49話 後輩と同じ部屋に泊まる



 俺は社員旅行に、山中湖まで来ている……。

「や、やっとついた……」


 バスから降りた俺は、すでにヘトヘトだった……。


 道中、終始左右でケンカしてたんだよなぁ……アンナ先輩と、後輩の安茂里あもりが。


 男どもからは憎しみの視線がバシバシ飛んできたし……。


「少しゆっくりしたいよ……」


 俺たちが泊まるホテルは、湖近くの大きなホテルだった。


 ロビーはなかなか豪勢だ。


 ホテルには露天風呂まで着いてるとのこと。

「……部屋の鍵を配るから、こちらに並んでちょうだい」


「「「はい、部長!」」」


 俺の叔母さんであり、会社の上司の桔梗ヶ原ききょうがはら千冬ちふゆさんが、みんなに鍵を配っている。


貴樹たかき君♡ 一緒のお部屋になれると良いわね~♡」


 にこにこと笑うアンナ先輩。

 いや何言ってるんだこの人!?


「残念ですが、シングルかツインのどちらかの部屋しかありませんっ」


 シャー! と安茂里が俺を守るように立って、牙をむく。


「あらそうなの。けちくさいわね」


 アンナ先輩が千冬ちふゆさんから鍵を受け取る。


 シングルの部屋だったらしい。


「201号室よ、貴樹たかきくん♡」


「な、なんで部屋番号いったんすか?」


「そりゃあもう……夜這いしてもいいよーって♡」


「「「薮原やぶはらぁあああああああああああああああああ!」」」


 背後で男達が、凄まじい形相でにらんでくる。


「せ、先輩! 言って良い冗談とそうじゃない冗談がありますから!」


 それに俺には真琴っていう嫁が居るし、悪いが夜這いなんてする気はさらさらない!


「冗談じゃないんだけどなぁ~。貴樹くんだったらいいし」


「「「薮原やぶはら、あとで、処す……!」」」


 この人はほんともう……。


 さて俺も千冬ちふゆさんから鍵をもらうか。


「…………え? そんな、嘘でしょう?」


 千冬ちふゆさんが、部屋番の書かれたリストを見て、困惑している。


 何かあったのだろうか。


 ちらっ、と千冬ちふゆさんが俺を見て、何かを言いかける。


「……鍵は全員に行き渡ったようね」


「え? いや、俺まだ……」


「……各自移動し、荷ほどきすること」


 千冬ちふゆさんに言われて、うちの課のメンツが移動し出す。


 え、あれ? 俺まだ鍵もらってないんですが……。


 だいたいの人たちがいなくなった頃合いで、千冬ちふゆさんが近づいてくる。


「……たっくん。ちょっといいかしら」


「? どうしたの?」


「……ちょっと緊急事態よ」


 俺たちはロビーの隅っこに移動して会話する。


「……実はホテル側の手違いで、たっくんの部屋が予約されてなかったのよ」


「え!? まじっすか……」


 まあ手違いならしょうがない。


 でもどうしよう。部屋が無きゃ俺は泊まれないぞ?


「……誰かに頼んで相部屋にしてもらおうと思ってるの。ほんとだったらアタシの部屋でって思ったけど、シングルだし」


 さすがに一人部屋に二人で泊まるのは気が引けるな……。


 と、そのときだった。


「あ、あのっ! せんぱいっ! 部長!」


 俺の真後ろに、安茂里が手を上げて立っていた。


「は、話は聞きました。わ、わ、わたし……つ、ツインですので! い、一緒にどうですか!?」


 おお、なんと出来た後輩だろうか。


 いや、でも……。ううーん……。


「……男女で同じ部屋はちょっと」


 千冬ちふゆさんが俺の言葉を代弁してくれる。


「だ、だいじょうぶです! 間違いなんて、ね? 起きるはず無いですし! それに……ね、せんぱい紳士ですしっ!」


 安茂里の申し出はありがたい。

 ツインなら二人で泊まることも可能だろう。

 ツインってたしか、【一部屋にベッドが二人ある相部屋】だよな?


