38話 真琴の実家へ



 ゴールデンウィーク初日。

 夕方、俺は真琴の実家へと、たどり着いた。


「よし、到着~」


 俺たちは真琴の家の納屋に車を止めて、降りる。


「お兄さん、運転お疲れ様でした♡」


 助手席に座っていた黒髪の美少女、真琴が笑顔で、労をねぎらってくれる。


「真琴の笑顔見てたら、疲れなんて吹っ飛んだぜ」

「えへへ~♡ じゃあじゃあ、もっともっと笑顔みせまーす♡ ぴすぴーす♡」


 両手でピース作って真琴が笑う。


 ちゅっ……♡


 俺は気づけば、真琴と口づけをしていた。


「んも~♡ お兄さんってば不意打ち~♡」

「いやすまん、キスを制限されていたのでな。我慢できなくて」


「しょうがないな~♡ もっといいよ~♡」


 ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ♡


「えへへ~♡」


 と、そのときだった。


「真琴……おかえり」


 玄関からやってきたのは、真琴のお父さんだ。


 眼鏡をかけて、優しそうな顔をしてる。


「ぱぱー!」


 真琴は父親に向かって走って行き、そのままジャンプ。


 コアラみたいに抱きつく。


「ぱぱ! ただいまー!」

「おかえり……あいたたたっ、腰が……腰が……」


 真琴のお父さんがその場にへたり込む。


「ぱぱ、大丈夫? 腰?」

「ああ……歳にはかなわんな。あいたたた……」


 真琴がひょいっ、と父親から降りる。


「お久しぶりです、源太さん」


 真琴父……【岡谷おかや 源太】さんに、俺は頭を下げる。


「うん、久しぶり、貴樹たかきくん。元気そうで何より」


 ぺこっ、と俺たちは頭を下げ合う。


「真琴がいつも迷惑かけてるだろう?」

「そんなことないよぅ、ねー♡」


「ああ。最高に良妻してくれてますよ、真琴は」

「えへへ~♡ ほらぁ~♡ 聞いたぱぱ、良妻だって~♡」


 だらしのない笑みを浮かべる真琴。

 父親は目を細めて、娘の頭をなでる。


「上手くやれてるようで何よりだよ」


 源太さんには、俺たちが付き合ってることは伝えてあるのだ。


「じゃー、中に入ろうー!」

「だな。【あゆみさん】にも挨拶しないとだし」


 俺は源太さんと一緒に家の中に入る。


 木造の平屋。結構でかい。


「おかーさーんはこっちー!」


 真琴がステテテテッと駆けていく。

 俺と源太さんはその後をゆっくりついていく。


「まったく元気が有り余ってるなぁ。君には苦労させてしまってすまないね」


「まさか。苦労なんてとんでもないですよ。いつも真琴のあの明るさには、元気もらってますんで」


「ははっ、それは良かった。あゆみも喜んでるよ、君みたいないい人が真琴をもらってくれてね」


 源太さんは、俺が真琴と付き合うことにかなり好意的な反応を示していた。


 思えば最初、同居するとなったときも、結構あっさりOKしてくれたしな。


 ほどなくして、俺たちは和室へと到着。


 仏壇の前に、真琴が正座して、お線香を上げていた。


「まま、ただいまー! 旦那さん連れてきたよーぅ♡」


 真琴が座るその前には、仏壇と、そして写真立てがある。


 真琴をショートカットにしたような美人が、写っている。


 岡谷おかや あゆみさん。

 真琴のお母さんで……すでに他界している。

「ままにはいーっぱいいーっぱい、報告しなきゃなことあるんだー! 紹介するね、かもーん、まいハズバンド~!」


 旦那おれのことらしい。


「はいはい、ご紹介にあがった、真琴さんの旦那さんですよっと」


 俺は真琴の隣に正座して、お線香を上げる。

「随分と、おひさしぶりですね、あゆみさん」


 真琴の家と俺の家は近所だ。

 結構交流があった。


 あゆみさんが死ぬ前は、何度も彼女にはお世話になった。


「ままほら、ぼくのお婿さん! かっこいーでしょー! え、あげないよ! あげませんっ! ぼくの愛するだーりんだもーん!」


 真琴が嬉々として、母親に近況を報告する。

 俺はその様子を隣で、源太さんは後ろで見ていた。


 母親との思い出はほとんどないはず。

 それでも真琴は、母親のことが大好きらしい。


 楽しそうに、最近会ったことを長い時間かけて報告していた。


「でねでねっ、初えっちもすませました! もちろん相手はお兄さん!」


「おい」


 後ろでお父さん聞いてるぞ!?


