67話 部長から仕事を任される
朝、俺はエレベーターでアンナ先輩と一緒になった。
いろいろあって、オフィスへと向かう。
「せんぱいっ、おはようございます!」
元気な声がオフィスに響き渡る。
小柄で、ちょっと茶色かかったウェーブ髪の美女。
俺の後輩だ。
「おう、ひな。おはよ」
俺はひなから告られた。
だが彼女は、今まで通り、先輩後輩としての付き合いを望んでいた。
「今日からまたよろしくですっ!」
ひなは普段通りの明るい笑みを向けてくる。
あのときの言葉通りの対応してくる。
俺もまたそうする。
「ひな。なんか印象変わったか?」
「わかります? 眼鏡からコンタクトにしたんです!」
赤縁の眼鏡だったのだが、それが裸眼になっていた。
くりくりの目が大きく可愛らしい。
「そっか、似合ってるよ」
「えへー♡ ありがとうございますっ!」
子犬みたいだ。
小さな尻尾がパタパタと揺れるイメージが見える。
「って、あれ? アンナ先輩は?」
気づいたら自分の机の前で、彼女はパソコンを操作していた。
いつもアンナさんはひなと、顔を合わせるたびにケンカしていたんだが……。
からんでこないな、今日は。
「……おはよう、みんな」
「「部長」」
俺の叔母さん、
黒いスーツをビシッと着込んで、できる女オーラがバリバリである。
「……ちょうどいいわ。
アンナ先輩が来るときに言っていたことかな?
「わかりました」
「……じゃあ第一会議室で待ってるから」
「呼び出しなんてなんでしょうね?」
「うーん、わからん……クビとか?」
「まさか! せんぱいに限ってクビなんてとんでもない!」
ぶんぶん、とひなが首を振る。
「せんぱいがクビならとっくに社員全員がクビになってますよ!」
「あはは! 面白い冗談言うな」
そんな冗談が言えるようになるなんてなぁ。
「あ、いえ……冗談じゃないんですが……」
「貴樹♡ 準備できた? いこっ」
アンナさんが俺たちの元へやってくる。
「「…………」」
ひなと、アンナさんの目線がぶつかる。
前はケンカしていた二人だ。
が、今はじっ、とお互いにらみ合っている。
やがてアンナさんは目線をそらすと、俺に笑顔を向ける。
「いこー♡」
「あ、はい……」
俺たちはオフィスを出て会議室へと向かう。
廊下を歩いている途中。
「あの……アンナさん。ひなと何かあったんですか?」
さっきの異様な雰囲気が気になった。
「んーん。なぁにもないよ」
アンナさんは平時のニコニコ笑顔だ。
「でも……なんかその、剣呑な雰囲気というか……」
「大丈夫、別にケンカしてるわけじゃないの。ただ……ちょっと思うところがあってね」
ふんっ、とアンナさんが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……諦めたくないのなら、正々堂々戦えっつの」
「アンナさん?」
「あ、ううん! なあんでもないよっ♡」
ほどなくして、俺は小会議室へと到着する。
千冬部長の前に座ると、彼女は資料を二つ分、俺たちに渡す。
「
「急ぎの……」「仕事?」
俺は資料にパラパラと目を通す。
「夏コミの新グッズ……ですか」
夏コミ。毎年お盆と暮れに開催される同人イベントだ。
同人誌の販売だけじゃなくて、企業もココに出店してる。
SRクリエイティブも毎年出店しているのだ。
「……今年はデジマスと、きみたび、二つのコンテンツの新グッズを販売することになったの」
デジマスときみたび、どちらも今うちの出版社で出している、人気ライトノベルシリーズだ。
「デジマスは毎年だし、特に驚かないんですけど……きみたびもですか?」
俺が
きみたびは、今年度になって爆発的に人気になったシリーズである。
デジマスは通年通して売れている、うちの主力コンテンツだ。
「……そう。おととい急に決まってね。きみたびグッズも作って欲しいって、企画が回ってきたの」
「でも……今5月で、夏コミは8月ですよ?」
「三ヶ月しかないじゃない。時間なさすぎですよ」
アンナさんに言われると、
「……私もそう思うわ。でも回ってきた以上、仕事だからやないといけない。かといってこの短期間でできる企画じゃない……普通の人には任せられない」
そこで、と
「……うちのナンバー1と2に、仕事を依頼したいって次第よ」
………ん?
ナンバー1と、2?
「へー、アンナさん営業部のナンバー1なんですか……って、え、じゃあ俺ナンバー2!? マジで!?」
するとアンナさんも、
「貴樹、何言ってるの?」
「……あなたがナンバー1じゃないの、うちの」
「ほ? ……へ? お、俺がぁ!?」
突然のことに驚くばかりである。
いや……いやいや、ないないない。
「ありないっすよ。俺が? ナンバーワン? そんなあり得ないない」
すると千冬さんが溜息をつく。
「……事実よ。うちで一番成績が良いのは
「そうだよー。知らなかったの~?」
ええー……うそーん……。
まあ、確かにあんまり営業先とトラブったことはないけど……。
二人が冗談言ってるとは思えないし。
「……時間が無いのは先刻承知。きみたびはうちで本腰入れて売ろうとしている作品の1本」
「つまり……半端は許せないってこと?」
アンナさんに問われて、
「……こんな重大な仕事、あなたたちだから任せるのよ……
……正直自分がナンバーワンなんていきなり言われてもわからん。
でも、仕事を任された以上、投げ出すわけにはいかない。
「やってみます」
「あたしも!」
彼女も結構いっぱいっぱいだったのだろう。
「……じゃあこの企画、二人で力を合わせて頑張ってちょうだい」
「了解! がんばろうね、貴樹っ!」
かくして、俺はアンナさんと一緒に、企画を任されることになったのだった。
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