25話 女子達、それぞれの彼への想い



 薮原やぶはら 貴樹たかきが、岡谷おかや 真琴まことと同棲している。


 その事実を知った、桔梗ヶ原ききょうがはら 千冬ちふゆはというと……。


 自宅に帰り、ひとりスコッチウィスキーをあおっていた。


 スーツは投げっぱなし、部屋の中も散乱している。


 シャツにパンツ一枚、というだらしのない、かつ扇情的な格好……。


「はぁ~……」


 深々と千冬ちふゆは溜息をつく。


 彼女の表情は暗く、そして目には涙を後があった。


「たっくん……もう、大人なのね……」


 あの場では、泣かないように我慢したが。


 千冬ちふゆ薮原やぶはらに恋人ができたことが、辛かった。


「これで二度目。なれなきゃいけないのに……」


 千冬ちふゆはウィスキーを一気にあおって、つやっぽく息をつく。


 薮原やぶはらは自分にとって、弟、そして息子同然だった。


 千冬ちふゆが5歳の時、姉に息子が生まれ、それが薮原だった。


 彼女は末っ子だったこともあり、薮原を溺愛しまくった。


 ずっと自分が守っていくのだと……。


 最初は弟のように思っていたが、次第に息子のように思うようになった。


 薮原が結婚を前提とした恋人を作ったと、姉経由で聞いたとき……。


 ショックで、会社を休んでしまった。


 薮原に恋人ができたことも、もちろん衝撃的だったが。


 それ以上に……そんな人生を左右する決断を、自分抜きでされてしまったことが、悲しかった。


 結局、自分は薮原にとって、親戚としてしか見てもらえないのだと……。


 薮原に入れ込んでいた分、ショックが大きかった。


 その後薮原とは、上司部下以上の関係を務めてきた(と本人は思っている)。


 あくまでも、仕事上の付き合いだけ(と本人は思っている)。


 もう恋人ができたのだから、プライベートに過剰に干渉するのはやめよう……。


 ……だが、会えない時間が増えれば増えるほど、彼への愛しいと思う気持ちは大きくなった。


 会ってはいけない。彼にはもう大事な恋人がいるのだから。


 それでも会いたい。昔のように、かわいがりたい……。


 そんな矢先、薮原が別れた知らせが舞い込んでくる。


 これ幸いと、千冬ちふゆは薮原に近づこうとして……。


 ……そこに、真琴まことが、いた。


「…………子離れの、時期なのかしらね」


 ぐすん……と千冬ちふゆが涙をすする。

 薮原に対する感情の種類を、言語にするのは難しい。


 弟? 息子? それとも……異性?


 そのどれでもある。

 見ないうちにたくましくなった彼に、ドキッとすることもあるし、成長を喜ぶこともある。


「マコちゃんは、良い子だし。今度こそ幸せに……なれるわよね」


 ひとしきり悲しんだ千冬ちふゆは、結論を出す。


「うん。あの子達の幸せを、サポートしてあげましょう」


 千冬ちふゆにとって最も大切なことは、息子同然の薮原やぶはらが……幸せであること。


 一度目の、かすみとのときは、身を引いてしまった分。


 二度目の、今回は、薮原やぶはら達のことを、目一杯サポートしてあげるんだ。


「でも……はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………………」


 決意を口にすれど、しかし胸に残るのは、後悔の念。


「もっと早く……もっと早くに、たっくんにアプローチしてれば……はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~」


 ……やはり、薮原やぶはらを異性として意識する面も捨てきれないのである。


「……『大きくなったら千冬ちふゆ姉ちゃんと結婚する』じゃなかったの、たっくぅん~……はぁ~……」


 飲んで忘れよう、そして明日からは、薮原やぶはら真琴まことの恋路を応援する、お姉さんポジションになるのだ。


 ……だから、一人きりの時くらいは、こうして未練を口にしても……いいよね?


