45話 帰宅


 俺と真琴は、昼飯を食った後、俺たちは帰ることになった。


 実家の前にて。


「まこちゃ~~~~~~ん。体には気をつけるんだよぉ!」


 俺のお袋が、真琴をぎゅーっと抱きしめる。

 真琴はうれしそうに目を細めて、お袋を抱き帰す。


「うん! お義母さんも元気でね!」

「おうさ! 今度はこっちから遊びに行くから!」


「わぁ! ほんとっ? じゃあそのときはぼくが東京を案内してあげるよー!」


「良い子! ウルトラ良い子ぉ!」


 お袋達がわいわいやっている一方。


貴樹たかき


 親父が俺に近づいてくる。


「これ、少ないけどもってきなさい」


 親父がポケットから、茶封筒を取り出して、俺に渡す。


 俺は受け取って中身を見ると、万札が何枚も入ってた。


「いや、いいって。もらえないよ」


「いいから、もらっておきなさい」


「でも……俺、もう社会人だし」


 すると親父微笑んで首を振る。


貴樹たかき、自立したからと言っても、君はずっと私達の息子なんだ。少しは、甘えさせてください。手がかからないとそれはそれで、さみしいものですよ」


 社会人になってわかったことがある。

 それは、金を稼ぐのが、めちゃくちゃ大変だったと言うこと。


 親父が俺にくれていたお小遣いは、親が汗水垂らして稼いだ金。


 俺はそれを、もう知っている。

 だからもらえない……と思ったんだけど。


 それはそれで、親の厚意をむげにすることになるみたいだ。


「わかった。ありがたくもらうよ。これで真琴に美味いもん食わせてくる」


「是非、そうしてください。貴樹たかき、元気で」


「ああ、親父もな」


 俺は自分の車の運転席に座る。


 真琴が助手席に座る。


「それじゃまこちゃん……! ばいばい!」


「うんっ、ばいばーい!」


 真琴が窓から顔を出して、お袋に手を振る。

 俺は車を発進させた。


「タカぁ……! 事故るんじゃんないわよぉ! まこちゃん怪我させたら、化けてでるんだからねぇ!」


 俺はクラクションを鳴らして答える。


 あれは、お袋なりに、俺の体を気遣ってくれてるって知っている。


 だから、不公平だともなんとも思わない。


 あの人は、自分の子供【達】を、平等に愛してくれてるから。


「また、来ようねお兄さん!」


 俺の隣で真琴が笑顔を向ける。


 本当に楽しかったのだろうことは、ちらっと見ただけで伝わってきた。


「おうよ。次はお盆だな」


薮原やぶはら真琴になってるかなぁ、その頃には」


「調子のんな」


「えへー♡」


 俺は車を走らせ、田舎町のたんぼ道を進んでいく。


 正面と左右、そして背後には山。

 俺の故郷は山でかこまれている。


 故郷を出る前には、見慣れたこの風景。


 でも今は、とても懐かしく感じる。


 安心する、といってもいい。


「都会も便利だけど、やっぱり……ぼくここが好きだなぁ。ぱぱも、ままも……お義父さんも、お義母さんもいるからさ!」


「そっか」


「でもねっ」


 真琴が弾んだ声音で言う。


「お兄さんの隣が、いっちばん好き!」


 田舎への郷愁、というものがあるのだろう。

 真琴は俺の家族にもとてもなついてるし、自分の父親との関係も良好だ。


 本当ならホームシックになっても良いだろうし、都会に帰るのも……嫌がるかと思ってていた。


 真琴はこの土地を、ここに居る家族【達】を愛してるから。


 でも……それでも、真琴は俺の隣にいてくれる。


 何よりも、誰よりも……優先してくれる。


「愛してるぜ、真琴」


 自然と口をついた言葉だった。


 運転中だから、俺は彼女の顔が見れない。


 それでも……。


「残念! ぼくのほうが、何万、何億、何兆倍も! だいだいだぁいすきだからねっ!」


    ★


 その後、俺たちは帰路についた。


 道中温泉につかって疲れを癒やし、高速道路に乗って、東京へと帰ってきた。


「すぅ……すぅ……んぅ……」


 俺の隣では真琴が寝ている。


 東京に着くまで、ずっと話し相手になってくれていた。


 俺が寝ないようにってさ。


 でも高速道路を降りて、東京に入ると、ささすがに眠気がピークに着ていたのだろう。

 

