29話 渋谷デート、告白……
スポーツショップを後にした後、俺たちは公園に移動した。
繁華街から少し歩いたところに、大きめの公園がある。
まあ電車でもこれるんだが、1駅だったし、渋谷駅まで戻るよりは歩いた方が近い。
都会の喧噪から切り離された空間。
俺たちが来たのは、巨大な噴水の前だ。
「こんなおっきな公園あるんだ……」
真琴が周囲を見渡す。
「それで……?」
「まあもうちょっと待ってろ」
時刻は、19時になった。
そのときである。
噴水が、勢いよく吹き出したのだ。
「わぁっ……! すご……きれーい……」
噴水の根元からLEDのライトが発せられて、水の柱に色がつく。
柱が七色に変化する様を見て、真琴が目を輝かせる。
「この時期限定で、ライトアップされるらしいんだよ。3月で終わりみたいだけどな」
「わぁ……! すごいなぁ~……きれいだなぁー……」
輝く水の柱を前に、真琴が笑顔を浮かべる。
……よし。
ここだろうな。
「お、おまえのほうが……その……き、きれいだ、よ……」
ぐっ! なんて照れくさいセリフを!
だが、本心だ。
どんな美しい風景よりも、真琴の方が、綺麗だ。
「~~~~~~~~~~~~~!」
真琴の顔が、真っ赤に染まる。
目を大きく見開いていた。
「…………………………ありがと」
「お、おう……」
素直に照れられると、こっちが困る。
普段俺をからかったり、元気いっぱいの笑顔を向けてきたりする彼女が……。
素直に照れて、はにかんでる姿が、たまらなく愛おしい。
「それで……さ。俺……おまえに、言いたいことがあって、よ」
「……うん。聞くよ」
真琴が俺を見上げて、真剣な表情で見てくる。
ああほんと……。
変わったな、こいつ。
「俺は……な。おまえのこと……最初は弟だと思ってたよ。女だって明かしたあともさ、弟分って感じでさ」
でも……違う。
今は違う。
「おまえは……おまえは本当に、いい女だよ。料理も上手だし、掃除とかも完璧。元気で、明るくて……見た目もいい。それでいて……一緒に居るだけで楽しい。最高の女だと、俺は思う」
真琴は耳の先まで真っ赤にして、もじもじと身じろぐ。
「だから……さ。おまえみたいな、すっげえ良い子がさ。俺みたいな普通の男のことを、好きって言ってくれたのがさ……信じられなかったんだよ」
だってそうだろ?
こんな、若くて、家事とか完璧で、料理も美味くて、素直で可愛い女の子が……。
俺のことなんて、好きなわけないって。
「それに、俺は社会人で、おまえは女子高生だ。年の差があるからさ。同世代のやつと、付き合った方が良いかなって、思って……でも……」
でも……と俺は続ける。
「おまえと過ごすうちに、もう……そんないろんなことが、どうでも良くなったんだ。ただ……おまえが、そばにいてくれなきゃ、ダメなんだ」
真琴の料理じゃないと美味いって感じない。
真琴の笑顔を見ないと、その日一日気分が鬱々とする。
真琴がいないと……俺は……。
間違いなく、かすみから受けた心の傷を、癒やすことは、できなかった。
元婚約者に手ひどく振られて、辛い日々を送っていた俺を……。
救ってくれたのは、真琴だ。
だから……。
「真琴……。俺、おまえのことが、好きなんだ」
一度言ったら、もう胸の内にとどめていた感情を、押さえることができなかった。
「おまえがいないと駄目なんだ! 俺のそばに居てくれ! ……俺と、付き合ってくれ!」
……言いたいことは、言った。
後は真琴の返事を……。
チュッ……♡
「………………え?」
気づいたら、真琴の綺麗な顔がすぐそばにあった。
俺は、彼女に正面からハグされて、キスされたのだと気づいた。
「遅いよ、もう……♡」
真琴は両手で、俺の顔を包み込むと、何度もキスをする。
ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡
「私……ずっとずっと、待ってたんだからね。お兄さんとこうして……結ばれるのを」
「! じゃあ……」
真琴は笑顔でうなずく。
「うん、私と……つきあってください♡」
背後で、ひときわ大きく噴水が立ち上る。
俺は……真琴からOKをもらえたことがうれしくて、彼女の体に抱きつく。
ああ、柔らかい。温かい……ほんと、心地が良い……。
「そんなに熱心に抱きついて♡ そんなに真琴ちゃんが欲しかったのかな~?」
「ああ。おまえが欲しくてたまらなかった」
「ん♡ そかそか♡ いっぱいいっぱい、ぎゅーっってしていいよ♡」
胸の中で真琴の優しい声音がする。
ぽんぽん……と真琴が俺の背中を優しくなでる。
それだけで……ああ、なんと心地の良いことか。
