48話 バスの車中にて修羅場



 俺は会社の社員旅行に参加することになった。


 ゴールデンウィーク3日目。

 SRクリエイティブの社屋の前にて。


 大きなバスが結構並んでいる。

 今日からこれに乗って、一泊二日の社員旅行へと向かうのだ。


「やっほー♡ 貴樹たかきくーん♡」


 銀髪の美しいロシア系美女、アンナ・塩渕しおぶち先輩が、近づいてくる。


 袖なしシャツにチノパンというラフな格好。

 問題は……胸がぱっくりと空いた、シャツを着ているということ。


「「「うぉおおおおおおお!」」」


 いつもの男性社員どもが、喝采をあげる。


「なんてでかさだ!」「谷間が見えてしまいますぅ!」「なんて深い谷なんだぁ!」


 アホどもが好奇の目を向けているのに、アンナ先輩はドコと吹く風。


「楽しみだねっ♡ 旅行♡」

「そ、そうっすね……」


 なんでアンナ先輩、俺の腕をつかんで言うんだろう。


「「「薮原やぶはらぁあああああああああああああああ!」」」


 ああほらこうなるぅ!


「てめえ薮原やぶはらちょっと来いや」


 剣呑な雰囲気の男性社員に呼び出しを食らう。


「てめわかったんだろなぁ?」「アンナ先輩の隣の席はおれらのもんだからなぁ」「空気読めよ薮原やぶはらぁ……」


 今からバスの席順を気にしてるんだろうな。

 みんな先輩の隣に座りたいらしい。


 てゆーか、なにこれ恐喝?

 いじめが発生してますよ?


「だ、だいじょうぶだって。わかってるから。俺は席を取らないよみんなの」


「それでいい」「約束破ったら貴様の命がないと思え」「潰すからな破ったら」


 こえええ……。


 そんな闇取引が行われてるとはつゆ知らず、アンナ先輩がニコニコしている。


「どうしたの~?」

「いや、なんでもないっす……」


 バスでは、おとなしくしておこう。

 野郎どもがアンナ先輩の隣をメグってバトルするだろうし。

 

 俺は目立たぬよう……そう、最後尾の席とかにしておこうかな。


「あれ? ひなちゃんは?」

「そういえば安茂里あもりのやつ見かけないな」


 真面目なあいつが遅刻するとは思えないが……。


「あ、あのっ、せんぱいっ。ここに、います」


「え?」


 ……そこにいたのは、安茂里ひな……のはずだが、別人だった。


 いつもあいつは、眼鏡をかけて、髪の毛をポニーテールにし、スーツを着た、生真面目なスタイルをしている。


 だが今はどうだろう。

 眼鏡を外し、少しウェーブかかった髪の毛を垂らしている。


 ふわふわとした可愛らしい服に身を包んでいた……。


「「「うぉおおおおお! 別人ぅうううううううううううう!」」」


 野郎どもがまた歓声を上げる。


 確かに別人のように、綺麗だった。


「あ。あの……せんぱい、どう……ですか?」


「ああ、可愛いよ」


「本当ですかっ! やった~!」


 ぴょんぴょんとはしゃぐ姿は、普段の安茂里通りだった。


 びっくりした……化粧と服でこんなガラッと、印象変わるもんなのな。


 アンナ先輩は「……なるほど」と険しい表情で、安茂里を観察している。


薮原やぶはらぁ……! ちょっとこっちこい!」


「ええー……またぁ~……」


 男性社員たちが、鬼の形相で、こちらに手招きしてくる。


 四方を男どもに囲まれる俺。


「わかってんな薮原やぶはらぁ」「ひなちゃんの隣は譲れよなぁ」「空気読めよなぁ」


 アンナ先輩と同じく、みんな安茂里の隣に座りたがってるのか。


「OK、だいじょうぶだって。アンナ先輩とも安茂里とも、離れた場所に俺は座るよ」


 すると野郎どもがきょとんと、と目を点にする。


「なんだよ、あっさり譲って」「座りたくないのか?」「美女の隣に座りたくないの?」


「ああ、俺は別に」


 俺には真琴まことがいるからな。

 別に今更アンナ先輩や安茂里とも付き合うきとかないし。


 必ず隣に座りたいってわけでもないから。


「絶対だぞ、薮原やぶはら」「男同士の約束だぞ?」「破ったら処すからな」


 野郎どもに俺は言う。


「ふっ、安心しろって。俺はちゃんと空気を読んで、一番後ろの真ん中の席に座るからよ。おまえらは好きにすればいい」


 5分後。


「どうしてこうなった……」


 俺の右隣には、アンナ先輩。

 左隣に、安茂里が座っている。


「「「薮原やぶはらぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」


 いや、不可抗力じゃんこんなの!


