44話 母と娘、ふたりで買い物



 薮原やぶはら 貴樹たかきは、真琴と一緒に、実家に帰ってきている。


 ゴールデンウィーク2日目。


 薮原やぶはら達はイオンへと来ている。

「タカ、アタシまこちゃんと買い物してくるからっ」


 貴樹の母……響子きょうこが、真琴を抱きしめて言う。


「まこちゃんに似合うお洋服、い~~~~~~~~~~~っぱい、買ってあげるからねっ!」


「わぁい! お義母さんありがとー!」


 きゃ~♡ と二人がはしゃぐ。


 薮原やぶはらは溜息をつく。


「おっけ。じゃあ1時間後に車んとこね」


「おっけー!」


 真琴が笑顔で薮原やぶはらに近づいて、ちゅっ♡ とキスをする。


「今のは何のキスなんだよ?」


「1時間も会えないから、さみしくないようのちゅー♡」


「なるほど」


 ちゅっ、と薮原やぶはらがキスを仕返す。


 ふたりが微笑んでいる姿を、響子は目を細めて見ていた。


「ほらほら、まこちゃん! おいで~。一緒にお買い物じゃい!」


「おー! じゃあねお兄さん、お義父さんっ!」


 ぶんぶん! 真琴がと子犬の尻尾のように、元気よく手を振る。


「おう」「ほっほ」


 薮原やぶはらは父とともに、きびすを返して去って行く。


 真琴は響子きょうこと二人きりになる。

「それじゃ、行きましょうか、まこちゃん」

「うんっ!」


 ふたりは店内を練り歩く。


 手をつないで、仲良く歩く姿は、姉妹に見えなくない。


 ただし真琴のほうが背が高いので、姉に見える。


「まこちゃん、ほらこの店! このワンピース! 似合うわ! 着て!」


 響子が興奮気味に、飾ってあったワンピースを指さす。


 真琴の手を引いて店の中に入り……。


 試着してみる。


「きゃ~~~~~~~~~♡ すてっきぃ~~~~~~~~~~~~~~♡」


 真っ白なワンピースに包まれた真琴を見て、響子が鼻血を出しながら叫ぶ。


「どうかな、お義母さんっ?」

 

 弾んだ声音で、真琴が尋ねる。


「似合う! ちょー似合うぅ! 写メ……写メしていい?」


「もっちろん! いっぱい撮って~!」


「おうけぇええい!」


 ぱしゃしゃしゃしゃ! と連射機能を駆使して、響子が真琴の姿を撮影しまくる。


「いいよーまこちゃん世界一かわいいよぉ!」


「えへへ~♡ そうかなぁ~♡」


「恥じらう姿もまたぐぅうううううっど!」


 ずさーっと、と響子が地面にスライディングして、下からのアングルを撮る。


「お、お尻が見えちゃうよぉ~♡」


「見せて! そのぷりっと美味しそうな桃のようなお尻を見せてぇええええええ!」


「んも~♡ しょうがないなぁ~♡」


 大興奮の薮原やぶはら母と、ノリノリの真琴。


「はい次! これ着て!」


 真琴は響子に言われて、次々とかわいらしい洋服を着ていく。


 響子は彼女に試着させ、大興奮で叫び、股別の服を……と。


 何枚も服を買った後(もちろん写真撮影も)、次の店へ。


「服の次は靴ね! あっちに可愛いサンダルあったわ!」


「ほんとっ。お義母さんいこいこ~!」


 二人が手をつないで、笑顔で店へと突撃する。


 そんなふうに、真琴は響子から、色んなものを買ってもらった。


 2時間後。


「いやぁ、堪能堪能っ♡ 余は満足なりっ!」


 響子たちはイオン内の、カフェへとやってきていた。


 アイスコーヒーを飲んでいる二人。

 椅子の近くには、大量の紙袋が置いてある。

「お義母さん……約束の時間1時間もオーバーしてるけど、いいの?」


「ああ、大丈夫大丈夫! 1時間くらいどってことないわよ!」


 集合時間になっても、響子は解放してくれなかった。


 真琴は遅れる旨をラインしておいた。

 そしたら『大丈夫、わかってるから』と薮原から返事が来ていた。

 

