68話 相合い傘でイチャイチャ



 アンナさんと同じプロジェクトを任された。

 その日の夜。

 本当に珍しいことに、残業してしまった。


 入社してほとんど、残業なんてしたことがなかったんだがな。


 まあ8月の夏コミに間に合わせなきゃいけないため、仕方ない残業は。


「でも20時半っていうね……」


 20時になったら守衛が来て、会社からたたき返されてしまった。


 なんなのホワイト企業なの?


 ホワイト企業でしたね……。


 ちなみに残業代はしっかりでるし、なんだったら手当まで出ます。やべえよやべえよ。


「っと、真琴からだ」


 俺は仕事で遅くなることをあらかじめ連絡しておいた。


 最寄り駅に到着したことをラインすると、真琴からOKのスタンプが来る。

 

 改札を出て、さて帰ろうと思った……そのときだ。


「おーい、おに……貴樹さーん♡」


 ぶんぶんと手を振るのは、俺の嫁……真琴だった。


「真琴」

「えへへ~♡ 迎えに来ました~♡」


 自動改札を抜けると、真琴がびょんっと飛びついてくる。


 まるでコアラのようにしがみついて、すりすりと頬ずりしてくる。


「おまえなぁ……夜遅くに女子が出歩くなよ。危ないだろ」


「まだ20時半じゃーん。夜遅くないよ」


 すりすり、と子供みたいに頬ずりしてくる。

 ふわりと香る、髪の毛の良い香りにくらりとする。


 よいしょ、と真琴が降りる。


「お仕事お疲れ様♡」

「おう。悪いな、出迎え」


「いいって、ぼくが待ちきれなくなってきちゃっただけだし~」


 家から駅までは10分くらいなので、真琴の健脚ならもっと速くこれるだろう。


 俺の連絡を受けてから来たのだと思われた。

「あと雨降ってたから傘もってきたよ」


「はっはーん、俺はちゃんと天気予報を見てきたのだ。傘はほら………………ない」


 あれ? あ、そっか! 

 会社出るとき雨降ってなかったから、おいてきてしまったのか……!