「……でも」

千冬ちふゆさん。俺、安茂里と同じ部屋で泊まります」


「……えっ?」

「やったぁー!」


 驚く千冬ちふゆさん。

 一方で安茂里は飛び跳ねて喜ぶ。子供っぽいとこあるな。


「……た、たっくん、い、いいの? あなただって……」


 千冬さんは俺と真琴とが付き合ってることを知っている。


 他の女と同じ部屋で泊まるのはいいのかと言いたいのだろう。


「……だいじょうぶです。ツインでしょ? なら問題ないかと」


 俺は真琴以外の女とどうこうするつもりも、気も起きない。


 ベッドも、別れてるし。だいじょうぶだろう。


「それにあんまり大事にしたくないんです」


 部屋空いてるか聞きまくると、それはそれで迷惑だろうからな。


「……まあ、あなたたちがそれでいいというのなら、私は止めはしないけど」


 こうして、俺は安茂里と同じ部屋に泊まることになった。


「わ、わ、やった♡ やったぁ♡」


 安茂里が小さく、ぐっ、ぐっ、とガッツポーズを取っている。


「……巡ってきた千載一遇のチャンス! これは、神様がわたしを応援してくれてるとしか思えないっ! がんばれひなー!」


「どうした?」


「なんでもないですっ。さ、せんぱい、いきましょう!」


 俺は安茂里とともにエスカレーターに乗る。

 入り口で大分もたついていたからか、他の社員とはすれ違わなかった。

 

 安茂里がエレベーターから降りると、スキップしながら部屋へと向かう。


「ご機嫌だな」

「はいっ! 今なら空も飛べそうですよ~♪」


 たんたんくるんっ、と安茂里がスキップする。

 

 全く子供だなぁ。


 さて、部屋の前に到着した俺たち。

 安茂里がキーをあけて、中に入る。


「………………おや?」


 おかしなことに、俺はすぐ気づく。


「わー! 部屋綺麗ですね! わわっ、窓から山中湖が見渡せますよー!」


 安茂里が大きな窓の前で歓声を上げる。


 だが俺は……呆然と立ち尽くすしかない。


「どうしたんですか?」

「いや……なんで、ベッド1つなんだ?」


「? ツインだからですが?」


 大きめの……二人は寝れそうなベッドが置いてある。


 あ、アレ……?


「ツインって、ベッドが二つって意味じゃないの?」


「それはダブルですよ」


 マジかよ! ダブルとツインって、そういうこと!?


 え、同じかと思ってた……。


 って! まずいだろ!


 同じベッドに、若い男女が二人で寝るなんて……。


 し、しかも……俺には真琴っていう彼女がいるわけだし……。


「だいじょうぶです! 問題ありません!」


 安茂里が笑顔で近づいてきて、力強く言う。

「も、問題……」「ありません!」


「もんだ」「ありません!」


「…………」「ありません!」


 これは、逃げられそうにないな……。


「それとも、わたしとじゃ嫌……ですか?」


 不安げな表情で、安茂里が俺を見上げてくる。


「わたしは野宿でも一向にかまわないのですが」


「……馬鹿野郎。そんなことさせられるかよ」


 こうなっちまったのは、今更どうしようもない。


 所詮は一泊二日の社員旅行だ。

 何も起きないだろう。


 それに俺には真琴がいる。

 ここに彼女がいる限り、何か間違いが起きることも、起こすこともない……はずだ。


「では、このままということで!」


「そうだな。今日明日はよろしく」


「はいっ!」


 俺は部屋の隅にボストンバッグを置く。

 まあ安茂里は真面目だし、妙なちょっかいはかけてこないだろう。


 俺は携帯の電源を入れて、真琴に山中湖到着した旨を送信する。


 すぐに既読がついて、ホテル名を聞いてきた。


「【開田かいだリゾートホテル】っと」


 しゅぽんっ、と真琴からOKのライン。

 そして、何かを企む猫みたいなスタンプが送られてきた。


 なんなのだ? 出発前も何か言いたげだったし……。


「安茂里。そろそろ集合じか……」


 振り返って、固まる。

 安茂里が、着替え途中だった。


「ふぇ……!?」


 口にゴムをくわえて、上半身裸の安茂里。


「お、おま……なんだよその格好!」


「あ、えと、汗かいちゃったのでシャツに着替えようかと……す、すみません!」


「いやすまん!」


 俺は急いで目をそらす。

 い、意外と……胸でかかった……じゃねえ!


 おいおいだいじょうぶか、これ……。


 すると真琴から、ラインが送られてきた。


『浮気はだめだべ~』


 エスパー!? ……いや、偶然だろうな。


 だ、だいじょうぶかな……ほんとうに、この一泊二日……。

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