24話 千冬さんによる、嫁テスト


 俺の家に、叔母の桔梗ヶ原ききょうがはら 千冬ちふゆさんが、先に帰っていた。


 同居人の真琴まこととはすでに顔を合わせているらしい。


 事情説明を求められ、俺は正直にすべてを白状した。


 真琴が俺の年下の幼なじみであること。


 男だと思って、ルームシェアを提案したこと。


 実は、女の子だったこと……。


「というわけ、です」


 俺は地面に正座している。


 千冬ちふゆさんはソファに座り、はぁ……と悩ましげに吐息をつく。


「……事情は、理解したわ。岡谷おかやさんちの娘さんだったのね」


 叔母さんも長野出身だ。


 ただ東京が大学だったので、10年前、彼女が19歳の時に長野じっかを出ている。


 真琴のことも、当然知っている。


「マコちゃん……こんなに綺麗になってたなんて……」


 真琴が6歳になるまでは、千冬ちふゆさんも俺と同じ実家に住んでいたからな。


「ひ、久しぶり……です」


 俺の隣で正座する真琴が、恐縮しながら言う。


 もう10年近くまともに合ってないから、真琴からしたら他人行儀になってしまうのは致し方ないだろう。


「そう……まあ、たっくんが変な女を家に連れ込んだわけでも、やましい心があってマコちゃんを連れ込んだわけでもないのはわかったわ」


「あ、当たり前だろ。真琴はイイ女だし、やましい気持ちはこれっぽっちも!」


「や、やぁー……それほどでもぉ~……ぬへへへ♡」


 しかし千冬ちふゆさんと真琴に接点があって良かった……。


 もしこれ、うちに来たのが赤の他人だった場合、もっと説明が面倒なことになっていただろう。


「たっくん、マコちゃん。事情はわかりました。そこで、提案があります」


「「提案?」」


 千冬ちふゆさんが言いかけた……そのときだ。


 ぐぅ~~~~~~~~……………………。


「あ、お兄さん、おなかすいたの?」


「え、俺のじゃないぞ」


「「それじゃあ……」」


 千冬ちふゆさんが、かぁ……と顔を赤くしてうつむく。


「……ご、ごめんなさい。今日、たっくんが体調万全になったかどうか、心配すぎて、食べ物が喉を通らなくって」


 どんだけ過保護なんだよこの人……。


 いやでも、余計な心配させちまったな。


「ごめん、千冬さん」

「……いいの。たっくんが元気なら、それで」


 ぐぅ~~~~~~~……………………。


「と、とりあえずっ、ぼく、料理作ってくるよ! もう出来上がってるし!」


「おまえ……寝てろって行っただろうが?」


 真琴がチロッと舌を出すも、笑って言う。


「ごめん。でもお兄さんがおなかすかせて帰ってくるって思ったら、じっとしてられなくってさ」


 てててっ、と真琴がリビングへと引っ込んでいく。


 はぁ……と千冬さんが溜息をつく。


「良い子ね、マコちゃん」

「ああ、できたやつだよ」


「…………ねえ、たっくん?」


 千冬さんが手招きする。

 彼女の隣に座ると……きゅっ、と抱きしめてきた。


「どうして、相談してくれなかったの? 年頃の男女で同居なんて、苦労がかさんだでしょう?」


「いやまさか! すっごい楽させてもらったよ」


「そう……なの?」


 真琴が来てから、掃除も洗濯も、料理も、何もかもを手伝ってもらった。


 時折、いたずらが過ぎることもある。


 けれど……。


「それ以上に、俺は真琴との暮らしが、楽しいし、一緒に居て……凄くほっとするんだよ」


 がしゃーん!


「ま、真琴!? 大丈夫か!?」

「う、うん! へ、へ、平気だよぉう!」


 心配なので様子を見に行く。


 真琴はペタン……とアヒル座りしていた。


 料理器具を落としただけみたい。良かった、皿とか割れてなくって。


「ほんと、大丈夫か?」

「だだだっ、だいじょうぶだからっ! ち、ちふゆ姉さんのとこいってて!」


「お、おう……」


 なんであんな赤くなってたんだ……?