 俺の隣で、安らかな寝息を立てている。


「…………」


 長野と東京の往復は、結構疲れるし、4時間くらいかかる。


 でも……こいつがいれば、あっという間だ。


 真琴。

 俺の、可愛い……恋人。


「恋人……か」


 旅行を通して、改めて思った。

 真琴がいれば、何をしても楽しい。


 ただ田舎道を二人で歩いてるときだって、特別な感じがした。


 楽しい時間が、普段以上に、キラキラ輝いてるように見えた。


 もう……一人だった頃も、かすみと一緒だった頃も、思い出せない。


 俺の中にはもう、真琴と過ごした日々の記憶と時間、そして……幸せな気持ちであふれているから。


 俺の隣に真琴がいるのは、俺にとってもう日常の一部になっているから。


「…………」


 真琴が隣居てくれなきゃ、嫌だ。

 ずっと、これからも……一生。


 俺は、この旅行を通して、確信した。


 俺の助手席に座っているのは、真琴じゃないと……駄目なんだって。


「んぅ~……はっ! ぼ、ぼく寝てたっ?」


 信号待ちしていると、真琴が慌てて目を覚ます。


 申し訳なさそうに、俺を見上げてきた。

 俺が運転してるのに、寝てしまって……と思ってるんだろう。


 ったく、ばかだなぁ。


 そんなこと、今更気にするような関係じゃ、ないってのにさ。


 だから俺はからかってやることにした。


「おう、よだれ垂らして、だらしない顔でぐーすか寝てたぜ」


 真琴が目を丸くする。

 すぐに、俺の気持ちに……察してくれた。


 つまり、もうそんなの気にしなくて良いんだって、遠慮なんて、しなくていいんだって。

「んも~。お兄さんのいじわるぅ。だめだよー? 女子の寝顔を無遠慮に見ちゃ」


「すまねえ、あまりに美しくってな。女神かなって」


「ふっ……ばれてしまったか。そう! ぼくはお兄さんを幸せにするために、地上に降りてきた女神なのだー! あがめたてまつれ~!」


「ははー」


 真琴が晴れやかな、笑みを浮かべる。

 俺も笑って、彼女の頭をなでる。


「もうちょいだね」

「おう、もうちょっとだ」


 いつの間にか、近所の風景になってきていた。


「あーあー、旅行あっという間だったなぁ。もっと長くお兄さんと旅行したいよぉう」


「バスケがあるでしょ、おまえには」


 名門バスケ部の、真琴はレギュラーだ。


 遊んでいる暇なんてほとんど無い。

 この二日間の休みは、奇跡みたいなもんだ。

「うー……バスケかお兄さん、どっちも大好きだし、選べないよぉう……ううー……」


「ったく、何悩んでるんだよ。どっちも100%がんばりゃいい」


「そりゃ……そっか!」


 ほどなくして、俺たちは家に到着した。


 車から降りると、真琴が笑顔で言う。


「運転ありがとうっ! お疲れ様っ♡」


 彼女から、運転ごめんね、って出てこなかったのが地味にうれしかった。


 遠慮する仲じゃないんだって、向こうも思ってくれてるみたいでよ。


「おう」

「栄養つくご飯いっぱい作るからねー!」


 俺たちは駐車場から、マンションへと向かって歩く。


「いや、今日くらいは出前頼もうぜ。もう遅いしよ」


 もうあたりはすっかり暗くなっていた。

 この時間からメシ作るとなると、食べるのが結構遅くなるだろう。


「明日おまえ、バスケの試合だろ? うまいもん頼んでいっぱい寝て、明日に備えよ真琴上等兵」


 真琴は、ぱぁと明るい笑みを浮かべると、びしっ、と敬礼する。


「うむ! 感謝する、お兄さん大佐! えっへへ~♡」


 真琴が俺の腕に抱きついてくる。

 もうこうしてなきゃ、むしろ落ち着かなくなっていた。


 チョコやガムみたいな、嗜好品じゃない。


 酸素だ。真琴、おまえがなくなると、俺は生きていけない。


「真琴」


 俺が彼女を呼びかける。

 マンションの前で。


 彼女はすぐに察して、目を閉じて、顔を上げてくる。


 俺は彼女と、ごく自然にキスをする。


 とろけるように甘くて、やみつきになる……魔性の味だ。


「これは、何のキス?」


 真琴が顔を離し、いたずらっ子ぽく笑う。


「ただのキスだよ。意味なんて、いらないだろ? もう」


 真琴はふにゃりと表情をとろかせて、大きくなずく。


「うん!」


 俺たちは二人並んで、エレベーターに乗り……そして。


 俺たちの部屋のドアを開けて、言う。


「「ただいま」」


 俺と真琴は、顔を見合わせて、キスをし、笑って言う。


「「おかえり」」


 こうして、俺たちの里帰りを終えて、家に帰ってきたのだった。

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