 だって、俺は最後に乗ったんだぜ、バスに?


 アンナ先輩や安茂里は、もうとっくに男どもに誘われていたし!


 まさか一番後ろの真ん中の席を、ピンポイントにあけておくとは思わないじゃん!?


「ちょっとアンナ先輩! せんぱいにくっつきすぎですよ!」


 左隣から、きゃんきゃんと、まるで子犬のように吠える安茂里。


「え~♡ そんなことないよね~♡」


 右隣から、明らかに俺に胸を押しつけている、アンナ先輩。


 なんでこんなことに……。


 恐る恐る前を見ると……。


薮原やぶはらぁ……処す」

「簀巻きにして湖に突き落とすか」

「美女に挟まれてチクショウうらやましい……!」


 血の涙を流した男性社員たちから、呪詛を向けられていた。


 なんでだ。なんでこうなる?

 だって別に俺は自分から、彼女たちの隣に座ろうとしたんじゃないんだぜ?


薮原やぶはらくぅーん?」

「おれらと席、かわろっかぁ~?」


 猫なで声の野郎ども。

 よ、よし! ここで席を替わろう!


「い、いいのかぁ? いやぁ悪いなぁ!」


 俺が席を立とうとすると……。


 がしっ……! と右隣のアンナ先輩が、俺の腕をロック。


「駄目だよ~♡ 運転中に席を立っちゃ♡」


 がしっ……! と左隣の安茂里が、左腕をつかむ。


「そ、そうです! 転んだら危ないです! ちゃんと座ってください!」


 に、逃げれない……だと……?


「「「や~~~~ぶ~~~~は~~~らぁ~~~~~~~~……」」」


 ホラー映画もびっくりなくらいの、恨みと憎しみを込めた表情でにらんでくる、野郎ども。


 いや、俺のせい!? これ俺が悪いの!?


 ねえ!


「ほらほら貴樹たかきくん♡ せっかくの旅行なんだから楽しまないとねー♡」


「いやまあ……はい。楽しみたいんですが……」


 ぎりぎりぎり、と前方から憎しみの波動と嫉妬の歯ぎしりが飛んでくる。


 ひぃ……。


「せ、せんぱいっ。おやつどうですか! クッキー作ってきたんです」


 安茂里が足下のバッグの中から、タッパーに入ったクッキーを取り出す。


「あらありがとう♡ いただくわ♡」


 アンナ先輩がタッパーごと回収して、ざらざらと一人で全部食べてしまった。


「ちょっとぉおおおおおおおお! なんてことするんですかぁ!」


 きゃんきゃんきゃん、とポメラニアンのように吠える安茂里。


「まあまあ美味しかったわ。ところで貴樹たかきくん♡ チョコケーキ作ってきたの~♡ 食べる~?」


 同じくタッパーを取り出すアンナ先輩。

 だが安茂里が回収して、一人でまるっと食べる。


「そこそこ美味しいですが、市販の品ですねこれ」


「ひなちゃーん? どうして邪魔するのかな? かな?」


 ごごご……とアンナ先輩の背後から、凍てつく波動が照射される。


「先輩だって! どうしてわたしの邪魔するんですかっ? 後輩に花を持たせるとかしないんですかっ!」


 ごごご……! と安茂里の背後から、ポメラニアンのスタンドが見える。


 え、これどうなってるの?


「先輩を立てるのが後輩の仕事でしょ? そんなこともわからないの? 邪魔だよひなちゃん♡」


「そっちこそ、前の皆さんがお待ちかねですよ! 行ってあげたらどうですか!」


「あははごめーん、あたし一番後ろの真ん中の右隣の席じゃないとバス乗れないんだー」


「なんですかそのピンポイントなやつ! 絶対せんぱいの隣に座りたいだけじゃないですか!」


「うん、そうだよ♡」


 左右からは、俺を挟んでの修羅場が展開されていて……。


「……薮原やぶはらをどこで消すか」「……次のサービスエリアに簀巻きにして放置しようぜ」「……やつが男子トイレに入った瞬間を狙うぞ」


 前方からは、男どもによる、暗殺計画が進行してる……。


 ま、真琴ぉ~。

 たぁすけてぇ~……

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