42話 薮原の実家へ



 翌日、俺たちは温泉に行く……前に、俺の実家に顔を出すことになった。


「別に寄らなくて良いんだけどな」


「だめだよー。せっかく返ってきたんだから、あいさつしないと。お義母さんとお義父さん、会いたがってるよ」


「なるほど……じゃ、真琴の言うとおりにしますかな」


「うむ、そうするがよいっ♡」


 ということで、源太パパさんに別れの挨拶をした後、実家へと向かう。


 といっても、真琴と俺の家はすぐ近所だ。


「車で10分がすぐ近所なんだもんね」

「田舎基準だと近所なんだよな」


 俺は家の前に車を止める。

 家の作りは木造平屋。


 まあ田舎は土地が余ってるのでめったなこと無い限り、みんな1階建てだ。


「んじゃ行くか」

「うん! お義父さんとお義母さん、会うノ久しぶり~。たのしみだなぁ~」


 ……ん?

 さっきから、おとうさん、とおかあさん、の呼び方に変化してるような……。


 前から、親父とお袋のことを、【お父さん】【お母さん】って呼んでたけど……。


「ただいまー」

「おじゃましまーす!」


 玄関を開ける。

 すると……どっすんどっすん、と重い足音がする。


「ほっほ……お帰りなさい貴樹たかきくん」


 そこに居たのは……。


「安西先生ぇえええええええ!」


 真琴が目を輝かせると、彼に向かって飛びつく。


 白髪に眼鏡。

 でっぷりと太ったおなかに、下顎。


 うん、どう見てもバスケ漫画の顧問の先生だ。


「ほっほ、真琴君。ひさしぶりですね」


 親父がニコニコしながら(常に笑顔)、真琴の頭をなでる。


「お義父さん! あれやってあれ!」


 親父が玄関脇においてあったバスケットボールを、真琴に渡す。


「諦めたらそこで試合終了ですよ」


「安西せんせぇ……! バスケが、したいです!」


 ……二人の乗りについてけない、俺。


「親父、真琴に付き合ってやらなくていんだぞ毎回」


「ほっほ。まあまあ、いいではありませんか。私も楽しいですし」


 真琴はバスケをやっていて、あのバスケ漫画も大好きなのだ。


 うちの親父が安西先生そっくりなので、毎回このネタをやる。


「きゃ~~~~~♡ まこちゃ~~~~~~~~~~~~~~ん♡」


 廊下の奥から、お袋が近づいてくる。


 真琴より背が低い。

 140センチの安茂里あもりとどっこいどっこいくらい。


「お義母さ~~~~~~~~~ん! ただいまー!」


 真琴がお袋をハグする。

 お袋の方が背が小さいので、妹にワンチャン………………見えないですね。


「タカ。あんた失礼なこといってないかい?」


 きゅっ、とお袋が目尻をつり上げる。


 タカ、とは俺のあだ名だ。

 家ではそう呼ばれてる。


「思ってないない」

「まったく。ごめんねぇまこちゃん♡ うちのタカが迷惑かけてなぁい?」


 お袋が猫なで声で言う。


「うん! だいじょうぶ! お兄さん優しいもん!」


「きゃ~♡ この子ったらもうほんっと良い子! 大好き♡ ちゅっちゅ♡ まこちゃんちゅっちゅ♡」


 お袋が真琴を抱きしめてほっぺにちゅーしまくる。


「ぼくもお義母さん大好き~♡」


「あらあらまあまあ! まこちゃん、じゃあタカと別れてアタシとつきあっちゃう~?」


「それは……ノン! お兄さんと結婚するんで」


「のぉおおおおおおおおおおおお!」


 がくんっ、と袋が膝をつく。


「たぁ~かぁ~貴様ぁ!」


 お袋が俺をにらみつけて、胸ぐらをつかんでくる。


「アタシから可愛い可愛いまこちゃんを寝取りやがってぇ!」


「悪いなお袋。真琴は俺のだ」


「きぃ……! アタシのほうが好きだったのにぃ~!」


 俺たちの様子を、黙って、ニコニコしながら親父が見ている。


「ほっほ。みんな楽しそうで良いことです」


 ……とまあ、これが俺の親父とお袋だ。


    ★


 リビングに集まっている俺たち。


 ちゃぶ台を囲って、お茶を飲んでる。


「まこちゃん返ってくるから、大好物買ってといたよっ!」