 一方で千冬ちふゆさんは、苦虫を加味したような顔になっていた。


「ど、どうしたの……?」


「……いいえ。何でもないわ。ええ、何でもないのよ」


 ぴきぴき、と周囲が凍り付くような錯覚を起こす。


 千冬ちふゆさんは、静かにキレる。


「……良い機会だわ。試してもらおうかしら。私のたっくんに、ふさわしい女かどうかをっ」


「え、なに……?」


「なんでもないわ。どうせ……小娘の料理。たいしたことなのでしょう」


    ★


 ほどなくして、真琴の料理が完成する。


「やだこれとっても美味しいぃい……!」


 いつもあまり声を張り上げない千冬ちふゆさんが、大絶賛していた。


 今日はモツ煮だった。


「こんな……モツ煮はじめて……♡ はふはふ……とろけるぅ……♡」


「どうどうっ? 美味しいでしょ~?」


「んんぅ~……♡ おいしぃ~……♡」


 とろけた笑みを浮かべて、千冬さんが自分の体を抱く。


 スライムみたいな爆乳が、ぐんにょりと潰れて、とんでもないことになってた。


「悔しい……♡ 認めたくないのに……! でも、でも感じちゃう……♡」


 千冬ちふゆさんが悶えている一方で、真琴がお皿に料理をよそって、俺に渡す。


「はい、お兄さん♡」

「おう、ありがとな。あ、」


「はい一味♡」

「ん、さんきゅー」


 俺は真琴から一味唐辛子を受け取って、ぱぱっ、とスープに入れる。


 はっふはふ……うめえ……。


 モツが口に入れた瞬間に、溶ける……。


 安いモツは、ゴムみたいに、噛んでもまるでなくならない。


 が、これは凄い一瞬で、とけた。


「高かったんじゃないか?」

「へっへーん。特売で買ったからちょーやすいんだよー」


「ほーう、おまえ……病み上がりで出歩いたのか?」

「う゛……ごめんなさい……」


「まあいいよ。上手くて安いやつ買ってきてくれてさ。家計にも助かるよ」


「えっへっへー♡ あかりがとお兄さーん♡」


 ……そんな俺たちの様子も、千冬さんが、悔しそうに眺めている。


「……ずるい、ずるいわっ!」


「え、どうしたの、急に?」


「たっくんずるい! マコちゃんずるい! ずるいずるいわっ!」


 外ではクールな美人部長が、急に子供みたいにだだをこね出した。


「こんなのもう勝ちレースじゃないっ! 私だって……私だって……!」


 何で怒ってるのか、さっぱりだ……。


「ま、まあまあ、千冬ちふゆさん落ち着いて。ほら、モツ食べなって。一味かけるとぴりっとしてうまいよ」


「くっ……! 美味しいのが、余計に腹立たしいわ……!」


 千冬ちふゆさんが真琴のモツ煮を食べる。


 一方で真琴が、むふー、と余裕の笑みを浮かべる。


「勝った♡」


「なにに?」


「んーん♡ なんでもないよー、お兄さん♡」


 悔しそうな顔をしながら千冬さんがモツを食べる。


「認めたくない、認めたくないのにぃ~……」


    ★


 食後。


「じゃあ俺、千冬ちふゆさんを駅まで送り届けてくるから」


「ん、おっけー!」


 俺は千冬さんとともにマンションを出て、夜道を歩く。


 とぼとぼ……と彼女が重い足取りで歩いている。


「……顔よし、スタイルよし、性格良し、家事スキルMAXだなんて……」


 しょぼくれた感じで千冬ちふゆさんがつぶやく。

 

 ほんと、なんなんだろう?


