69話 アンナ先輩の猛烈アピール
俺は普段通り会社へ来た。
「せんぱい、おはようございます!」
「おう……元気だなぁひなは……」
俺がどかっと椅子に座ると、ひなが心配そうな顔で様子をうかがってくる。
「ひどいやつれてる……やっぱり、新しいプロジェクト、大変だからですよね」
「いや、あの……」
「そうですよね。あと3ヶ月しかないのに、しかも重要な作品に関わるプロジェクトを任せるなんて! 疲れても仕方ないです」
「あ、あはは……」
別にそっちはなんとも思ってないんだ。
俺が疲れているのは、昨日どっかの嫁さんがハッスルハッスルしまくったからだ。
平日だってのに、何回も何回も……。
あいつ重ねるごとにすげえ技覚えてくるからびびるわ。
何度駄目だと思っても、元気にさせられるからな……。
「あれ? アンナ先輩来てないですね」
「そういえば……」
いつも来る時間になっても、アンナ先輩の姿がない。
予定表にはアンナさんは出社する旨が書いてある。
「電車の事故でしょうか?」
「かもな。あの人が遅刻するなんてありえないだろうし」
と、そのときだった。
「「「うぉおおおおおおおおお!」」」
オフィスの入り口から、男性社員達の雄叫びがあがる。
「なんだ……?」
「行ってみます?」
俺とひなは男どもが集まっている場所へと向かう……。
そこにいたのは……。
「あ、アンナ……さん?」
そう、アンナ・
俺の先輩……なのだ、が。めちゃくちゃ美人になっていた。
いや、前から超がつくほど綺麗だった。
だが今日は服装、化粧、髪質。
彼女を構成するすべてのパーツが、グレードアップしていたのだ。
「うぉおお! アンナさんやべえ!」
「えろぉおおおおい!」
「スカート黒タイツえろすぎますぅうう!」
男どもがエキサイトしている。
確かに珍しい。
アンナさんは普段、パンツスタイルで出社してきている。
だが今日はタイトスカートなミニスカートに黒いタイツ。
ノースリーブのシャツは、胸元を結構あけている。
「お胸のほくろが実にえろいですぅうう!」
「うひょぉおおお! エロOLだぁあああ!」
狂喜乱舞する男ども。
ひなが「うわぁ……」と男達の反応を見てドン引きしてる。おまえらそういうとこだぞ。
「急に美人になって……どうしたんでしょうね、先輩?」
「さ、さぁ……」
思い当たる節、がなくはない。
昨日のエレベーターのこと。
アンナさんは俺に、好きだと告ってきた。
俺はきちんと断ったんだけど、諦めていなかった。
まさか俺を誘惑するために、あんなえっちぃかっこをしてきた……とか?
ないない。自意識過剰すぎ。
「あっ、やっほー! 貴樹~♡ おはよーん!」
パワーアップしたアンナさんが、笑顔でかけてくる。
男どもの視線が突き刺さる。
「……薮原ぁ」「……てめえまたかぁ」「……処すぞ」
男どもが怖いっすマジで……。
「お、おはようございます……今日は遅いですね」
「うん! ちょっと気合い入れてきたら遅くなってさ~」
「き、気合いっすか」
「うんっ♡ どうかな?」
アンナさんがにこーっ、と、いつもの数百倍は美しい笑顔で笑いかけてくる。
「ど、どうって……」
「服とかがんばったんだよ? 貴樹のために♡」
「「「薮原ぁあああああああああああああああああああああああ!」」」
「ひぃ……! あ、アンナさん……ご、誤解を生むんでマジで……!」
あなた人気者なんだから! 発言には気を遣って頂かないと!
「せんぱいを誘惑しないでください!」
ひなが両手を広げて、俺を守るようにして立つ。
だがアンナさんは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「どきなさいよ、負けポメ」
「なっ!? なんですか負けポメって!?」
「さぁね。いこ♡ 貴樹♡ 今日の打ち合わせしよー?」
「あ、は、はい……」
俺たちはオフィスをあとにする。
「……薮原、呪殺するか」「……おれ釘持ってきてるぞ」「……わら人形はストックしてある」「……呪」
こ、こぇえええええ。
男達からものすごい恨まれている……。
「あ、あの……アンナさん」
「ん~? なぁに貴樹?」
アンナさんは資料の山を持って歩いている。
「その……えっと、とりあえず書類、持ちますよ」
いろいろ言いたいことがあるんだが、まあアンナさんが重そうにしてたので、持ってあげることする。
「えー♡ 大丈夫だよアタシもつからーあーてがすべったー」
アンナさんが転んで、書類を落としてしまう。
「拾わないと~♡」
アンナさんは立ったまま、書類を集めていく。
すると、どうなるか?
俺に尻を突き出すような体勢になるわけで。
ミニスカートが上にずれて、タイツ越しにパンツが見えそうになって……。
い、いかん……!
「お、俺も拾いますよ」
「わー♡ ありがとー♡ たすかるなぁ♡」
俺は書類集めに集中する。
だがアンナさんは、隙あらばスカートのなかを、見えるか見えないかという絶妙な角度で、近づいてくる。
なんだ、これは……。
ほどなくして、俺は書類を回収し終えて、会議室へ行く。
「ぜえはぁ……つ、疲れた……」
「おっつー♡」
がちゃんっ。
「あ、アンナさん? なんで会議室の鍵を閉めるんです?」
「んー? 特に意味は無いよ♡」
天使のような笑顔で答える。
男を虜にするような笑みだが、なぜだろう、肉食獣が舌なめずりしているように、俺には思えた……。
「ちなみにこの部屋防音なだって」
「だからなんですか!?」
「特に意味はないよー♡」
い、いかん……このまま密室にふたりきりは、まずい気がする!
「アンナさん。俺には恋人がいます」
「知ってる~♡」
アンナさんは書類を置いて、近づいてくる。
ら、ライオンに歩み寄られてる気分!
俺は一歩、一歩と下がっていく。
アンナさんは俺を部屋の隅っこにまで追い詰めて、顔を近づけてくる。
「でもそれと、あたしが貴樹のこと好きなことと、貴樹を諦める理由には、ならないんだよ?」
その青い瞳に吸い込まれそうになる。
大きくて、弾力のありそうな胸が、俺に押しつけられる。
「こんなこと、君だからするんだよ。この格好も、君だけに喜んでもらえるようにって、がんばっておしゃれしてきたの」
俺のためだけに……。
本気で、この人は俺のことが好きなのだ。
……だとしても。
俺はアンナさんの肩をつかんで、ぐいっ、と押しのける。
「俺の心は、あいつのもんです。申し訳ないですけど」
「ふーん、あいつ、ね……なかなか面倒な相手だなぁ」
面倒な相手、だって……?
その言い方だと、まるで諦めてない……ってことだよな。
「ま、これから8月まで時間あるし、じっくり君のことを、落としてくよ♡」
ぱっ、とアンナさんが俺から離れる。
前屈みになって、ニコッと笑う。
「よろしく、貴樹~♡ 覚悟しててね♡」
胸の谷間をまるで見せつけるかのようなポーズで、アンナさんが笑う。
「何をされても、俺は恋人一筋なので」
「そのわりにあたしのおっぱいガン見してますけどねー♡」
「ぐっ……! じょ、条件反射ですよ……」
「なるほどっ、元気な証拠だね♡ あたしそういう正直な男の子、だいすきよ♡」
アンナさんはみんなには絶対に見せないような、明るい笑みで俺に言うのだった。
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