39話 同級生達との飲み会 with 俺の嫁



 俺は実家のある長野に、真琴と帰ってきている。


 ゴールデンウィークの夜。

 駅前の居酒屋へとやってきた。


 ……しかし驚くなかれ。

 この駅前というのは、最寄りの駅前ではない。


 この県、唯一新幹線が通っている駅の、駅前、ということ。


 真琴と俺の実家がある長野の北部には、夜遅くまでやってるような居酒屋はない。


 なので飲むときには、ここまで出てくるのだ。


 真琴のお父さんに駅前まで送ってもらう。

 バス乗り場を通り抜けて、道路を横切る。


 コンビニ近くの建物に入り、地下へと続く階段を降りる。


 そこにある居酒屋が、待ち合わせ場所だ。


貴樹たかき~! こっちこっち~!」


 居酒屋へ入ると、ひときわでっけえ声で名前を呼ばれる。


 奥の座敷に、ショートボブの、快活そうな印象を受ける女がいた。


「おっす、奈良井ならい


 この子は奈良井ならい 由佳子ゆかこ


 高校3年間の同級生であり、同じ剣道部に所属していた。


 まあ友達。


「がははー! 残念ながらもう奈良井ならいじゃあないんだなぁ! 今は贄川にえかわってんだ!」


「ふーん……ん? 贄川にえかわ……?」


 なんだか珍しい名字だし、聞き覚えがあるような……。


 というか、真琴の友達の五和いつわちゃんの名字が贄川にえかわだったけど……まさかね。


「あらあら、久しぶりねぇ、たーちゃん」


 奈良井の前に座っている、黒髪の美女。


「お久しぶりです、せつさん」


 ふわふわとした髪質の黒髪。

 千冬ちふゆさんと同じくらいの、でっかいおっぱい。


 目は細くおっとりしてる、美女だ。


 ちなみに歳はぴーぴー歳。


 言ったら殺される……。


「あら? 後ろの可愛い子は、誰かしら~?」


「え? 後ろ……?」


 振り返るとそこには……。


「どうも! 薮原やぶはら 真琴です!」


「真琴ぉ!?」 


 なんで!? 真琴なんで!?


「おま……! なんでついてきてるんだよ! てかどうやって!」


「後部座席に丸まって隠れてたのじゃ! 浮気調査だべー!」


 真琴が雪さんの前に座る。


「ぶはっ! 薮原やぶはらって……おいおい貴樹たかきぃ! あんたこーんなわっかい女と結婚したの!? やーいロリコーン」


 酒が入ってるからか、奈良井が上機嫌だ。


「結婚してねえよ。こいつは岡谷おかや 真琴。幼なじみ」


「なんでぇ、つまらんのぅ~」

 

 奈良井が大ジョッキのビールをガバガバと飲む。

 