 響子が遅刻するのは、織り込み済みの様子だ。


「あーん、まこちゃんもう帰っちゃうのか~。しょっくぅ~」


 響子が深々と溜息をつく。

 それでも……彼女は。


 家に残れとは、言ってこなかった。


「ねえ……お義母さん?」

「ん? なぁにまこちゃん?」


「その……良かったの? ぼくが……私が。お兄さんと付き合って」


 響子は薮原やぶはらに、真琴が男だという偽情報を吹き込んでいた。


 それは真琴と息子とをくっつけないための策略だったらしい。


 無論響子が意地悪でやっているわけではないだろう。


 薮原やぶはら、その母と父が、優しくていい人なのは知っている。


 だからこそ……解せないのだ。


 息子と自分をくっつけないようにしたのが、響子が真琴を独占したかったからならば。


 なぜあっさりと、息子と付き合うことを許したのかと。


「そりゃ、まこちゃんが幸せそうだからよ」


 響子は真琴を見て微笑む。


「アタシ、まこちゃんが辛かったの、知ってるから。あたしがあなたを幸せにしてあげるんだって思ってたの。ずっとね」


 薮原やぶはらが大学へ行って、さみしいとき。


 真琴は薮原やぶはらの家に何度も遊びに行った。

 

 その都度相手してくれたのは、響子だ。

 この母が居なかったら、きっと辛くて泣き出していただろう。


「あなたが長野を出てタカのとこ行くって言ったとき、アタシさみしかったけど……うれしかったわ」


「うれしい?」


「ええ。ああまこちゃんは……この子は、自分の幸せは、自分でつかみ取ることができる子に、成長したんだって」


 親が幸せを与えるのではなく、子供が自ら未来を選ぶ。


 親元を、自分の意思で離れる。


 一人の女性となった真琴の成長に、育ての親である響子は感動していたのだ。


「まこちゃん。こっちおいで」


 響子が手招きをする。

 素直に真琴は従って、隣に座る。


 きゅっ、と抱きしめてくれた。


「ありがとう、まこちゃん。うちのタカを選んでくれて」


「お義母さん……」


 響子は真琴の綺麗な髪の毛をなでる。


「タカならあなたを、幸せにしてくれるわ。あの子は、真面目で、努力家で、一途な子だから。絶対まこちゃんを泣かせることはないわ。母親のアタシが保証する」


 だから……と響子が続ける。


「あなたはタカを、支えてあげて」


 真琴は、貴樹の母が、交際を認めてくれないと思っていた。


 響子の自分に対する溺愛っぷりはわかっていたから。


 でも、違った。誤解していた。


 この人は、真琴【だけ】を愛していたんじゃない。


 自分の息子を含めて、子供【達】を愛して、その幸せを……願っていたのだ。


「うん……うん! もちろんだよ……お義母さん!」


 真琴は決意のこもった顔で、はっきり言う。

「私……貴樹さんを、死ぬまで愛します。あの人と一生笑って過ごします!」


 その宣言を聞いて、響子は晴れやかな表情を浮かべる。


 ぎゅっ、と真琴を正面から抱きしめて、背中をなでる。


「ありがとう。幸せにね、アタシの愛しい娘」


 彼女の、真琴を大切にする気持ちが伝わってくるハグだった。


 真琴はその思いに答えるように、強く、強く……抱きしめる。


 二人目の、母に。育ての親に。


 思いの強さを、証明するかのように。


「タカは、幸せもんだ。世界一可愛くて、素敵な女性ひとから、愛されてるんだもの」


「えへへっ♡ お義母さんありがとっ♡」


 真琴が響子を抱きしめる。


 響子は優しく、自分の娘の頭をなでる。


「で、まこちゃん、結婚はいつ? いつアタシの本当の娘になってくれるんだい?」


「んー、私が16歳になるのが、5月の5日だから。その日に入籍したい!」


「うんうん、良いね! 最高だ!」


 ぐっ、と響子が親指を立てる。

 旦那の母は、結婚に大賛成のようだ。


「でもお兄さんへたれチキンだからなぁ」


「だーいじょうぶよ、おせおせぐいぐいって行けば! 大丈夫!」


「そっか……! うん! ぼく頑張る! お義母さんの、娘さんになるー!」


「そのいきだ! がんばれまこちゃん!」


 ひとしきり笑い合った後、響子は真琴と一緒にカフェを出て、薮原やぶはらたちの元へ向かう。


 もちろん、手をつないで。

 まるで、本当の家族のように、仲良く……。

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