「たっくん……マコちゃんと同居する件は、わかったわ。あの子も悪い子じゃないし、今の時期に家から放り出すのも、かわいそうだものね」


「そ、そっか……認めてくれるんだ」


「ええ。……もう一つ、ね。たっくん……提案があるの」


 さっき言いかけていた、提案のことだろう。

「マコちゃん……うちで、預かるわよ?」


千冬ちふゆさんの家で……?」


 こくん、と彼女がうなずく。


「年の近い、若い男女が同じ屋根の下で暮らすってことは、【そういうこと】になりかねない」


 そういうこと、つまり、男女の仲ってことだろう。


「あなたがマコちゃんに、そういうことを期待してないのなら、今日にでもうちに連れて帰ろうと思ってい【た】わ」


 過去形。

 つまり、今はもう思ってないのだろう。


「……確認よ、たっくん」


 千冬ちふゆさんが立ち止まって、俺のことを、まっすぐに見て言う。


「あなたは、岡谷おかや 真琴ちゃんのこと、異性として、好き……?」


 ……ああ、そうか。

 最初は、俺が真琴に対して、どう思ってるのか、知らなかったから。


 だから、嫌でも連れて帰ろうとしたのだ。


 でも、俺と飯を食ってるときに、真琴と俺とのやりとりを見て……察したのだろう。


 俺が、真琴を、どう思ってるか……


「ああ。好きだよ。真琴のことが。異性として」


 千冬さんはどこかつらそうな、けれど、諦めたような顔になる。


「……そう。なら、もうこれ以上とやかく言うつもりはないわ」


 ぽん、と千冬さんが俺の肩をたたく。


「たっくん、早めに、マコちゃんに告白してあげなさい」


「いや……それは……はずいし……。それに、拒否られたら、やだし……」


 好き好きオーラをダダ漏れにしてる真琴。


 だが、そうはいっても歳が結構離れてる。


 いざ付き合うとなると、年齢を気にして、俺を捨てる可能性だって……なくはない。


 千冬ちふゆさんは静かに微笑むと、首を振る。


「大丈夫、あの子は待ってるわ。あなたが心のドアを開けて、自分のことを迎え入れてくれるのを」


 千冬ちふゆさんは優しく微笑み、俺を抱擁する。


 温かく……とろけるような感触に、俺はしばらく身を委ねる。


「マコちゃん良い子だから、きっと、すぐにオッケーしてくれるわ」


「そう……かな」


「そうよ。あ、そうだ。もう来週から高校が始まるんだから、その前の土日のどっちかで、出かけてきたら?」


「で、デートじゃん、それ」


「そう。そこのデートで、決めるの。好きって」


 千冬ちふゆさんのアドバイス通りなら、真琴は俺を受け入れてくれるはずだ。


「もたもたしてると、高校が始まっちゃうわ。なんだかんだいって、日中あなたたちはそばに居られない。ひょっとしたら、高校でイケメンの彼をつくっちゃうかも」


「それは嫌だ!」


 ……思ったより、大きな声が出た。


 ああ、くそ。そこまで、俺は好きなのか……!


「なら、善は急げね」


 千冬ちふゆさんは俺のポケットから、スマホを取り出す。


「ここで、デートの約束して」

「でも……」


「早く。へたれないように」


 千冬ちふゆさんが有無を言わさないオーラを感じる。


 俺は……背中を押してもらって、通話ボタンを……押す。


「ああ、真琴……。うん。いや、まだ帰ってない。うん……突然だけど、今度の土日、渋谷いかないか? ほら、約束してただろ? え? ああ……わかった、じゃあな」


 俺は通話を切って、千冬ちふゆさんに報告しようとする。


 けれど彼女は、もうわかってますよ、みたいに微笑む。


「がんばってね、たっくん♡ 叔母さん……応援してるわ」


 千冬さんは心からの笑みを浮かべる。


 だが……なぜだろう、目もとには涙がうかんで、声が震えていた気がした……。



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