26話 渋谷デート



 俺は年下幼なじみの真琴まことに、想いを告げると、決意した。


 3月の最終土曜日。


 渋谷駅ハチ公前にて、俺は彼女が来るのをまっている。


「まだかな……」


 何度もスマホの電源を入れて、真琴まことからの通知がないか確認する。


 だが俺が、『待ち合わせ場所ついた』という連絡が既読ついてから、返事がない。


「何かあったわけじゃないだろうけど……」


 俺は何度も何度も、渋谷駅の改札を見やる。


 真琴が来れば一発でわかる。

 あんなにも美人なのだ、目立って仕方ないだろうから。


 けれど一向に彼女は現れない。

 ううん、やっぱり何かに巻き込まれたか……。


 いや、大丈夫だろう。トラブったら連絡来るだろうし。


 落ち着け……落ち着けよ、俺。


「…………」


 俺の中での、真琴まことへの印象は、もう弟のような幼なじみではない。


 俺は彼女を、一人の女性として、思っている。


 ずっとそばに居たいと、そう思っている。


 だから今日のデートで、彼女にはっきりと言うのだ。


 おまえが好きだと……な。


「や、やばい……指先が冷たくなってきた……」


 何を緊張してるんだろうか。

 真琴まことからは好き好きと、毎日溺れるくらい気持ちを向けられてきているじゃないか。


 断られることなんて、ない。


 けれど、駄目な可能性だってなくはない。

 真琴まことは高校生で、俺は社会人だ。


 冷静になって、年上よりも同年代の方が良い、となる可能性だってある。


 ……ぐぁ、それは、嫌だ。


 と悶えていたそのときだ。


「あの……もしもし?」

 

 ふと、誰かが俺に声をかけてきた。


 白い大きな帽子を目深にかぶった、清楚な出で立ちの……お嬢さんだった。


「あ、え、お、俺です……か?」


 思わず、敬語になってしまう。

 目元が隠れてるから、素顔はわからない。


 でも、白い帽子からのびる、つやつやの黒髪は、尋常じゃないくらい綺麗だ。


 一切のくせもなく、日の光を受けて輝いているようにも見える。


 清楚な白いワンピースに、薄手のカーディン眼を羽織る。


 ロングスカートは彼女に、深窓の令嬢みたいな印象を与える。


 肩からかけてるポシェットもまた、清楚感を演出していた。


 そして大きな胸をしており、思わずごくりと生唾を飲むほど。


 ……って、いかん!

 何を子細に見ているんだ!


「実は人を探してるんです」


「は、はぁ……」


「この人なんですけど……」


 俺に人を尋ねられても……わからんとしか言えないのだが。


 彼女はポシェットから折りたたまれた紙を取り出す。


 俺はそれを受け取って、中をあらためる。


【どっきり大成功★】


「………………は?」


 手紙から視線を、彼女の顔に戻して……。


 俺は……絶句した。


「おま……真琴まこと……」


 そこにいたのは、清楚可憐な外見をした美少女……。


 俺のよく知る……真琴だった。


「いえーい! どっきり大成功~♡」


「…………」


 いや、確かに顔は見えてなかった。

 でも……それでも、ここまで変わるなんて……。


 ドッドッドッドッドッドッ…………。


 な、なな、なんだ!? 心臓が、やばいくらい高鳴ってる。


 真琴が女だったと明かしたときは、びっくりした。


 単純に驚いた。体に悪いような跳ね方を、俺の心臓はした。


 でも今は……。


 清楚可憐な美少女になった真琴を見て……。


 俺は、胸がきゅっと甘く締め付けられる。


 どきどきどき、とずっと心臓の鼓動が止まらない。


 むしろ、止められなくなる。

 彼女から、まったく目が離せない。


 周りの景色が遠くなる。


 本当に、綺麗だ……。


「ちょ、ちょっとお兄さん……ガン見しすぎだよ……」

 

