2章 甘々な恋人生活

32話 バスケの応援、新しい女の子追加



 それは4月の終わり。

 俺は代々木にある、大きな体育館に来ていた。


「でっけえー……」


 駅前すぐにあるこの体育館、なんかすっごい見た目だ。


 最新鋭っていうか。


「真琴のやつ、こんなとこで試合するのか……」


 俺は昨晩のことを思い出す。


『関東大会?』

『そう、バスケのおっきい大会のひとつ。本戦が行われるんだ』


『ほう……』

『でねでねっ! ぼくレギュラーででるの!』


『まじか。1年生で?』

『そう! だから応援に来て欲しいな~』


 という次第。


「うーむ……会場に来たものの、どこで試合が行われるんだ……?」


 めちゃくちゃ広い体育館ってのものあるし、そもそも真琴の学校がどこで試合し、何試合目なのかも不明瞭だ。


 真琴に連絡したが返事が無い。

 多分試合に出る準備でもしているので、出ないのだろう。


「困ったな……」


 と、そのときだった。


「……あの、もしもし?」

「ん? ……ああ、君は」


 そこにいたのは、180センチを超える、線の細い女の子だった。


 ショートカットで、前髪が少し長く、片目を隠している。


「たしか、3月渋谷のスポーツショップで会った……えっと……五和いつわちゃんだ」


 五和ちゃんは小さく微笑むと、定例にお辞儀してくる。


「……はい。お久しぶりです、贄川にえかわ 五和いつわです」


「うん、久しぶり」


 ちょうど1ヶ月ぶりくらいか。


「……彼氏さんはマコの応援ですか?」


 この子は、俺と真琴がデートしているところを目撃している。


 だから、彼氏だと知っているのだ。

 まああのときはまだ付き合ってなかったけれど。


「そうそう。真琴、試合出るっていうから。でもどこで何試合目なのかも聞いて無くって」


「……あ、じゃあ案内しますよ。こっちです」


「お、いいの? 悪いね」


「……いえ。私も応援ですから」


 俺は五和いつわちゃんに連れられ、観客席のほうへと向かう。


「五和ちゃんは試合でないの?」


「……はい。私は補欠にすら入れなくて」


「へー……そんなに身長あるのにね」


 男の俺と同じか、少し大きい。

 女子としてはそうとう高身長の分類に入るのにな。


「……身長だけじゃレギュラー取れないですよー」


 ともすれば繊細な話題かと思ったのだが、五和ちゃんは特に気にしてない様子。


「……というより、入って1ヶ月で、うちの学校のレギュラー取れるマコが異常なんです」


 真琴や五和ちゃんが通っているのは、アルピコ学園といって、バスケの名門校らしい。


 確かに名門校にはほかに凄い強い人たちが集まっているだろう。


 そこに、入学仕立ての真琴がレギュラー入りしている。


 五和ちゃんが言うように、異常事態なんだな。


「てゆーか、真琴のことマコって呼んでるんだね」


「……ええ、もうすっかり仲良しです、私たち。クラスも一緒なので」


「部活もクラスも一緒なのか」


 そりゃ仲良くもなる。


 俺たちは2階の観客席までやってきた。


 見下ろす形で、バスケットコートがいくつも並んでいる。


 一番の奥のコートを見下ろす俺たち。


「……次の試合がうちの試合です」


「おお、マジか。ギリだっただな結構」


 前の試合の休憩時間となる。

 そこへ、真琴を含めたアルピコのメンツが、コートへと入ってきた。


「あれ? もう試合?」

「……いいえ、アップです。試合前の練習」


 真琴たちがコートに入って、ドリブルシュートしている。


 彼女は、黒くて長い髪の毛をポニーテールにしていた。


 真琴がボールを持って、レイアップシュート(走ってゴールの近くでシュート)を決めていく。

 