「へっへーん、だと思った~。ほら傘。今ぱらついてるけど降ってるからね」


「ありがてえ……って、あれ? 1本?」


 んふふ~♡ と真琴が実に楽しそうに、口元を緩める。


「もちろん1本だよ? なんでかって? 相合い傘できるからさー!」


「ああ、なるほど……本命はそっちね」


「うんっ! えへへっ♡」


 真琴のやつ、俺と相合い傘して帰りたかったのか。


 そのために迎えに来るなんて、かわいいやつだ。


 まあ夜中一人で出歩くのは辞めて欲しいが……。


 しかし、俺のために迎えに来てくれたのを、駄目だとはいえないしな。



「ほいじゃー、かえろっ」


 俺は真琴と並んで駅を出る。


 傘を俺が差して、その影に、ふたりで入るような形だ。


 ぴったりと真琴が俺に寄り添ってくる。

 信号待ちなどで立ち止まると、すりすり、といちいちくっついてくるのがいじらしくてたまらない。


「お兄さん珍しいね、定時で帰ってこないなんて」


「ああ。新しい企画を任されてな。ちょい忙しくなる」


「おー! すごいじゃーん! やるぅ~」


 にこにこと真琴が笑ってくれる。


「すごいことか?」

「そーだよっ。だって企画任されるってことは、力が認められてるってことでしょー? えへへっ、お兄さんが認められると、ぼくもうれしいなぁ~♡」


 思いを共有してくれるこの子が本当にかわいいなって思う。


 俺は真琴のつややかな髪の毛をなでる。

 彼女はうれしそうに、もっともっと、とくっついてくる。


「はい信号変わりましたよ真琴さん。いきますよー」

「ちぇー」


 夜道をふたりで歩く。


「残業って、もしかして明日からも~?」

「そうだな。しばらく遅いかも」


「じゃ、毎日迎えに来るよっ♡ ほら、夜道を一人で帰るのってあぶないじゃーん?」


「アホ抜かせ。おまえを一人歩かせるほうが危ないわ」


 むぅ、と真琴が頬を膨らませる。


「おとなしく家で待ってなさい」

「ぶー」


「返事は?」

「ぶーぶー」


 こりゃ言うこと聞かないな……。


「どうすればおとなしく待っててくれます?」


「お兄さんがだっこしてぎゅーっとしてちゅーしたらいいよ」


 俺は立ち止まると、真琴を見下ろす。


 ぎゅっ、と細い腰を抱きしめて、傘の下で、ふたりキスをする。


「んちゅ……♡ ちゅぷ……♡ んっ♡ んぅ……♡ ちゅぷ……ちゅく……っ♡ ちゅ……♡」


 顔を放すと、つつ……と唾液の橋ができる。

「えへへ♡ 相合い傘からのちゅー♡ したかったんだぁ~♡」


 とろけた表情で真琴が言う。


「公衆の面前で、べろちゅーはどうかと思うぞ」


「わかってないなぁ。傘だと外から見えないから、そこでだいたなことするから、いいんじゃーん」


 そういうもんなのか……。


「えへへっ♡ またひとつ、夢がかなった~♡ うふふふ~ん♡」


 真琴は結構いろいろしたいことがある。


 あれしたいこれしたい、と。

 だから一緒に居て飽きない。


「ねえねえどうしたら迎えに来てもいい?」

「大通り通ってくるなら、まあ……」

 

「じゃ、そーしよ♡」

「遠回りじゃん。そうまでして俺を出迎えたいの?」


「もっちろん!」


 真琴はいつだって、ストレートだ。


 感情に裏表がない。

 したいことをしたいという。

 そういう恋愛の駆け引き的な部分がなくて、楽で、心地よい。


「じゃ、大通りを経由して迎えに来てくれ。あと家を出る前はちゃんと連絡すること」


「おっけー! へへっ♡ 旦那を駅まで迎えに行くなんて~♡ いよいよもって嫁に着実に近づいてるぅ~♡」


 真琴が傘持っている俺の腕に抱きついて、ぎゅっ、と力込めてくる。


「真琴さん。腕に生暖かい感触があるんですが?」


「あててんのよ~♡」


「なんか妙に柔らかいんですが感触が……もしやぶらしてない?」


「そうだよ~。部屋着のままだもーん」


 ぐにょぐにょ、ぐにぐに、と真琴のわがままおっぱいが動く……!


「どう? 生こっぱいは?」


「なんだ、なまこっぱい、って」


「生のマコちゃんおっぱい、略して生こっぱい」


「普段挟んだりこすりつけられたりしてるから、まあ普通」


「そうだったねー♡」


 ちゅっちゅっ、と意味なく真琴が頬にキスをしてくる。


「今のは?」


「ただのちゅー♡ 相合い傘のちゅーって、見られちゃうかもってスリルがあって、いいねっ!」


 立ち止まってまた真琴が頬に、ついばむようなキスをする。


 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ♡


「おまえなぁ。帰るのが遅くなるだろ~?」


「頬にちゅーだとすぐちゅーしたくなるから、ここにちゅーしてくれるとぉ……長くがまんできるかも~♡」


 真琴が自分の、みずみずしい唇をゆびさして、んーと近づけてくる。


「ほしがりさんだな」


 俺はしゃがみ込んで、真琴と唇を重ねる。


「んちゅ♡ ふっ♡ ちゅぷ……♡ ふっ♡ んぷっ……♡ んぁ……♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ぢゅ……♡ あっ♡」


 真琴の唇から熱い吐息がもれる。

 時折甘い声を上げるのが、実にエロかった。


 唇を放すと、ぽーっとした表情で、真琴が俺を見上げる。


「おにいさん、えっちしたい……♡」


「平日ですが……?」


「したいのっ。だめー?」


 真琴が上目遣いに、おねだりしてくる。

 やれやれ、わがままなお嫁さんだ。まったく。ふふっ。


「箱がないから買いに行かねえとな」

「ご心配なく! ちゃんと帰りに買ってきてあるから! えらい!」


 女にコンドーム買わせる男って……。


「なんかちょっと凹む」


「えー! なんで、そこは用意の良い嫁だなー、でしょー!」


「周到すぎると逆になんかやなんだよっ」


「なんじゃそりゃー!」


 俺たちは笑いながら帰路につく。


 たった10分の距離なのに、一瞬に感じた。


 でも、濃密な時間の中に、俺たちはいたと思う。


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