった。
これは
これは、自分と五和の問題だから。
またすぐ既読がついた。
【おまえそれはさすがに許容できないぞ】
【ごめん……でも、必要なんだ】
土曜日の夜。
しかも21時を回っている。
女の子が、こんな時間に出歩くことを、普通は許してくれないだろう。
しかし……。
【わかった】
とだけ、書いてきた。
【いいの?】
【ああ。必要なことなんだろう?】
【うん、ごめん】
【いいって、あやまんな。遅くなっても迎えに行くからな】
ちゃんと、彼女が持つ事情を察してくれたのだ。
【ありがとう】
【おう】
当たり前だ。しかも行き先は言えないという。
不安になって当然だと思うし、保護者として許してくれないだろう。
それでも真琴の意思を汲んでくれた。
帰ったら、ちゃんと謝ろうと彼女は思った。
ほどなくして。
五和の家の最寄り駅に到着する。
真琴は前に、五和の家の前までは行ったことがあった。
難なく五和の家……
「前も思ったけど、でっかいよねここ……」
洋風の屋敷がそこにあった。
「いっちゃんっちって……もしかしてお金持ち?」
塀があって、入り口には門まである。
ぴんぽーん……。
だが相手からの反応はない。
「あれ? いないのかな……?」
お屋敷の窓には明かりが1つだけついている。
……やっぱり、いる。
「会いたくない……のかな」
気まずいのは理解できる。
でも……このままお別れは嫌だ。
「どうしよう、勝手に入るのもだめだし……困ったな……」
と、そのときだった。
「うちに何かご用ですかい?」
「ほえ……? ひっ!」
彼女の目の前には、見上げるほどの、巨大な男がいたからだ。
身長は2メートル近い。
筋骨隆々。
短く切りそろえた髪と、夜だというのにサングラスをかけている。
「た、ターミネーターだ! ぼくを殺しに未来から来たのかー!」
もろにターミネーターな見た目の男が、ふるふると首を横に振る。
「驚かして申し訳ございやせん」
ぺこり、とターミネーターが頭を下げた。
あれ意外といい人っぽい……?
「あっしはこの家の人間でさぁ。うちに何か用事あるのかと思いやして……」
「そ、そうなんだ……」
この家、つまり
この屈強具合、まさかボディガードとか?
じー、とターミネーターは
「もしかして……
「え、ど、どうしてぼくのことを?」
ほっ、とターミネーターは安堵の吐息をつく。
「初めまして、あっしは五和の兄、
「へえー……。えええ!? いっちゃんのお、お兄さんぅうううううう!?」
★
五和の兄、次郎太の手引きで、
客間へと通される。
「きゃんきゃん」「わふわふ」「くーんくーん」
「おまたせしやした」
次郎太がお盆を持って部屋に入ってくる。
サイドテーブルに紅茶の入ったカップを置く。
「真夜中に驚かせてすいやせんでした」
「い、いえ……ぼくこそ、夜中に来ちゃってすみません」
次郎太は犬の散歩に出かけていたらしい。
日中は最近暑くなってきたから、日が落ちてから散歩するそうだ。
「それで……うちには何をしに? もしかして……五和に会いにですかい?」
正面のソファに次郎太が座る。
「なんで……わかるの?」
「あの子、今朝からずっと塞ぎ込んでて、何かあったんだろうなって……。優しい真琴さんなら、様子見に来てくれるって思ったんでさぁ」
「や、優しいって……なんでわかるの?」
「妹から、あなたのことはたくさん来てやすからね。いい人だって、優しい人だって、いやでもわかりやす」
優しい人かどうかは、わからない。
でも五和が、友達が、家族に自分の話題を出しててくれたのはうれしかった。
「いっちゃんって……家に居る?」
「はい。でも、ずっと部屋に引きこもってやす」
「そう……なんだ……」
やはり五和も心を痛めてるらしい。
真琴は申し訳なさを覚えるが、しかし、はっきりと次郎太に言う。
「いっちゃんに、会わせてください。お願いします!」
真琴は頭を深々と下げる。
