46話 キスでマーキングする嫁



 長野の実家から帰ってきた、翌日。


 朝、リビングにて。

 俺は真琴と一緒に、ご飯を食べていた。


「むぅ~~~~~~~~~~~」


 テーブルに顎をつけて、真琴が不満げにうなっている。


「…………」


 俺はトーストを食べながら、真琴をチラ見する。


 彼女の頬はオモチのように膨らんでいた。


「むむむぅう~~~~~~~~」


 俺はテレビを見ている。


『ーー先日発足した開田かいだ内閣総理大臣をトップとする、開田内閣は本日ーー』


「このじいさん、結構歳食ってるのに日本の総理大臣になるなんて。物好きもいるんだなぁ」


「お兄さん……!」


 真琴がしびれを切らして、声を張り上げる。

「どうした?」

「ツッコんでよ! どうした、真琴? ってー! 無視すんなー!」

 

 しゃーっ、と真琴がかわいらしく歯をむく。

「いや日本の行く末が気になってな。新しい総理になったわけだし」


「ニュースよりぼくを見てよ~!」


「はいはい、わかったわかった」


 俺は真琴の頭を軽くなでる。

 怒っていた顔から一転、満足そうに笑う。


「それで、どうした?」


「今日から遠征でさぁ、お兄さんに会えないのが辛すぎるんだよぉう」


 真琴たちの学校は、バスケの名門校らしい。

 今回、都外の学校との合同練習があるそうだ。


「1泊だっけ?」

「そぉ~……1日もお兄さんに会えないなんて……ぼく死んじゃーう……」


 はぁ~~~~~~と真琴が机に突っ伏してしまう。


 俺に会えなくてへこんでる嫁が可愛いこと。

「さぼろっかなぁ」

「悪いが俺も今日から社員旅行だぞ」


「うぅ~……社員旅行かぁ……うー」


 うちの会社が企画する、一泊二日の社内旅行。


 今日から行くことになっている。


「どこいくのー?」

「山梨の山中湖」


「はぇ? そーなの。奇遇だね」


 ひょこっ、と真琴が顔を上げる。


「どうした?」

「ぼくたちも、山梨にある山中湖の学校へ行くんだ」


「まじか。偶然だな」

「ねー、凄い偶然」


 よいしょ、と真琴が顔を上げる。

 空いたお皿をテキパキと片付け、台所に立つ。


「山中湖ってことは、向こうでも会えるかもだねー!」


「いやいや、ないだろ。結構広いんだぜ?」


「でも同じとこにいくんでしょー? なら……にししっ」


 真琴が含み笑いをする。


「なんだよ?」

「んふ~♡ ないしょっ! びっくりさせちゃる!」


 何を企んでいるんだろうか……?