 ウワバミなんだよなこいつ……。


「すみません、雪さん。ほら、真琴帰るぞ」

「いやですー! お兄さんが浮気しないか、見張ってるんですー!」


 ぷいっ、と真琴がそっぽを向く。

 変なとこで頑固だなぁ。


「あらあら、いいじゃあないの~♡ 一緒に楽しくお食事しましょ~♡」


「そーだそーだー! 聞かせろぉ! 貴樹たかきとどこまでやったのかよぉ!」


 奈良井が俺をいじる気だ。


 ああくそ、めんどくさいことになりそう……。


 まあ、成り行きではあるが、真琴も含めて飲み会に参加することになった。


    ★


「そいじゃ、ま、自己紹介からいこっかい」


 席順は俺と真琴が横並び、正面に奈良井と雪さんが座ってる。


「あたしは奈良井ならい 由佳子ゆかこ! 貴樹たかきとは高校の同級生で、三年間ずっと同じクラスの同じ部活でした~!」


 同じって言うか、クラスが学年で一つだけだったからな。


「部活? お兄さん何の部活なの?」

「剣道部だよ」


「ふぇー……剣道。真空ぶった切りとかできるの?」

「できるわけねえだろ」


「きゃははっ! おもっしろい女だねぇまこっちゃんはぁ!」


 ぐびぐびのんで、ゲラゲラ笑う奈良井。


「すまん、こいつ酒が入るとテンションが妙に高くなるんだ」


「ちなみに結婚してまーす! ダーリンはちょーイケメンのスーパーマンなの~? 見る、見る? つーか、見ろ!」


 スマホを取り出すと、そこに写っていたのは……。


「た、ターミネーター……?」


 ドコの洋画から出てきた人ですかってくらい、がたいの良い男がうつっていた。


 ふたりでネズミのカチューシャをつけて、そろってピースしている。


 デスティニーランドでもいったのだろう。


「この人どっかで見たことあるんだが……」


 しかもつい最近……。


「ダーリンね~♡ もうすっごいかっこいいでしょ~? 筋肉とかやばいのよ~! 肩にメロン入ってるみたいなの? みるみる?」


「すまんこいつ、筋肉フェチなんだ……」


 真琴が奈良井のテンションについてけてないようだ。


「筋肉フェチ?」

「顔より筋肉で男選ぶようなやつなんだよ」


 真琴が目を丸くする。ですよね。


貴樹たかきは顔はまーまーいいんだけど、筋肉がタイプじゃねえんだわ! すまんな!」


「はいはい、すんませんでしたね。好きな筋肉はなんだっけ?」


「承太郎かケンシロー! 戸愚呂弟でも可!」


「全部漫画のキャラじゃねえか」


 奈良井がにへら~っと笑う。


「だからまるで漫画から出てきたような筋肉してるダーリンがちょーすきなんですぅ~♡」


 奈良井からの返答を聞いて、真琴がホッ……と安堵の吐息をつく。


「よかった、お兄さんこんな美人と仲いいから、心配してたけど、あうとおぶ眼中っぽくて」


「おい」


 悪かったな、筋肉無し男で。


「趣味はボルダリングで、休日はダーリンと一緒に上ってます~。っと、そんな感じかにゃ~」


 奈良井が自己紹介を終える。


 一方で……。


「じゃあわたしの番かしら~?」


 隣で飲んでいた黒髪の美女……雪さんが手を上げる。


「初めまして~。上松あげまつ せつです~♡ この子達の先輩……OGってやつです~」


「おーじー?」


「卒業生だな。雪さんは俺たちの部活の顧問やっててくれたんだよ。剣道教えてくれる先生がいなかったからさ」


 雪さんはずっとニコニコしてる。


「わかった、お兄さんの高校時代の狙いはこっちか。ぼくというものがありながらっ」


 また真琴が嫉妬し出す。


「ちげーよ。この人も結婚してるし、子供まで居るよ。ふたりも」


「えー!? こ、子供いるのぉ~!?」


 真琴が驚くのも無理ない。

 雪さんは、マジで美人だ。


 年齢を聞かれて毎回驚く。

 そして高校生の子供が二人居るって知ると、仰天する。


「高三の男の子と高二の女の子、でしたっけ?」


「ですです~♡ かわいいのよ~♡」


 会ったことないが溺愛してるのは知っている。


「お兄さんこんな若くておっぱいおっきくて素敵なOGがいて、よく青い欲望を暴走させなかったね」


「あら~♡ お上手~♡」

「いや無理だよ……だってこの人……」


 雪さんのファンは結構多い。

 だが、告る男子は誰も居なかった。

 それは……。


「ねーねー聞いて聞いて~♡ うちの旦那がね~♡ 素敵なの~♡」


「「始まった……」」


 俺も奈良井も、げんなりと肩を落とす。


「こないだね~♡ 結婚記念日があって~♡ 当日まであの人ったらだまってて、あれ、何もないのかな~って思わせておいてね~♡ 実は超高級ホテルの部屋とレストラン予約してたの~♡ も~~~~~~~~~~~~~~~とぉっても素敵よね~~~~~~~~~~~~~~~~~♡」


 締まりの無い顔で、でれでれしながら、雪さんが言う。


「でたよ雪さんの旦那自慢……」

「長いわよこれ。はいまこっちゃん、飲み物頼みな」


 奈良井がメニュー表を真琴に渡す。


「え、いいの? 聞いてあげなくて?」

「いーのいーの、この人旦那を自慢したいだけだから」


「そ、そうなんだ……」


 俺たちが会話している一方で、ずぅ~っと雪さんは、旦那さんとのエピソードトークを繰り広げている。


「それでね~♡ あの人ってばバラの花束をプレゼントしてくれたの~♡ きゃ~♡ もう白馬の王子様みたい~♡ しかもよ、青いバラなの! ひゃ~♡ もう、素敵すぎて昇天しちゃうところだったわ~♡ 思い出すだけできゅんきゅんしちゃうの~♡ も~♡ 世界一かっこいいのっ! お仕事でもね、すごいのよ~あのひと!」


 奈良井と俺は勝手におつまみを頼む。


 真琴は申し訳なのか、雪さんの旦那自慢に付き合ってあげてる。


「シンデレラのね、魔法の鏡があったら。わたしこう質問するの~。鏡よ鏡、世界で一番かっこよくって素敵な男性はだれ~? って。うちの旦那~って答えがくるわきゃー! もうっ、好き好き好き~~~~~~~~~~~~~~~♡」


 すると真琴が、むっ、と頬を膨らませる。


「ちょっとまったー!」


 きゅっ、と真琴が目尻をつりあげる。


「あら~? なぁに?」

「世界一かっこよくって素敵な男性? お兄さん以外にいないよー!」


 真琴が対抗しだした!

 ああめんどいことになるぞ……。


「あら~……それは聞き捨てならないわね……」


 すっ、と雪さんが、目を開く。

 背筋が凍るほどの、恐ろしい雰囲気を出す。


 背後に般若が見える。


「でた、鬼雪おにゆき


 と、俺。


「練習の時と、旦那の自慢話に水を差されたときに出る、雪さんの第二形態だ。くわばらくわばら」


 奈良井は注文していたおつまみが到着し、ひとりでばりばり、と浅漬けキュウリを食べる。


「申し訳ないけど、うちの庄司さんが世界一かっこいいわよ~」


「へーんだ! うちのお兄さんが銀河一かっこいいもーん!」


 張り合う二人の横で、俺と奈良井は飲む。


「で、まこっちゃんと付き合ってるのあんた?」


「おう。同居もしてる」


「はやっ! まー、良かったじゃん。あんた前の女に手ひどく振られたって聞いたしさ」


 さすが田舎、情報が出回るのが早い。


「今度の女は、いい子っぽそうだね。あんたのこと大好きっぽいし。あんたを取られないか心配でついてきたって、健気でいいじゃん」


「まあな」


 なんだかんだいって、真琴がついてきてくれたのが、うれしかった。


「奈良井ちゃんを逃したこと後悔してないか心配だった訳よ~。ごめんな~。あんたの筋肉じゃボッキしないのよ」


「うるせえ。おまえチ●コついてねえだろ」


「きゃー、貴樹たかきくんセクハラ~」


 久しぶりの悪友との会話に、俺は安心を覚えていたのだった。

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