「ぼくは、どうしてもいっちゃんと、話したいんだ。ちゃんと、気持ちを伝えたい。このまま顔も会わせず、疎遠になるなんて嫌なんだ!」
真琴は五和の偽らざる思いを知ってしまった。
だが、五和は真琴の心の中を知らない。
自分だけが一方的に、五和の心の中をのぞいた形になっている。
ちゃんと自分の思いを……薮原への気持ちを伝えないと、不公平だ。
たとえその結果、永遠に仲違いすることになったとしても……。
「……頭を上げてください、真琴さん」
次郎太は微笑んでいた。
「わかりやした。妹のところに、ご案内しやす」
「いいの……?」
「ええ。ついてきてください」
次郎太の後ろを真琴がついて行く。
彼は怖い見た目に反して、優しい声音で言う。
「妹は、末っ子で、昔から引っ込み思案なこだったんでさぁ」
次郎太は述懐する、自分の妹のことを。
「自分から何かしたいってことを、まるで言わないで。手のかからない子ではあったんですが、見てて可哀想でさぁ」
「可哀想?」
「ええ。あっしら兄姉が、妹の自信を奪ってるんじゃないかって。そんなに若くて、未来がたくさんあるのに、あの子から可能性をあっしらが奪ってるんじゃって……申し訳なかったんでさ」
でも、と次郎太が続ける。
「高校に入ってから、五和は変わりやした。親友ができたって。バスケも、真剣に打ち込むようになって」
次郎太が足を止める。
部屋の前にたどり着いた。
「あなたのおかげでさぁ、真琴さん。五和と仲良くしてくれてありがとう。あの子に、やる気と未来と、青春をプレゼントしてくれてありがとう」
「そんな……ぼくは……でも……」
次郎太が手で制する。
「あっしはお礼が言いたかっただけでさぁ。何があったかは聞きやせん。それは、当人同士の問題でさぁ」
次郎太が部屋をノックする。
「五和。友達が来てます。出てきなさい」
だが部屋からの返事はない。
会いたくないのか……と思うと、真琴は落ち込んでしまう。
「五和。ちゃんと、話し合いなさい」
次郎太は続ける。
「友達がこんな夜更けに、相手の家に迷惑だとわかってても、来てくれたんですぜ? それだけ重要なこと、話しに来たってことだったんでさぁ。会いもせず追い返すのは、失礼でさぁ」
五和は、応じない。
真琴は駄目なのかも、と諦めかける。
だが次郎太はそれでも説得を続ける。
「会いたくないのなら、会いたくないと、自分でいいなさい! そんなふうにいじけてないで、自分の口で!」
終始穏やかだった次郎太が感情をむき出しにする。
だがそれは厳しくもしかし、家族に対する確かな愛情を見て取れた。
間違った方向へ進もうとする妹を、兄が注意していた。
……ややあって。
ガチャリ、と部屋のカギが開く。
「ふぅ……ごめんなさい。意外と頑固な子なんでさぁ」
「あ、いや……こっちこそ、すみません」
いえいえ、と次郎太が微笑む。
「あとはお任せします」
「あ、はい」
次郎太が去って行く。
1度立ち止まって、五和を見て言う。
「どうか、これからも……できれば、妹の友達でいてくだせぇ」
巨体が去って行くさまを、真琴は見送る。
頼まれずとも、そうしたいのだ。
そう、自分は五和との関係を解消したくて来たのではない。
前に進むために、ここへ来たのだ。
「ふぅ……はぁ……」
真琴は緊張の面持ちで、五和のドアを握る。
拒まれるかもしれないという恐怖が二の足を踏ませる。
でも……。
「……お兄さん」
真琴をここへ送り出してくれた、
彼の存在が真琴の支えとなって、前に進む勇気をくれる。
たとえ親友から手ひどく罵倒され、永遠に親しい友と袂をわかつことになっても。
そばにいて、無条件の愛を注いでくれる、愛しい彼がいてくれるから……
彼女は前に進む覚悟を決める。
真琴はドアを引いて……友達のいる部屋へと入った。
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