28話 渋谷デート、勘違い
俺は真琴に告るべく、渋谷にデートに来ている。
昼飯を食い終わった後。
俺たちはその辺をぶらぶらとする。
「何か買いたいものとかあるー?」
「いや、特にないなぁ」
「じゃあぼく、スポーツショップいきたーい!」
「スポーツショップ?」
「うん! バッシュ……バスケットの靴みたいんだ」
真琴はこの春から、バスケの名門校に入学することになっている。
そう、バスケが趣味なのだ、この子は。
「了解。ただ店がわからんのだが」
「その辺はぬかりない! ちゃーんと調べておいたからねー」
俺たちは真琴の先導で、スポーツショップへと向かう。
「そりゃあ手際が良い」
「へへっ♡ 奥さんですから」
「それ関係ある?」
「あるよー。旦那さんの負担を減らすのも奥さんの役割だもーん」
「はは、なるほどな」
「う、うん……つっこんでよっ!」
ああ、なるほど。
からかってたのか。
「いやまあ……もう……ね?」
今更ね。
今もほら、ナチュラルに手を握ってるし、俺たち。
「なんか……不思議な気分だよ」
「ん? どうしたの」
「いや……おまえとただ、手をつないで歩いてるだけなのにさ、すっげー心が安らぐんだ」
何かハプニングがあるわけでもない、大きな何かを成し遂げたわけでもない。
ただ、真琴のそばを一緒に歩いてる。
それだけで凄い充足感を覚えるのだ。
「…………」
真琴は顔を真っ赤にして、ふにゃふにゃ……ととろけた笑顔を向ける。
「……お、お兄さんの、ば、ばかぁ~……♡」
ものすごいうれしそうにしながら、真琴が照れていた。
ほどなくして俺たちはスポーツショップへと到着する。
「渋谷にこんな店が……」
「バスケコーナーはこっちだよー」
俺たちは狭い階段を上って上の階へと向かう。
休日で、しかも渋谷でってこともあり、周りには結構カップル客がいた。
「真琴は何が欲しいんだ?」
「バッシュ!」
シューズのことらしい。
「今のやつさー、もうボロボロで。新しいのほしいんだ~」
「ふーん……買おうか?」
「え……? いいのっ!?」
真琴が黒真珠のような眼を、キラキラ輝かせる。
「おうよ。入学祝いだ」
「ほんとのほんとにいいのっ? ぼく……遠慮しないよっ!」
「男に二言はない。好きなのを選んでおきなさい」
真琴がパァッと笑顔になると、俺の体に抱きつく。
「お兄さん大好きー!」
「いや、真琴さんよ……早いって、まだ早いから……」
「おっとそうだったね!」
真琴が俺の体から離れて苦笑する。
「じゃー、シューズ選ぼうよ! 一緒に!」
「いや、おまえが履くんだから、おまえが決めろよ」
ふるふる、と真琴が首を振る。
「お兄さんに選んでほしいんだっ。お兄さんと選んだのじゃないと、買いたくない!」
「何か違うのか?」
「違うよー。一緒に選んだって思い出が、ぼくに力をくれるんだ」
「なるほどなぁー……わかったよ」
というわけで、俺たちは一緒にバッシュを選ぶことになったのだが……。
「ま、真琴さんや」
「なぁに?」
「ば、バッシュって……こ、こんな高いの……?」
なんか5桁とか普通にしてるんですが!?
「そーだよ。なぁに~? お兄さん知らなかったの?」
「ああ……」
靴なんて5000円もあれば買えるもんだとばかり思ってた。
今、どれもめっちゃ高いんだな……。
「やめとく?」
「いや、買うよ」
「別に良いよ。お兄さんのお財布に負担かける気はないし」
真琴は俺に遠慮している。
ああ、本当にできたヨメだよこいつは。
かすみは、俺の財布事情なんて全く気にせず、飯をおごらせたり、何かを買わせたりしたからな……。
……ああ、なんか、すごい久しぶりにかすみの名前が出たわ。
今の今まで、完全に忘れてた。
「遠慮すんな。俺がおまえに買ってやりたいんだよ」
「お兄さん……うん! わかった! じゃーえんりょなく、だね!」
俺たちは真琴に似合うバッシュを選ぶ。
「こういうかわいいデザインのがほしいんだ~」
「いやおまえ、靴なんだろこれ? なら足の形に会うやつがいいんじゃないか?」
「む~。でも、デザイン性も捨てがたいっ!」
「おまえの足の形じゃ入らないって。こっちにしなさい」
俺はしばしあーでもない、こーでもない、と議論を交わす。
悩みに悩んだ結果……。
「これにけってー!」
真琴の足に合う、かつデザインもかわいいやつを見つけ出した。
お値段は……まあそこはいいよ。
「んじゃ俺買ってくるから。おまえは待ってな」
「はーい」
レジ前は結構並んでいるので、真琴にはちょっと待っててもらうことにしたのだ。
「変な人にナンパされたら、どうすればいい~?」
「そんときは大声で俺を呼びなさい」
「はいはい♡ まー、ナンパなんてされないだろうけどね~」
いや……何を言ってるだろうか。
こいつ、自分のかわいさがわかってないのか……?