「はっはっは、若いっていいねー」

「あ、そこオッケーなんすか……」


 源太さんは笑顔のままだった。

 反対されるか激怒されるかと思ってたが……。


「君なら娘を大事にしてくれるって信用してるからね」


「あ、ありがとうございます……」


 嫁の父から凄い信頼されてるな俺……。

 これなら結婚の時にもめなさそうだ。


「ぼく赤ちゃんほしーっていつも頼んでるのに、お兄さんってば毎回律儀にゴムつけてさー。中に出しても良いのにね」


「「それは駄目」」


 俺と源太さんがそろってツッコミを入れる。

「ままも早く孫が見たいーって言ってるよ!」


「勝手にアテレコすんな」


 真琴の頭に軽くチョップを入れる。


「じゃーいつ孫の顔を見せてあげられるのさー」

「まあ……3年後?」


 にまーっ、と真琴が楽しそうに笑う。


「そっかそっか、お兄さんのなかでは、もう私と結婚して、子供まで作るの、確定してるんだ~」


 からかいたいらしいな、こいつ。

 はっ、甘いぜ。


「おうよ。もう真琴は俺の嫁だからな。おまえそっくりの可愛い赤ちゃん作って、幸せにすることは確定してるんだよ」


「みゃ゛……! そ、そんな……ままの前で、は、恥ずかしいよぉう~♡」


 相変わらず防御力はゼロの嫁をからかう。


 その様子を、源太さんは目を細めて、静かに見ていた。


    ★


 夜遅くなったので、俺たちは夕飯をごちそうになることになった。


 リビングには、俺と真琴、源太さんの3人。


「これからどうするんだい?」

「俺は実家で一泊しようかなって思ったんですけど……」


 隣に座る真琴が、笑顔で首を振る。


「ノー♡」

「ってことなんで、泊まって良いですか?」


「もちろん、大歓迎さ。部屋は余ってるからね。光彦みつひこくんが来るから掃除もしてるし」


「光彦?」

「ぼくのおじさん。パパのお兄さんの息子さん」


 ふーん……そんな人居ただろうか……。

 あんまり交流無いな。


「兄貴は農協の人と飲み会いってて今日は居ないんだ。光彦くんは明後日ここに来るっていうから」


「あー、じゃあぼくらとは入れ違いだね。久しぶりだから会いたかった~」


 俺たちは一泊して、明日は温泉へと向かうからな。


「そういえばおじさんって結婚するの? したの?」


「今度結婚するって言ってたよ真琴。奥さん連れてくるって言ってた」


「おー、気になる~」


 岡谷おかや親子が会話を繰り広げていた、そのときだ。


 PRRRRRRRRRRRRRRRR♪


「電話だ」


 画面には【奈良井ならい 由佳子ゆかこ】の文字が。


「ならい? だれ? お兄さんの新しい女かっ?」


 きゅっ、と真琴が目尻をつり上げる。


「俺の同級生、友達だよ」

「ならよし!」


 俺は廊下に出て、通話ボタンを押す。


「おう、奈良井。どうした?」

貴樹たかきおひさー。こっち帰ってるんだって?』


「ああ」


『あたしもダーリンと一緒に長野に帰ってきてるんだけどさ。どう、一緒に飲まない? 久しぶりに』


 奈良井は確か結婚したんだったな、この間。


 式に呼ばれて参加したな。

 なんか、すっごいごつい人とと結婚していた。


 というか、結婚してるなら苗字は奈良井じゃないが、ついくせで、昔の呼び方してしまうな。


「いやぁ、奈良井ならいよ。人妻と二人で飲むのはちょっと」

『そーゆーと思って、上松あげまつ先輩も呼んであるのですわ』


「あれ? せつさんもこっち帰ってきてるの?」


『そー。剣道部飲みしよーよー』


 まあ二人きりじゃなきゃ真琴も許してくれるかな。


「わかった。いつ?」

『今から! てゆーかもう飲んでるから! 駅前ですぐ来ること! オーバー!』


 ぶつっ、と電話が切れる。

 身勝手なやつだなあいつは、まったく。


 俺は真琴達の元へと戻る。


「悪い、ちょっと出てきていいか?」


 きゅっ、と真琴の目尻がつり上がる。


「浮気かっ!」

「ちげーっつの」


 真琴の頭にちょん、とチョップを入れる。


「どこか行くのかい?」


 源太さんに俺は説明する。


「高校の剣道部の同級生とOGが、実家帰ってきてるらしいんです。今から飲まないかって」


「う~……浮気じゃー……」


 むすーっと真琴が頬を膨らませる。


「二人とも既婚者だから」

「なら、よしっ! 行って参りなさい!」


 ころっと許してくれた。


「駅まで僕が送るよ」

「え、そんな……いいですよ。タクシー使うんで」


 飲んで帰るので車を運転していくわけにはいかないしな。


「かまわないよ。いつも真琴が面倒かけてるからね。運転くらいするさ」


「ぼくは面倒なんてかけてないもーん」


 せっかくのご厚意をむげにするのは悪いしな。


「じゃ、お願いします」


 こうして俺は、高校の知人達と、久しぶりに飲みに行くことになったのだった。

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