「わぁ……! 竹風堂ちくふうどうの栗ようかんだぁ! ぼくこれだぁいすきっ!」


「ええ、ええ、そうでしょー! 知ってるわ。アタシマコちゃんの大好物ぜぇんぶ知ってるの! ……だから、まこちゃん、アタシと結婚しない?」


「しませんっ!」


「がーん……! しょんぼり……」


 このように、お袋は真琴を溺愛しているのだ。


 真琴は昔から俺んちに入り浸っている。

 彼女の境遇、そして性格も相まって、お袋は真琴が大好きなのだ。


「うう……タカにまこちゃんを取らせないために、タカをだまし続けてきた作戦が失敗しちゃった~……」


「え!? おいお袋! あんたの仕業だったのか!」


 俺は真琴が男……というか、弟だと思っていた。


 それは真琴の言動が男子っぽいところもあったんだけど……。


「あったりまえでしょ! 可愛い可愛いまこを、ドコの馬の骨とも思えない男に譲れるもんですか!」


「あんたが産んだ息子だよ! てなんで嘘吹き込むような真似したんだよ?」


「弟ってことにしたら、あんたからまこちゃん守れるって思ってね」


「こすい手を! あんたのせいで、大変だったんだからな!」


 真琴が男だと思ってたのは、お袋のせいだったらしい。


 そういえば、風呂入るときも、マコと俺とを別々に入らせてたし(お袋が入れていた)。


 やたらと真琴は男とかかっこいいとか、弟とか連呼していたな。


「犯人は貴様か!」

 

 びしっ、と俺はお袋に指さす。


「人に指さすんじゃないわよ」

「そうだよお兄さん、お行儀悪いよ」


 くっ……真琴に言われたら、何も言い返せない。


「親父もなんとか言ってくれよ。この人ずっと俺をだましてたんだぜ?」


 親父はニコニコしながら、お茶をすすって……。


「ほっほ」


 とだけ言う。


「とゆーか、お義父さんこっち帰ってたんだね。大学の教授やってるんでしょー?」


「ええ。京櫻けいおう大学で教授やってますね」


「けーおー大学ってすごいとこなんでしょー! お義父さんすごいなぁ!」


 親父は大学教授をやってる。


 大学は東京にあり、ここは長野。

 新幹線での通勤を毎日してる。


「ほっほ、私なんてまだまだ。教え子達が優秀ですがね。ああ、そうそう、これはお土産です」


 すっ……とテーブルの上に、親父が本を置く。


「なにこれ? まんが?」

「ライトノベルと言うそうです。教え子の書いてる本で、お土産にもらったんですよ」


「あーつまじっくおんらいん……なんか聞いたことある……!」


 俺は解説する。


「アーツマジックオンライン、通称AMO。今日本で2番目に有名なライトノベルだ。作者は白馬はくば 王子おうじ


「タカ、あんた詳しいのね。オタクなの?」


「てか、うちの出版社で出してる本だから」


 SRクリエイティブは、ライトノベルレーベルを持っている。


 AMOはうちのレーベルから出てる、大人気

作品だ。


 ついこの間も劇場版アニメが放映されて、大ヒットした。


「てか、親父。白馬先生と知り合いなの?」

「ほっほ、教え子ですよ」


「「まじか! すげえ!」」


 親父が有名人と知り合いだったなんて……。


「ん? こっちの本も、教え子の本なの?」

「ええ、そちらもですよ」


 AMOの下に敷いてあった本を、真琴が手に取る。


 首をかしげる。


「こっちはタイトルも作品名も、聞いたことないや。お兄さんみたことある?」


 俺も見たけど、知らない作品&作者名だった。


「いや、知らんな」


 まー今ラノベもラノベ作家もめっちゃいるからな。


 ウェブ小説が台頭してからは特に。


 だから全員を把握できてないけど……マジで聞いたことのない名前の作者だった。


「確かに、世間的には知名度がありませんが、とても良い作品なんですよ。私は彼の作品が大好きで、応援しています」


 親父はその無名な作者の本を手にとって、実にうれしそうに笑うのだった。

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