絶世の美少女なんだぜ?
声をかけるやつなんてごまんといるだろう。
「とにかく、変な男に絡まれたらすぐ言えよ」
「りょーかい」
俺はレジに並んで待つ。
……大丈夫かな。
いやまあ、大丈夫だろう。うん。
ここ、店の中だしな。
結構並んで、いよいよ俺の番になった。
レジで会計を済ませて、店員からバッシュを受け取る。
「おーい真琴、買ってきた……」
と、そのときだった。
「え………………………………?」
真琴の前に、背の高い、髪の短い【男】がいた。
「……お願いします」
「……え、ちょっと、困るなぁ」
男が、真琴に声をかけてる。
真琴は困ったような顔をしてて……。
俺は……。
「すみません!」
思わず、大きな声を出していた。
気づけば走ってて、真琴のそばへとやってくる。
ぐいっ、と俺は真琴を抱き寄せる。
「こいつ、俺のなんで!」
……意識せずに出た言葉だった。
目の前の男に、真琴を取られちまうんじゃないかって思ったら、自然と口と体が動いていたのだ。
真琴を、ぎゅっと抱き寄せる。
決して離すまいと、取られまいと……。
「悪いんですけど、こいつ俺の彼女なんで、すんません」
「……え? あの、わたし、女です」
「え……?」
真琴に声をかけていた、男だと思った人物は……。
背が、高い。めちゃくちゃ背が高い。
髪の毛も短めである。
だが顔の作りが、完全に女子だった。
薄いけど、よく見えると胸の膨らみもある。
「……わたし、バスケやってまして。
「真琴の……ファン?」
「……はい。中学時代から岡谷さん、有名人で。わたしも、ずっとファンだったんです。サインして欲しいって頼んだのですが……」
……すべて、状況を把握した。
つまり、だ。
男と思ったこの子は、女の子で。
真琴は単に、ファンの人にサインをせがまれて、ちょっと困ってただけ……。
ナンパされてなくって……。
つまり……。
「お、俺の……勘違い……?」
こくこく、と女の子がうなずく。
「……ばか」
真琴が小さくつぶやくが、けれど、嫌な顔をせず、ぎゅっと俺の体に抱きつく。
「す、すす、すまんー!」
俺は背の高い子に頭を下げる。
凄い迷惑をかけてしまった!
「……いえわたしも、すみませんでした。デートの最中にお邪魔しちゃって」
背の高い子はふるふる、と笑顔で首を振る。
なんだ良い子だなこの子……。
「……わたし、【
「へ? ま、真琴と同じ学校に? つまり君……中学生!?」
なるほど、バスケやってたから背が高いのか。
つまり……チームメイトになる子に、こんな……恥ずかしい姿を見られたってこと……!?
「あ、あの……
「……
ふふっ、と五和ちゃんが微笑ましい者を見る目で、俺と真琴とを見やる。
「あの、五和ちゃん。このことは……学校通うようになっても、秘密にしてくれないか」
真琴が、俺を見上げる。
まるで、【このことって】と聞いてるかのよう。
だから、俺ははっきり言った。
「俺と真琴が付き合ってることは、内緒でお願いな」
五和ちゃんは「もちろん」と笑顔でうなずく。
「それじゃ……岡谷さん。学校で。チームメイトとして一緒にバスケできるの、すごく楽しみにしてます」
「う、うん……
バスケットのエナメルバッグを抱えて、彼女が丁寧にお辞儀する。
そして、彼女が立ち去って行った……
あとには、俺たちが残される。
「「…………」」
無言で、抱き合っていた。
離れようと……できない。
俺も、真琴も、ずっと……その場から、動けない。
ほどなくして、人がチラチラと俺たちに注目し出す。
「……いくか」
「……うん」
真琴はしおらしくうなずくと、俺の後についてくる。
もちろん、俺は真琴の手を握っていたし、彼女も握り返していた。
「「…………」」
言ってしまった。
付き合ってるって。
抱いてしまった。
人前で。
……だって、仕方ないじゃないか。
真琴を、取られたくなかったんだから。
ショップを出た後、真琴が立ち止まる。
「……お兄さん。ぼく……ぼくもう……」
真琴が切なそうな目で、俺を見上げてくる。
「…………」
気づいたら、もう夕方になっていた。
どれだけバスケショップで長居していたのだろう。
ふたりでバッシュを選んでいる間、俺は時間を忘れていた。
楽しい時間は、すぐ過ぎ去ってくもんなんだな。
うん……もう頃合いか。
「なあ……真琴」
俺はまっすぐ、彼女の目を見据える。
「ちょっと、おまえに大事な話があるんだ。聞いて、くれるか?」
真琴はうれしそうに、大きくこくん、とうなずく。
俺は真琴を連れて、移動する。
彼女に、告白するために。
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