 お皿を洗い終えた真琴が、俺の元へ帰ってくる。


「山梨にはどうやっていくの?」

「会社に集まって、観光バスで」


「女性の社員も、当然居るんだよね?」


 きゅっ、と真琴が目尻をつり上げる。


「当たり前だろ」

「ふーん、ぼく以外の女性のひとと、一つ屋根の下なんだー! へー!」


 ぷくーっ、と真琴が頬を膨らませている。


「なんだ、嫉妬してるのか?」

「当たり前じゃん! お兄さんはぼくのなのっ!」


 真琴が俺の膝の上に乗っかる。

 ぎゅっ、と強く抱きしめてくる。


 俺が知らないやつと旅行に行くのが、嫌なんだろう。


 まったく、可愛いやつめ。


「マーキングしとかなきゃっ」

「え? マーキング?」


「はぷっ♡」


 真琴が俺の首筋キスをする。


 ちゅ~~~~~~~~~~っと、強くキスをする。


「あ、おい真琴……」


 ぷはっ、と真琴が唇を離す。

 満足したように、大きくうなずく。


「うむ、これでよーし。見る?」


 真琴がスマホで首筋を撮影して、俺に見せてくる。


 ばっちりくっきり、俺の肩にキスマークができていた。


「これでよその女も、近づかないっ」


 俺を取られまいとする真琴がいじらしくて、俺はついいじわるしてしまう。


「じゃあ俺もマーキングさせてもらおう」


「えっ?」


 俺は真琴の真っ白な首筋に、唇を触れさせる。


「お、お兄さんそんな駄目…………あっ♡」


 すべすべとした真琴の肌に唇を当てる。


 強く吸い付くと、彼女が体をぴくっ、とけいれんさせる。


「やっ♡ あっ♡ だめ……ん゛っ♡ あっ、あっ、ぅ♡ あぅ……♡」


 ぴくぴくと悶える真琴がかわいらしくて、つい長くキスをしてしまった。


 唇を離すと……くっきりと、真琴の肩にキスマークができていた。


「はぁ……はぁ……♡ もう……お兄さんってば、激しすぎ……♡」


「すまん、つい夢中になってしまって」


「おかえしだっ♡」


 真琴が、俺の唇に、自分の唇を重ねてくる。

 俺たちは正面から抱き合って、互いに、むさぼるようなキスをする。


 甘くとろけるような唇の感触。

 ぬるりとまるで生き物のように動く舌。


 俺たちは激しいキスをする。


 ややあって……。


「「朝から何やってるんだろうね」」


 俺たちは顔を見合わせて笑う。


「あーあ、ほら見てお兄さん。ぼくの肩にこーんなくっきり痕がのこっちゃったよー」


 真琴がジャージをずらして、肩を見せる。

 どこかうれしそうに笑っていた。


「遠目で見ると虫刺されだけどー、近くで見ればキスマークだってばれちゃうなぁ~」


「それでいいじゃん。俺の真琴に手を出すなって、マーキングなんだからよ」


「にゃ゛っ……! も、もぉ~♡ お兄さんってば~……好きっ♡」


 真琴がまた俺の首筋にかぷっ、と吸い付いてくる。


 今度は逆側。

 じゅ~~~~~~~~~~♡ と吸い付いたあと、顔を離す。


「よしっ! これでお兄さんが、ぼくのものだーって主張かんりょー!」


「やったなぁ、おまえ。おかしだっ」


「あんっ♡ もぉ~♡ がっつきすぎだよぉ~♡」


 俺たちは結局、3回も、お互いの首筋にキスをした。


 お互い苦笑しながら、マンションを出る。


「お兄さんってば~♡ 若妻がほかの男に取られるのが嫌だからって、こんなにたくさんマーキングする必要ないのに~♡」


 真琴がうれしそうに、肩を見せつけてくる。

 赤いマークが三つもついてる。


「いやいや、真琴さんや。それを言うならおまえだって、俺がほかの女になびくのが嫌だからって、やり過ぎじゃあないかい?」


「むう……だって、お兄さん素敵な人だもん。だから……職場の女の子達が、近づいてこないか心配なんだもん」


 真琴がどこか不安げだ。

 俺は彼女の頭をなでる。


「心配ご無用。俺の隣の席は、真琴だけで埋まってるからさ」


「お兄さん……!」


 びょんっ、と真琴が飛び上がって、コアラのように抱きつく。


「お、おま……家の前でやめろよ……見られてたらどうすんだよ」


「知らん!」


 真琴がぎゅーっと抱きしめながら、俺にキスをする。


「好き♡ 好き♡ お兄さん好き♡ だいすきっ♡ 好き~~~~~~~~♡」


「はいはい、俺も大好きだよ真琴」


 ひとしきり抱きついたあと、真琴が降りる。

「それじゃ、お兄さん。遠征いってきます!」


「おうよ。真琴。俺も社員旅行いってきます」


 俺たちは笑って、ハイタッチする。


「「じゃ、また明日!」」


    ★


 薮原やぶはら達がマンションの前からでて、抱きついて、キスをしている現場を……。


 見ている女が、【二人】いた。


「…………」


 一人は、真琴の同級生……贄川にえかわ 五和いつわ


 ちょうど薮原やぶはらと真琴がマンションから一緒に出て、抱きついてる姿をばっちりと見てしまった。


「……うそ。せん、ぱい?」


 もう一人は、薮原やぶはらの後輩……安茂里あもり ひな。



 ひなは以前も、公園で、薮原やぶはらが誰かと一緒に居たのを目撃していたことがあった。


 あのときは、見間違えだと、自分のなかでそうごまかした。


 だが……今度は、はっきり見てしまった。


 彼が、かわいらしい女の子を連れて、一緒にマンションからできたところを。


「「…………」」


 五和もひなも、薮原やぶはらに片思いをしている。


 五和は、薮原やぶはらと真琴が付き合ってることは知っている。


 だが、同棲までしているとは、知らなかった。


 ひなは付き合ってることも、同棲していることも、知らなかった。


 ……それぞれ波乱の、外泊が始まろうとしていた。

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