53話 叔母なりの、愛と試練
夕方。
彼女はキャンプ場の洗い場にて、ひとり、食器の後片付けをしていた。
水道の上には、スマホが載っている。
ライン通話がオンになった状態だった。
誰と話しているのか?
それはもちろん……
『んもうっ。お兄さんのばかばかばかー! ぼくという出来た嫁がいるってのにー! なんだいなんだい、下の名前で呼び合うとかさー!』
「……要件はそれだけ? 今私忙しいんだけど」
『だめ! ちー姉さんはぼくの協力者なんでしょー! なら愚痴を聞くのにも協力してよー!』
……そう、
曰く、
愛する甥っ子である
『なんだなんだあの女ふたりはっ! メスの顔しちゃってさー! お兄さんが鈍感にぶちんだから気づかないけど! 普通ならとっくにアウトだよーぅ!』
その情報が真琴へも流れるように設定しておいたのだ。
だから、妙にリアルタイムに、
「……マコちゃん、もうやめていいかしら、これ」
社員達は無邪気に、者の記録を残していると思ってくれている。
まあそれに嘘はないのだが、だましてるみたいで気が引ける。
……なにより、他でもない
『ノン! 圧倒的ノンだよちー姉さん! お兄さんが浮気したらやだもんー! 姉さんも嫌でしょ?』
本当は部屋チェンジの際、自分が
現状、ひなと
真琴からすれば、さぞ面白くないことだろう。
『どうしてお部屋をチェンジしてくれなかったのさ!』
「…………」
確かに自分がひなと同室になれば、真琴が心配するような状況にはならなかった。
だが、結局はひなと二人きりにさせたのは……。
(あなたを試すためよ、マコちゃん)
二人の仲を引き裂くつもりは毛頭無い。
二人が結ばれて欲しいとは思う。
だが……実際彼らの間には、いくつもの問題がある。
最たるものは……年齢の差だ。
約10歳も離れている……この二人が結ばれるためには、障害が多い。
真琴は一途な女だ。
だが精神的にまだまだ未熟だ。
だから、
真琴に、【課題】を。
「……仕方ないでしょ。決まっちゃったものは」
『でもぉ~』
「……それとも、あなたのたっくんへの愛は、こんなことで揺らぐものだったの?」
……つい、厳しい言い方になってしまった。
だがこれも、愛する
「……あなた、本気でたっくんが浮気すると思ってるの? それはちょっと……たっくんに失礼よ」
それは……旦那(予定)を信頼できるかどうか、というもの。
「……あなた、たっくんのお嫁さんになるんでしょう? 誰よりもあの子を愛してるんでしょ?」
『うん……』
「……ならたっくんを信じなくてどうするの。あなたたちの愛が本物なら、この程度のことで、関係が揺らぐわけないわ」
裏を返せば、この程度で壊れる関係なら、そもそも付き合わない方が良い。
社会人と高校生が付き合う。
世間の風当たりは……当然、厳しい。
もしもここで真琴が薮原を信頼できないのなら、
端っから、結婚なんて無理だ。
『…………』
真琴が黙りこくってしまう。
(……ちょっと厳しすぎたかしら)
誰より辛いのは、他でもない
それは甥っ子としてもそうだし……異性としても、意識していた。
本当だったら自分が
でも、彼女は選んだのだ。
恋人としてではなく、叔母として、
真琴は確かに良い女だ。
良妻としての
だが真琴はまだまだ精神的に未熟だ。
こんな未熟な心のまま結婚させたら、きっと、この先に待ち受ける多くの現実を前に、心が折れてしまうだろう。
(もうたっくんには不幸になってもらいたくないの……。ごめんねマコちゃん)
ぎゅっ、と唇をかみしめる。
なぜ席を譲るようなまねをしないといけないのか。
そう、
でも……そうしなかったのは、他でもない甥っ子である
(でも……でもなぁ……はぁ……)
と、そのときだ。
「
「……たっくん、どうしたの?」
「
「……いいわ。社員の人たちと、交流してきなさいな」
「もう十分したよ。ほら、半分かしてよ」
……きゅんっ、と胸が甘く締め付けられる。
誰かが困っていると、すぐに察知して、手を差し伸べてくれるのである。
きっと
(ああ……たっくん……好きよ……)
本当は、彼と結ばれたい。
彼に抱かれたい。
……でも。
「……いいのかしら。私に優しくしたら、マコちゃんが嫉妬しちゃうんじゃない?」
通話は、まだ続いている状態だ。
真琴は黙っている。
「ははっ、だろうね。あいつ今日やたらとラインしてきてさ」
でも……と
「真琴は、俺が誰かに優しくするのを、禁止するようなやつじゃないからさ」
「…………」
「あいつはまあ、確かにちょっと嫉妬深いけど、だからといって他人への気遣いができない女じゃ決してない。困っている人が居て、それを見過ごすことを許容するような、器の小さな子じゃないよ」
「……詳しいのね」
「あったりまえじゃん。あいつはずっと俺の弟分だったんだぜ? あいつのことは……よく知ってるよ。良いやつだってさ」
ああやっぱりね、と
今回の件は、あくまで真琴への課題だ。
だからたとえ同じ部屋に女が泊まろうとも、なびくことはない。
……だからこそ、悲しくなる。
それはつまり、完全に、
自分の入る余地が、全くないということを……。
長く一緒に居るからこそわかっているから……。
「……うん。100点」
それでも、
たとえ叶わぬ恋だとしても、幸せな姿を見せられ、ズタズタに心が引き裂かれてようとも。
「…………」
いつの間にか、通話が切れていた。
しゅぽんっ、とラインが送られてくる。
【ごめん、スパイは……もういいや。ごめんね】
(うん、正解よ、マコちゃん)
二人の仲が深まるほどに、自分の、
でも、それでいいのだ。
自分が幸せになることが、彼女の
「どうしたの、
「……なんでもないわ。ありがとう、たっくん」
(がんばれ、マコちゃん。がんばれ、たっくん。……がんばれ、私)
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