40話 旦那の過去、女子トーク



 薮原やぶはら 貴樹たかきは、高校の同級生たちと飲みに来ていた。


 居酒屋にて。


「にゃ~んぱすぅ~……」


 薮原やぶはらは机に突っ伏して、謎の単語を発していた。


「お、お兄さん……どうしたの?」

「酔い潰れちゃったんでしょうね~」


 真琴が目を丸くし、上松あげまつ せつが解説する。

「だらっしねーなー! 貴樹たかきくんはよぉ~! この程度で酔い潰れるなんてさぁ!」


 奈良井ならい 由佳子ゆかこの前には、からになった大ジョッキが、10本以上会った。


「あなたが強すぎるんですよ~。たーちゃんは普通。あなたに付き合って飲み過ぎちゃったんですから~」


「げははっ! この程度じゃあアタシをお持ち帰りできまへんでー!」


 大酒飲みの由佳子に無理矢理付き合わされた結果、薮原やぶはらはノックアウトしてしまったのである。


「だ、大丈夫お兄さん……? 気持ち悪くない……?」


 真琴が薮原の背中をさする。


「にゃーんぱすぅ~……」

「大丈夫なの、ねえ?」


「にゃん、ぱすぅ~……」

「わけわかんないよっ!」


 心配げな真琴を見て、雪が微笑みながら言う。


「大丈夫ですよ~。たーちゃん肝臓強いし、ちょっと寝てれば治るから。安静にさせてあげて~」


「そ、そう……よかった」


 ほっ、と真琴が心からの安堵の表情を浮かべる。


「愛されてんねえ、貴樹たかきはよぉ~。こーんな若くてぷりっぷりピチピチギャルに、溺愛されてさー」


 由佳子はうらやましそうに真琴を見やる。


 真琴は、若い。まだ高校生になったばかり。

 抜群のプロポーションに、旦那(予定)を気遣う器量もある。


「なーんで貴樹たかきなわけ? まこっちゃんほどの美少女なら、男なんてよりどりみどりっしょ?」


 由佳子の言うとおり、真琴は美人であり、とてもモテる。


 高校に入ってまだ一ヶ月弱だが……。

 告られた回数は、三桁に及ぶ。


 男女問わず、大人気で、学校一の美少女の名高い。


 それほどまでに、真琴は人気者。

 それでも……。


「ううん。ぼくは……お兄さん一筋だから」


 真琴は毅然と言い放つ。


「お兄さん以外のひとと、結ばれる気ないし」


「あらあら~♡ 愛されてるわね~たーちゃん♡」

「お似合いカップルじゃーん」


 ぱちぱち、と由佳子と雪が手をたたく。


「ぬへへ~♡ お似合いかな~?」


 褒められて照れる真琴に、由佳子が言う。


「何かに一途なとこ、貴樹たかきとそっくりだよ」


「へえー……」


 じっ、と真琴は酔い潰れてる貴樹と、そして高校の同級生たちをみやる。


「ねえ、お兄さんって……高校の時ってどうだったの?」


 16~18歳の貴樹のことは、知ってる。

 だがあくまでも家での、内輪での話。


 真琴が聞きたいのは、高校ではどうだったのかということ。


 特に、部活でのことは気になった。


「くそ真面目」


 と由佳子。


「頑張り屋さんね~」


 と雪。

 真面目で努力家ということがわかった。


「こいつさ~。もうすっごい努力すんのよ。朝練サボったことないの、部活内じゃ貴樹くらい?」


「そうね~。サボり魔の由佳子ちゃんとは違って、毎日練習にちゃーんと参加してたわ~」


「へー……」


 雪は部活の顧問を務めていたらしい。


 その当時から雪のしごきは恐ろしく、脱落者も多かったという。


「まー、反面、めっちゃ強かったけどねうちの部活。全国大会まででたし。指導者がいいから」


「愛の鞭よ~♡」


 雪はかつて、剣道の全国大会で優勝した経験があるらしい。


 それゆえに起用されたそうだ。


「練習めちゃきつくてさ~。朝なんかも4時だよ4時!」


「冬の朝ってまっくらでめちゃ寒いなか、たーちゃん剣道場に誰よりも早く来て、素振りしてたわね~。えらいわ~」


 ずっとずっと、剣を握って、降っていたらしい。


 思ったよりも、剣道に打ち込んでいた過去があったみたいだ。


「でも大学でやめちゃったんだよね、すっぱりと」


「そんな、もったいない!」


「最初から剣道は高校までって、目標決めてたからね~。この子は」


 目標を設定し、そこへ向かって一途に、邁進していたらしい。


「こいつの同級生たちさ、結構薮原に嫉妬しててよ~。悪く言うやつも多いのよ」


「どういうこと?」


 由佳子が溜息をつく。


「剣道じゃ全国大会出場。大学は長野唯一の国立大にストレートで入って。SRクリエイティブっつーでかい会社に入って、婚約者までゲットしてさ。まあ婚約破棄されちゃったけど」