「んふふ♡ ふふふっ♡ お兄さん……もうぜったい離さないよ♡」
「ああ、当たり前だ。俺だって……おまえを離さないよ」
「ほんとぉ~?」
真琴が顔を離し、いたずらっ子のように笑う。
「信じられないなぁ~?」
ああこれは、甘えてるんだとすぐにわかった。
「証明……してほしいかな♡」
「ああ、わかった。真琴……目、つむってくれ」
「ん……♡」
真琴が俺を見上げて、顔を近づける。
俺は……自分から彼女に近づいて、そして唇づけを……交わす。
不意打ちじゃない……本当のキス。
俺も彼女も、お互いを求めての……口づけは、初めてだ。
こんなにも熱く、切なく……とろけるように、甘いなんて。
俺たちは、離れようとしなかった。
真琴は俺に、俺は真琴に、体を押しつけ合う。
ずっとそばに、近くに感じていたくて、俺たちは抱き合ったままキスをし続けた……。
……やがて、どれくらいの時間が経ったろう。
いつしか噴水のライトアップは終わっていた。
遠くに都会の喧噪が聞こえる。
やっと、俺たちは唇を離した。
けれど……抱き合ったままだった。
「ねえ……お兄さん。私ね……今、死んじゃうくらい、幸せ。聞こえる? 私の、心臓」
どっどっどっどっどっどっど…………。
「もう爆発しちゃうんじゃないかってくらい、ドキドキしてる」
「俺もだよ」
「うん、聞こえてる……」
真琴が俺の胸に耳を当て、目を閉じる。
その動作が愛おしくて、俺はきゅっと抱きしめる。
「お兄さんに、ぎゅっとされるの……好き」
「俺はおまえを、ぎゅっとするのが好きだよ」
「そか」
「ああ」
俺たちはお互いの体を抱きしめ合う。
真琴の柔らかく温かい体は……ずっと抱いていても全然飽きない。
むしろ、真琴がどんどん欲しくなる。
「ああ、これは駄目になる……。真琴、俺、これ以上おまえを抱いてたら、手放したくなくて、会社行けなくなっちまうよ」
「お兄さんも? 私もだよ。学校行けなくなっちゃう」
俺たちは目を合わせて、笑い合う。
「ん……」
自然と、俺たちは口づけを交わす。
キスをする、とか言わずとも、もう気持ちが通じ合っていた。
俺も彼女も、キスをしたいと。
「……お兄さん。好き♡」
真琴が顔を離して、ぎゅっ、とまたハグする。
「好き♡ 大好き♡ 好き♡ 好き♡」
「ああ、俺もだ。真琴。おまえが好きだ。大好きだ」
真琴がふるふる、と首を振る。
「私の方がお兄さんのこと好きだもん」
「ばかいえ。俺の方がおまえのこと好きだよ」
真琴がふるふると、また強く首を振る。
「私の方が好きだもーん! 世界で一番、お兄さんのこと愛してるもん!」
「いや俺の方が、おまえのこと好きだし、世界で一番おまえのこと愛してるし!」
「「…………」」
「「……いやぁ」」
俺も真琴も、照れてしまって、目線をそらす。
「何やってるんだろうね、私たち」
「ほんと、それな……」
はぁ……と俺たちは溜息をつく。
「といいつつも、ずっとお兄さんは私のことを、離そうとしないんですがー?」
「そりゃ真琴も一緒だろ。どんだけ俺のこと好きなんだよ」
俺たちは苦笑する。
どちらかより好きかなんて議論、アホらしい。
俺も真琴も、同じくらい……お互い超大好きなんて、言わずともわかる。
「ふふふ~♡ 勝負はぼくの勝ちだね~♡」
「勝負って何だよ?」
「恋愛って、惚れさせた方が勝ちなんだよー?」
「バカいえ。そんじゃ俺の勝ちじゃねえか。おまえ俺のこと好きなんだろ?」
「ま、まあね……」
「だ、だろ……?」
うん、と俺たちはうなずく。
「「じゃあ……引き分け、ということで」」
お互い、そう納得することにした。
「でも真琴さんの計略は見事だったでしょ~?」
「計略?」
「お兄さんを落とすためのプランのことだよ」
「ああ……それ……」
最初のサプライズから始まり、食べ物で完全に胃袋をつかまれ、快適な暮らしを提供され……。
それで毎日、むせかえるほどの好き好きオーラを、浴びせられまくった。
「見事なお手並みでした。もうすっかり、俺はおまえがいないと生きてけない、駄目人間になったよ」
料理も洗濯も掃除も……もう、やり方を完全に忘れてしまっていた。
真琴が全部やってくれて、それが、最も心地よいから……。
「じゃあお兄さんは、私とずっと一緒にいてもらわないとねっ」
笑顔で抱きつく真琴が、たまらなく愛おしい。
「あったりまえだろ。嫌だっていっても、俺がおまえを離してやらねえからよ」
真琴は、今日一番の……最高の笑顔でうなずく。
「うんっ!」
……かくして、俺は真琴と付き合うことになったのだった。
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