 ゴール下にはジャージを着た女の子達がたくさんいた。


 どうやら球拾いしてるみたいだ。


「君もあそこ行かなくて良いの?」


「……はい。人数が多いから、全員ゴール下にいけないんです」


 すっ、と五和ちゃんが観客席を指さす。


 白に黄色のジャージを着た女の子達が、観客席にめちゃくちゃ居た。


「ぜ、全員チームメイト? 多くない?」

「……ええ。3学年合わせて100人以上いますので」


 さすが名門バスケ高校……。


「ここでレギュラー取るって……やばいな」

「……ええ、すごい子です」


 あっという間に練習時間が終わって、真琴たちが帰って行く。


 ふと、真琴と俺とが、目が合う。


 ぱぁ……! と真琴が笑顔になると手を振ってきた。


 俺は手を振り返す。


 ちゅっ、と投げキッスすると、真琴がコートから去って行く。


「……ふふっ。愛し合ってますねー」

「あ、いや、まあ……」


 五和ちゃんは微笑ましい者を見る目で、俺を見てくる。


「……いいなぁ、マコ。年上の優しい彼氏がいて。うらやましいなぁ」


「五和ちゃんは彼氏いないの?」


「……いないですよー。欲しいんですけどねー兄さん達みたいに」


 どうやら五和ちゃんにはお兄さんがいるらしい。


「おーい! 五和ぁ~!」

「……噂をすれば」


 後ろの方から男の声がした。


 振り返ってみると……なんか、ごつい人たちがいた。


「なんじゃあれ……ターミネーター……?」


 黒服の大男たちがいた。

 スーツの上からでもわかる、筋肉もりもりのマッチョ男が二人。


 サングラスをかけており、双子かってくらい似てる。


「応援にきたぞーう!」

「……すみません、ちょっと失礼します」


 五和ちゃんが恥ずかしいのか、頬を赤くして、彼らの元へ行く。


「……兄さんっ、今日は試合でないって言ったのに! どうしてきちゃうのっ?」


「いやぁ、ほら。別のおまえが出なくても、おまえの学校が出るなら応援しなくちゃってねー」


「あっしは五和が嫌がるだろうからって止めたんですがね。三郎が張り切ってしまって」


「じゃーん、応援団幕まで作ってまーす。どこに張れば良い?」


「……やめてってば! もうっ!」


 お兄さん達と仲が良さそうだな、五和ちゃん。


 しばし黒服ターミネーターのお兄さんたちと話し合った後、五和ちゃんが戻ってくる。


「あれ、いいの? お兄さん達」

「……いいんですっ。もう……恥ずかしいったらありゃしない……」


「いやまあ良い兄ちゃんじゃん。試合に応援に来てくれるなんて」


 お兄さんふたりは端っこの席に座って、こっちに手を振っていた。


「……ま、まあそうですけど……あ、し、試合始まっちゃいますよ!」


 前の試合が終わり、いよいよ真琴たちの番になった。


 コートには真琴を含めた、5人の選手に加えて、10人くらいがベンチに入ってる。


「……あれがレギュラー5人プラス補欠のひとたちです。補欠に入るのだって難しいんですよ」


「だろうな……」


 試合前の練習を見てりゃ、わかる。

 素人目でも、すんげえ上手い。

 ボールがするするとゴールに入っていく。


「補欠にすら入れないやつらがこんだけいて、補欠ですらあんなうまいのに、そこにレギュラーで入れる真琴って……異常だな。五和ちゃんが言うとおり」


「……ええ。私も、次のインターハイまでには、せめて補欠に入れたらなって」


「なれるよ。そんだけ才能あるんだから」


「……え?」


 五和ちゃんが、ぽかん、と目を丸くする。


「……才能?」

「え、身長も才能だろ? そんだけ背が高いんだもん。才能あるよバスケの」


 呆然と、五和ちゃんが俺を見てくる。


「え、俺なにかおかしいこと言った?」


「……い、いえ。その……は、初めて、そんなこと言われたので」


 五和ちゃんが頬を赤く染めて、目をそらす。

 前髪を手でいじっている。


「……私、背だけは昔からおっきかったんですけど、持久力がなくて。だからずっと期待外れって言われてきてて」


「へー。でもその身長は才能だろ。持久力なんて後からどうとでもなるけど、その背だけはどうにもならんだろ。立派な才能だ。すげえよ」


「…………」


 五和ちゃんは顔を赤くして、目をそらし、そして……なんか泣き出した。


「え? え? ど、どうしたの?」

「……ご、ごめんなさい。ちょっと……自信なくしてて、落ち込んでたから。その……優しくされて、その……」


「自信なくしてた?」

「……はい。マコが、うらやましくて」


 ブザーが鳴ると、真琴達がベンチへ戻る。


 来ていたシャツを脱いで、ユニフォーム姿になる真琴。


「ああ。同世代の真琴がすぐレギュラーになれたから、比べて落ち込んでるとか?」


「……はい」


「まあ、わからんでもないが、比べてもしょうがないだろ。才能は人それぞれだしな」