 さすがに見過ぎたのか、真琴は顔を赤くして、俺から目をそらす。


「あ、ああ……」


 俺は夢の中にいるようだ。

 あんな、昔は山猿みたいな、弟だと思っていた子が……。


「おまえ……本当に、女だったんだな……」


 真琴はふふっ、と上品に笑う。


「なにそれ~。東京来たときに明かしたじゃーん」


「いやまあ……そうだけど。そうなんだけど……さ」


 彼女がここへ来た当初、性別を明かしても、彼女に対する印象は【仲の良い幼なじみ】だった。


 そうとしか思ってなかった。


 けれど……そう思っていた俺は、死んだ。


 もう、真琴が、ものすごい美少女だとしか……思えない。


「ふふーん♡ そんなに変身した私のことから、目が離せない~?」


「あ、ああ……」


 俺が素直にうなずくと……。


「うぇ……!?」


 真琴が顔を赤くして、目をむく。


「や……そんな……真顔で……うなずかないでよ……て、照れるじゃんか……」


 ぼしょぼしょと、消え入りそうな声音で真琴が言う。


 そんな姿もたまらなくかわいらしい。

 人前でなければ、俺はもう抱きついていたような気がする。


「あ、あんまり長々と……さ。とどまってると邪魔じゃんっ? 移動しようよ!」


「お、おう……そうだな」


 俺たちはハチ公前から移動する。


「……すげ」「……なんだあの美少女」「……レベル高すぎだろ」「……隣の男いいなぁ、あんな美女つれて」


 ざわざわ……と周囲がどよめている。


 そりゃそうだ。

 普段だってきれいな真琴が、今日は気合いを入れておめかししてきたんだ。


 超美少女となった彼女を、振り返らない男はいないだろう。


 現にスクランブル交差点を渡る最中、ものすごいたくさんの男達の視線を、真琴は一身に集めていた。


「みんなぼくのこと、見てる?」

「そりゃそうだろ……そんだけ、綺麗だとさ」


「にゃ゛……! き、綺麗……かなぁ~♡」


「ああ……綺麗だよ……」


「ぬへへ~♡ しあわせ~……♡」


 やばい、普段使わない言葉がするすると口から出てしまう!


 俺は真琴に、夢中だった。

 今この場でもしも、100万円くれっていわれたら、ATMに走ってしまうだろう……。


 もう……頭の中が、こいつでいっぱいになっている……。


 人を本当に好きになると……その人が喜んでくれることばかり考えるようになるんだな……。


「あ」


 そこで、ようやく合点がいった。


「ああ、そういうことか……」


 俺は今まで、真琴を見てて、ずっと不思議だった。


 なぜ彼女は、甲斐甲斐しく、俺の面倒を見てくれるんだろうって。


 なんで、美味しい飯を作ってるのか。

 毎日風呂や洗濯など、面倒なことをわざわざ買って出てくれるのか。


 恋人でもまして、夫婦でもないのに……。


 でも、俺は今日、答えを得た。


 すべて、この言葉で解決できる。


 ……好きだから。


 相手のことが本当に好きだから、相手が喜んでくれるようなことを、してくれていたんだ。


 ああくそ……こんな簡単なことにさえ、俺は気づいてなかったのかよ。


「お兄さん? どうしたの、ぼーっとして」


 気づけば俺たちは、スクランブル交差点を渡りきっていた。 


「いや……俺ってバカだなぁ、って改めて思ってよ……


 今日日中学生だって知ってそうなことを、俺は理解してなかったのだ。


「うん♡ お兄さんは昔からバカだよ~♡」


 くすくす、と上品に笑う真琴が……愛おしくてたまらない。


「わるかったなぁ、バカで」


 俺も自然と笑ってしまった。

 だって真琴が、好きな人が笑っているから、俺も笑うんだ。


「これからどうするかな?」

「じゃー、まずは昼飯! 美味しいとこよろしく!」


「了解だ。真琴……」

「え……?」


 俺は彼女に、手を差し伸べる。


「ほら、迷子になったら困るから、な」


 真琴は俺を見て、花が咲いたみたいに、笑う。


 ……思わず、俺は目を細める。

 彼女の笑顔が本当に輝いて見えた。


「そうだねっ、迷子になったら、いやだもんね!」


 真琴が俺の手をぎゅっ、とつかむ。


 小さく、柔らかな、それでいて……温かい手。

 

 彼女の手を、絶対に離したくないと、俺の心が、体が、頭が……求める。


「に、にぎにぎしすぎだよぉう~♡」


「わるい……握り心地がよくってな」


「仕方ないな~♡ もっともっと、握って良いよ~♡」


「じゃお言葉に甘えて」


 真琴の手をしっかりとつないで、俺たちは歩き出す。


「なーんか今日のお兄さんは、とっても素直だなぁ~♡」


 真琴が浮かれた調子で、俺を見上げて言う。


「いつもは過敏に反応したり、ぼくから逃げようとしたりするくせに……今日は最初からずっとぼくのこと、求めてる?」


「ああ……」


「あ、あはは……こ、肯定するんかーい……」


 真琴が照れてるのか、頬を赤くして、うつむき、はにかむ。


「「…………」」


 俺たちはしばし黙って、昼飯の店まで歩く。


「ねえ……お兄さん」


 ぽつり、と真琴が小さくつぶやく。


「期待して……いい?」


 期待。それは、俺からの告白についてだろうか。


 向こうも、察しているのだろう。俺の態度が、普段と違うことを。


「ああ……」

「ん……そっか」


 だがここでいきなり好きだ、なんて言わない。


 千冬ちふゆさんから、告るなら雰囲気の良い場所でと厳命されている。


 女の子はムードを大切にするのだそうだ。


「そっか……そっかそっか! そっかぁ~!」


 真琴が、もううれしくてたまらないって、様子の凄い笑顔を浮かべる。


「うふふふっ♡ えへへへっ♡ よーし! 憂いがなくなった! 全力全開で、デートを楽しむぞー!」


 ああやっぱり、不安だったのか。

 安心してくれ真琴、俺は逃げないよ。


 このデートで、俺はおまえに、ちゃんと好きだって伝えるから。

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