「あー……あの裏切りババアにか」


 真琴にとっての、天敵、かすみ。


 薮原はかすみのために、故郷を捨て、東京へ出て行って……。


 そして、浮気された。


「貴樹は知らないけどね、同級生のやつら、結構、ひっでーこといっのよ。ざまぁみろってさ」


「おろかね~……他人の不幸を、喜ぶなんて」


 端から見れば、薮原は今まで何不自由ない人生を謳歌し、成功のロードを突き進んできたと見えていたのだろう。


 だが、それは違う。


「あたしからすりゃ、貴樹は何の努力もなく成功したんじゃねえよ。一途に、頑張って、頑張って、それが報われて今があるだけなのにさ」


「由佳子ちゃん、たーちゃん悪く言ってた同級生と、取っ組み合いのケンカしてたわね~。結構前の飲み会のときに」


「ちょ、雪さん……内緒だってそれ。まこっちゃんも内密にね、しーね」


 由佳子は、違うみたいだ。

 薮原を馬鹿にしてきた同級生達とは。


「まーなにはともあれ、だ。こいつは一途で、頑張り屋だからさ。まこっちゃんとお似合いだよ。つーか……うん、あたしはあんたと結ばれる方が、良いと思うね」


「わたしもよ~。素敵なお嫁さんもらって、たーちゃん幸せものね~」


 貴樹をよく知る同級生とOGから、お似合いのお墨付きをもらえた。


 真琴は……うれしかった。


「まこっちゃん、貴樹をよろしくね」


 由佳子が、真面目な顔で言う。

 真琴の答えは決まっている。


「もちろんっ!」


     ★


 ほどなくして、飲み会はお開きになった。


 薮原は完全に酔い潰れてる。


 真琴が肩を貸してあげた。


 店から出ると、由佳子の旦那が迎えに来ていた。


「ダーリーン!」

「ゆかりーん!」


 ターミネーターのごとくごつい男が、由佳子と熱い抱擁を交わす。


「まこっちゃん! この人があたしのダーリン! 贄川にえかわ 三郎ちゃんでぇす!」


「どうも! 贄川にえかわ 三郎ちゃんでぇす!」


「「いぇーい!」」


 二人がそろって、ダブルピースをする。

 テンションたかいな……と真琴は圧倒される。


「そんじゃ、おれみんな送ってけばいい?」


 と旦那が言う。


「え!? そんな……悪いですよ! 私たちはぱぱ呼びますし……」


「遠慮しなさんなって! それに今からここへ来るんじゃ、じゃ結構かかるっしょー? ならおれが送ってくって!」


 笑顔で、由佳子の旦那が言う。


 路肩には大きめの車が泊まっていた。


「いいの?」

「もっちろん! ささ、乗った乗った」


 由佳子の旦那に言われて、真琴と薮原は車に乗る。


せつさんもほら」


「ううん~。大丈夫よ~。ほら、あそこ~」


 駅前に車が泊まっていた。

 窓から手を出して、白髪交じりの眼鏡の男が、手を振っている。


 ぱぁ! と雪が笑顔になる。


「旦那さん迎え来てるんだ。雪さんらぶいねー」


「ええ、ええ! 自慢の旦那様ですもの~♡ きゃ~♡ 好き~♡ もう好き好き~♡ これ以上好きでいっぱいにされちゃったら、幸せでしんじゃうわ~♡ ね、ね、素敵でしょ~♡」


 くねくね、と雪は体をくねらせてのろける。

「はいはい、ほいじゃ、またね雪さん」


「ええ、また~♡」


 雪は旦那の元へ行く。

 助手席に座ると、車が出発した。


「んじゃ、おれらもいきますか」

「おうよ~。まかせたぜダーリン♡」

「おうさ~。まかされよゆかりーん」


 由佳子の旦那が運転席に座る。


 がたいがいいので、少し窮屈そうだ。


 車が発進して、真琴の家へと向かう。


 薮原とは同級生なので、由佳子は彼の家がわかっている。


「ん……んぅ……ま、こと……」

「お兄さん? 起きた?」


 薮原が目を覚ます。


「あれ? ここは……飲み会は……?」

「もうお開きだよ」


「ま……じか……。かえり……車……ごめん……」


 薮原がまだ酔ってるのか、何事かをつぶやく。


 たぶん、酒に酔ってしまったので、車で送れなくてごめん、と真琴に謝ってるのだろう。


「ううん、いーよ。寝てて」


 真琴の膝の上で、薮原が寝息を立てる。


 目を細めて、愛しい旦那の頬をなでる。


 ちら、と由佳子はバックミラーでその様子を見ている。


「旦那を膝枕する、良いお嫁さんの図にしか見えないなぁー……よかったね、貴樹。オシアワセに」


 由佳子は、心からの安堵の吐息とともに、微笑んで、そう言ったのだった。 

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