 俺は五和ちゃんの細い肩を、ぽん……とたたく。


「まだまだこれからっしょ。な?」


「…………」


 五和ちゃんが何度も、こくこくとうなずく。

 そして……頬を赤く染めていた。


「……駄目、なのに。親友の、彼氏だから、……好きになっちゃ」


「ん? なんだって?」


「……あ、いいえ! なんでも……ないです。あ、あ! はじまりますよ!」


 真琴たちがコートの真ん中へと集合する。


 俺と買ったバッシュを履いていた。


 コートの真ん中に真琴がたち、頭を下げる。

 そして……。


「え、真琴がジャンプボールするの?」


 バスケは試合開始と同時にボールが投げられ、選手2名がそれをまず取り合う。


 当然背の高い選手が選ばれるのだが……。


 真琴が、ジャンプボールに参加していた。


 あいつは身長が160ちょっと。


 女子のなかではまあまあ背が高いものの、それでもバスケ選手としては低い。


 現にチームメイトのレギュラーも、対戦相手のメンバーよりも低い。


「……大丈夫です。見ててください。マコが、飛ぶ姿を」


 五和ちゃんが自信たっぷりの表情で、真琴を見やる。


 審判がボールを、頭上に投げる。


 ばっ……! と真琴が……飛んだ。


 跳ぶ、じゃない。

 飛んだんだ。


 自分の身長を、軽く超えるくらいの、跳躍力で。


 まるで、空を飛ぶ鳥のように。


 バシッ、と真琴がボールをたたく。


 見方へとボールが渡される。


「……いけっ! マコ! ソッコー!」


 真琴がコートの誰よりも早く駆け抜ける。


 見方からパスをもらうと、さらに速く走る。

 ツバメのように早く低く、そして鋭くドリブルをしていく。


 そのまま飛んで……ダンクをかます。


 ガシャッ!


「め、目立ちすぎだろ……」


 ゴールを決めた真琴が、客席に居る俺の方を向く。


 にかっと笑うと、拳を突き出してきた。


 まるで、ちゃんと見てた? とでもいいたげだ。


 俺はうなずいて、手を振る。


「真琴ぉ! ナイスシュート! かっこよかったぞー!」


 ぱちんっ、と真琴がウィンクすると、ディフェンスに回る。


「……勝ちましたね、これ」

「え、まだ始まったばかりだろ?」


 五和ちゃんが微笑んで言う。


「……マコが上り調子だと勝つんです、試合」


 真琴は敵のボールを奪って、3ポイントラインまで行く。


 そこから綺麗なシュートを決める。


 試合は終始、真琴達優勢で進んでいく。


 真琴は……コート上の誰よりも早く、鋭く、そして、華麗にプレイをする。


「……すごいなぁ、ほんと。憧れちゃいます」


 彼女の言葉もわかる。

 真琴のプレイには華があるのだ。いちいちかっこいい。


「岡谷さーん!」「かっこいー!」「素敵ぃ!」


 同じく観客たちが大興奮してる。

 他校の生徒もいるし、保護者や記者もいて、みんなが真琴に注目してた。


 うちでは子犬みたいに甘えてくる真琴が、コートではあんな王子様みたいなプレイをするのか。


 ほどなくして、タイムアップ。


 大差での勝利だった。


「勝ったよー!」


 真琴が観客席近くまでやってくると、ピースサインを作って言う。


「ああ! すげえよ!」

「これも愛のパワーだよぅ!」


 ……ったく、人前だってのに恥ずかしいことしやがって。


「あとでねー!」


 真琴がチームメイト達と一緒に、控え室へと引っ込んでいく。


 帰るまでずっと俺に手を振っていた。

 俺もまた手を振り返す。


「…………」


「ん? どうしたの、五和ちゃん」


 俺のことを彼女が見ていた。

 だがなんだか、切なそうな表情だ。


「……いえ、何でもないです」


 きゅっ、と五和ちゃんが唇をかみしめる。


「……あ、そ、そうだ。れ、連絡先っ」

「え? 連絡先?」


 こくこく、と五和ちゃんがうなずく。


「……その、これも、何かの縁なの、で。その……れ、連絡先……どう、ですか?」


 しどろもどろになりながら、五和ちゃんが俺に言う。


 なんか緊張してる?


「ん。いいよ」


 俺は五和ちゃんとLINEを交換する。


 きゅっ、と胸にスマホを抱く五和ちゃん。


「……わ、私そろそろ、チームの元へ帰ります」


「うん、ありがとね。いろいろ」


「……いえ」


 ぺこりと頭を下げると、五和ちゃんが走って去って行く。


「……あ、あのっ!」


 顔を赤くした五和ちゃんが、手を振る。


「……才能あるって言ってくれたの、すごくうれしかったです! それじゃ!」


 脱兎のごとく去って行く五和ちゃん。

 ううーん……良い子!


 ぴこんっ♪


「LINE? 真琴からか……」


 俺はメッセージを開く。


『浮気かい、こんにゃろー♡』


 なんでやねん。

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