62話 誕プレデート、指輪と決意



 俺は真琴の誕プレをかうため、ショッピングモールへとやってきた。


 そしたら、なぜか真琴もついてきていた。


 話は、その日の夕方。

 ショッピングモール最上階。


 庭園になっているような場所にて。


「なるほど……気になってついてきてたんだな」


 ベンチに座る真琴から、事情を聞いた。


 どうやら俺が千冬ちふゆさんと出かけるのが、気になって、部活をサボっておいかけてきたらしい。


「うん、ごめんね」

「まあ、俺も悪かった。誤解させるようなこと言ってしまったからな」


 真琴がしゅん……と肩をすぼめる。

 反省してるようだ。


 悪気があったわけじゃないし、お互いに悪いとこがあったんだ。


 あまり追求してやらないでおこう。


 しかし……これからどうするか。


 真琴には誕生日プレゼントの件がばれてしまっている。


 ここで明日まで待って渡すのも、なんだか違う気がするし……。


「…………」


 なにより、今日の真琴の行動だ。

 彼女は明らかに焦っていた。


 それは、不安を起因としているのだろう。


 ……ならば、俺は彼氏として、彼女の不安を解消してあげよう。


「真琴。ちょっと早いが、誕プレ渡しておくよ」


「うん……指輪、だよね」


 千冬ちふゆさんと一緒にアクセサリーショップに入ったところも、ばっちり見られている。


 ……と思ったのだが。

 どうやら真琴は、俺が【どんな】指輪まで買ったか、気づいてない様子だ。


 なぜなら、知ってるならもっとリアクションが取ってるはずだからな。


 これは重畳だ。


「真琴。ほら、一日早いけど、誕生日おめでとう」


 俺は小さな紙袋を真琴に手渡す。


 真琴は、おずおずと袋を受け取る。


 中身がわかってるプレゼントをもらうのなんて、ドキドキしないもんな。


「ちょっと中を見てごらん?」

「見るって……?」

「いいからさ」


 真琴は首をかしげながらも、紙袋を取り出す。


 小さな箱をパカッと開ける……そして……。

「え……?」


 目を丸くして、俺が用意したプレゼントを、凝視していた。


「これ……なんで、指輪が【2つ】入ってるの……?」


 真琴が開けた小箱の中には、銀色の指輪がふたつ入っている。


 片方には、ピンクの宝石が小さく、もう片方には緑色の宝石が、中央に乗っている。


「そりゃ二つあるに決まってるだろ。ペアリングなんだから」


「ぺあ……りんぐ……?」


「カップルとかが身につける指輪のことだ。同じデザインでそろってるやつ」


「いや……それは、知ってるよ。知ってるけど……なんで?」


 ああこれは、やっぱりそうか。


 真琴は、自分の誕生日に、【装飾品】として、指輪をプレゼントしてきたと思ったのだろう。


「おまえの誕生日のお祝いって面もあるし……これは、俺の決意の現れでもあるんだ」


「決意……」


「ああ」


 俺は真琴の手を取る。


 左手の、薬指に……、女性用の、ピンクの宝石の入った指輪をはめる。


「!? これって……」


 さすがの真琴も、この意味に、俺の意図に、気づいてくれたようだ。


「真琴。俺はおまえを、愛してる。死ぬまで、一生、愛し続ける……その決意が、この指輪には込められてるんだ。だからペアリングなんだよ」


 真琴は俺の言葉をかみしめている様子。


 ほどなくして、ぽろぽろ……と黒真珠のような瞳から、大粒の涙がこぼれる。


「どうしてぇ……どうしてぇ~……」


 泣いてる真琴を抱き寄せて、頭をなでる。


「ぼく……ぼくは、だめな彼女なのにぃ~……。いっぱいいっぱい、お兄さんに……めいわくかけちゃうのに……」


 真琴が涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。


 俺は彼女を胸に抱いて、背中をなでてやる。

「駄目なもんか。おまえは最高の嫁さんだよ」


「でもぉ……すぐに、嫉妬しちゃうし、ガキだし……」


「それはおまえの可愛いとこじゃないか」


 真琴をぎゅっ、と抱きしめる。


「おまえは……俺にとっての酸素で、もういなくちゃいけない、ないと死んじゃうような……そんな存在なんだ」

 