「結婚したい……切実に……ほんとはたっくんと~……はぁ~~~~~~~~~たっくん大好きぃ~………………」


    ★


 桔梗ヶ原ききょうがはら 千冬ちふゆがショックで飲んだくれている、一方その頃……。


 アンナ・塩淵しおぶち、および安茂里あもりひなは。


 駅前の居酒屋で、一緒に飲んでいた。


 ……否。


「わたしのほうがせんぱいのこと、大好きなんれすからねー!」


 べろんべろんに酔っ払った後輩……ひなが、声高に叫ぶ。


 ちかくにはからになった日本酒のグラスが大量に置いてある。


 ひなは、子供のような目に反して、かなりの大酒飲みだった。


「へー、そっか♡」


 一方でアンナは余裕の態度を崩さず、グラスワインをあおる。


「なんれすかっ! そのたいどー! むかちゅくんれしゅけどぉ~!」


 きゃんきゃん、とくってかかる後輩ひな


「てゆーか、ひなちゃんって貴樹たかきくんぞっこんラブな感じなのね」


「そーれすよ! 大好きれふ! 愛してまひゅー♡」


 日本酒をぐいっと飲んで、デレデレとした表情になる。


「しぇんぱいはぁ~♡ かっこよくってぇ~たよりになっれ~……超絶しゅてきな~……ひなの王子しゃまなんれす~……♡」


 会社では真面目で、薮原やぶはらの前でも良き後輩であるひなであったが……。


 酒を飲み、理性のたかがハズレ……本性があらわになっていた。


「結構乙女チックなとこもあるのね。生真面目ちゃんかと思ったけど」


「……バカにして、まふ?」


「ええ、してまふ♡」


「しゃー!」


 しゃーしゃー、と威嚇するが、しかしチワワが吠えてるようにしか見えず、アンナは微笑む。


「アンナしぇんぱいは、どうなんれふかっ!」


「あたし? 好きだよ貴樹たかき君のこと。もちろん」


「なんれれふか! 後輩がしゅきーって、言ってるんれふからっ、ゆずってくらさいよ!」


「え、やだよ」


 アンナは真顔でそう答える。


「……なんれ、しぇんぱいに固執するんれふ?」


「んー……まあ、強いて言えば、あたしをお姫様扱いしない人、だからかな」


 アンナは昔から人気があった。

 その美貌、大きな胸は男を虜にしてやまない。


 そのせいでアンナは苦労を強いられていた。


 男はみんな、性欲丸出しで近づいてくる。

 女は、やっかみの視線を向けてくる。


 もう……うんざりだった。

 人間関係に。


 だが……。


貴樹たかきくんはね、違うの。変な目で見てこない。あたしをお姫様じゃなくて、アンナ・塩淵しおぶちって見てくれる。だから好き」


「…………」


 ひなは、アンナもまた苦労人なのだなと思った。


「わたしも……少しわかります。昔から、男子に胸ばっかり見られて……嫌な思いしました」


 ひなもアンナも、比類なき美少女と美女。

 それゆえに、人間関係にはうんざりしているところがあって。


 それゆえに、貴樹たかきのように、普通に接してくれることが、逆に新鮮で……救いでもあった。


「ふーん……そっか。苦労してるんだね」

「はい……」


 しばし、ふたりは酒を飲む。


「まっ、貴樹たかきくんは絶対に譲らないけどね♡」


「にゃっ……! そこは譲る流れでしょー!」


「あはは♡ 冗談はよして。あたし絶対諦めないから。……たとえ、女がいたとしてもね」


「ほえー? なんれすかー?」


 アンナは気づいている。

 彼の背後に、女の存在が居ることを。


 最近持ってきた弁当、早く帰る理由、それは女が家で待っているからに他ならない。


 しかもアンナの直感では、かなりその子に入れ込んでいるみたいだ。


(でも……だからなに?)


 アンナは余裕の態度でワインをあおる。


「最終的に……勝てばよかろうなのだー!」


「しぇんぱいも酔ってましゅ?」


「当たり前じゃん! わーん! 貴樹たかき君に飲みにいくの袖にされちゃったー! くそぉ、次はぜったい一緒に飲みに行って、お持ち帰りするんだからー!」


 アンナ・塩淵しおぶち

 今まで男に困ったことは一度もない。

 いつも向こうからこちらに来てくれる。


 だが……今回は。初めて、男を追うことになる。


 一方でひなはというと……。


「わたしだって、諦めませんから! せんぱいに、だ、だいてもらうんですからっ!」


「はい、たかいたかーい♡」


「ぎゃー! そう言う意味じゃなーい! やめてくださーい!」


 アンナ、およびひなは、このまま貴樹たかきを狙う……。


    ★


 そして、真琴まことはというと……。


「んぅ♡ ふぅ……ふぅう……♡ んぅ……」


 薮原やぶはらのベッドの上で、体をけいれんさせていた。


 口にくわえていた、彼のベッドのシーツを離し……はぁはぁ、と熱い吐息をもらす。


「お兄さん……♡ お兄さん……♡」


 真琴まことは先ほど、薮原やぶはらからデートに誘われた。


 向こうからの、デートの誘い。

 それがうれしくてたまらなくて、しばしベッドの上で飛び跳ねていた。


 だが次第に体が切なくうずき……。


 ベッドの上で、激しく自分を慰めていたのだ。


 だが何度達しても、興奮が冷めやらない。


 むしろもっと彼が欲しくてたまらなくなる。


「早く……お兄さん……♡ 私のはじめてを……もらって……」


 真琴まことは一つの予感を覚えていた。


 薮原やぶはらは自分から今まで、真琴まことにアタックすることがなかった。


 しかし、デートを向こうから誘ってきた。


 つまり、【返事が期待できる】ということ。


「付き合ったら……もう……めちゃくちゃにイチャイチャするんだ……♡」


 キスだけじゃない。もう真琴まことの頭の中では、口に出したら恥ずかしくて死ねるレベルの妄想が繰り広げられている。


「お兄さん……♡ 好き……好き……好きぃ~……♡」


 熱っぽくつぶやき、また行為を再開する。


 結局、薮原やぶはらが帰ってくるまで、何度も繰り返した。


 そして……。


 各自思いを募らせながら、薮原やぶはらはいよいよ、真琴まこととのデートに挑むことになる。

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