 長野に、一緒に里帰りしたとき、ただそばに居てくれるだけで心が安らいだ。



 山中湖で、一日会えないだけで、俺はずっと据わりの悪さを感じていた。


「真琴。おまえは俺の大事な、かけがえのない存在なんだ。ずっと一緒にいてくれ、真琴。これはその決意のあらわれだ」


 かつて俺は、結婚相手に指輪を贈る意味について、よく理解してなかった。


 相手を思い合っていれば、指輪なんて必要ないんじゃないかと。


 でも……ようやく、真琴と付き合ってわかった。


 思いを形にすることって、結構重要なんだと。


 指輪が重要なんじゃない。

 その人を一生愛していく。

 その思いを、覚悟を、目に見える形にする。

 その人が、ずっと愛を感じられるように。

 だから人は指輪を渡すのだ。


 真琴はしばらく無言だった。


 左手を胸に抱いて、ずっと黙っていた。

 だが……ほどなくして、口を開く。


「……ぼく、ずっとね。不安だったんだんだ」


 うつむいてるから、真琴の表情がうかがえない。


 彼女は涙混じりの声で、思いをあらわにする。


「……ぼくは、まだ子供だから。お兄さんは……大人だから。釣り合わないんじゃないかって。いつか……捨てられちゃうんじゃないかって。ずっと……ずぅっと、不安で、苦しくて……」


 真琴は高校生で、俺は社会人。


 不安がるのも致し方ない。

 俺と彼女とでは、社会的な立場が違う。環境も違う。


 彼女はまだ学生で、社会人に比べて、持ってない物が多すぎる。


 そこを、ギャップと感じてしまうのは、仕方ない。


「ぼくは……こんなに愛してるのに。この思いが……一方通行なんじゃないかって……。お兄さんは……優しいから……ぼくに、付き合って【あげてる】んじゃないかって……」


 でも……と真琴が顔を上げる。


 ……涙に濡れた真琴の笑顔は、今まで見た、どんな笑顔よりも美しい。


 夕日に照り返されて、キラキラ輝くその美しい涙は……まるで宝石のようだ。


「お兄さんが……ペアリングくれて、安心した。お兄さんがぼくの薬指に、指輪をはめてくれたから……思いを示してくれたから、うれしい……死んじゃいそうなくらい……うれしいよぉ……」


 真琴は涙を流しながらも、俺に晴れやかな笑顔を向けてくれる。


 俺は愛おしくなって、彼女を抱きしめる。


「不安にさせてごめんな」

「ほんとうだよ、ばかばか。お兄さんのばか」


 ……ちょっと前なら、気にしないで、とでも言っていただろう。


 こいつは結構気を遣うやつなんだ。


 でも……もう俺たちの間に、そういう気遣いは無用なのだ。


千冬ちふゆさんとデートしてデレデレしちゃって」


「いやデレデレしてないが?」


「タピオカ。ブラジャー。お昼ご飯」


「おまっ、全部見てたのかよ!」


「当たり前じゃん! 終始ずーっと監視してたよっ! んもうっ! お兄さんってばー!」


 真琴が怒りをあらわにして、ぎゅーっ、と脇腹をつねってくる。


「ぼくができた嫁じゃなかったら、今頃破局ですよ!」


 ……俺は愛おしくなって、笑ってしまう。


「だいじょうぶだよ。おまえは良い嫁だから、許してくれるって信じてたから」


「……もう、ば、ばかぁ」


 真琴は耳まで真っ赤にして、俺にしなだれかかってくる。


「そんなおべっかで、この真琴さんがほだされるとでも思ってるの~♡」


「デレデレじゃないっすか」


 すりすり、と真琴が頬ずりしてくる。


「てゆーか、指輪のサイズぴったりなんですが?」


「ちゃんと計ったからな」


「メジャーで測るより、ノギスとかのほうが良かったんじゃない~?」


「し、仕方ないだろ……こういう指輪を贈るの、おまえが初めてなんだからさ」


 かすみには、装飾品としての指輪なら、送ったことがある。


 だが、ペアリングを買ったことはない。

 結婚指輪も、買う前に別れてしまったからな。


「ふーん……そっか。これ【は】、はじめてなんだ~」


「おうよ。はじめてだし、これが最後から2番目の指輪だから」


「2番目? 最後は?」


「もちろん、本物の結婚指輪に決まってるだろ。あくまで今回のは、仮予約だよ」


 真琴が顔を上げる、もう涙はなかった。


「ね、お兄さ……貴樹たかきさん」


 真琴が、俺の呼び方を変える。


 彼女なりの覚悟を込めたつもりだろう。


「なんだよ……真琴?」

「ペアリング……貴樹さんの、貸して」


 俺は、男用のリングを彼女に渡す。


 彼女は俺の左手をとって、薬指にはめてきた。


「約束、だからね。これ外すの……次は、結婚式の時だから」


「ああ、約束だ」


 真琴が俺の胸に抱きついて、そして俺にキスをする。


 俺たちは固く抱き合って、熱く、長いキスをする。


「……だいすき」

「俺も、おまえが好きだよ、真琴」


 俺たちは笑い合って、またキスをする。


 夕日に照らされて、銀のリングがきらりと輝く。


 ……黄昏の光が、俺たちのを祝福するように、いつまでもキラキラと輝いていた。


 こうして、俺たちはまた一歩、関係を前に進めたのだった。


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