23話 先輩と後輩が修羅ってる



 俺は一日の業務を終えて、帰路につこうとした。


「せ、せんぱいっ!」


「ん? 安茂里あもりか。どうした?」


 ポメラニアンみたいにちっこい後輩、安茂里あもりひなが、俺の元へやってきた。


「あ、あのっ、こ、この後おひみゃ……お暇ですかっ?」


 安茂里が顔を真っ赤にして尋ねてくる。

 なんだか焦ってる……?


「わ、わ、わたしも暇で……そ、その。も、もも、もしよろしければその……の、飲みに行きたいです!」


 ああ、飲みの誘いか。

 だからか。


 今日はやけにチラチラと見てきたんだな。


「悪い。今日はちょっと無理だ」


 家に病人が居る状態だからな。

 早く帰って面倒を見ないといけない。


「そ、そんなぁ~……」


 安茂里がこの世の終わりみたいな顔でつぶやく。


 と、そこへ……。


貴樹たかきくーん♡」

「アンナ先輩……?」


 ロシア系美女、アンナ・塩淵しおぶちが、俺の元へニコニコしながら来る。


貴樹たかきくん! 今日暇? 約束を履行してほしいかなーって」


「約束……ああ、飲みに行くってやつ?」


「そうっ!」


「なんか急っすね。約束したのついおとといなのに」


「いやー偶然今日暇になっちゃってさー♡ 今日を逃すともうタイミングがしばらくないから、今日じゃないと絶対駄目だからさ~♡」


 ああ、だからか。

 アンナ先輩、今日ずっとこっちをチラチラ見ていたのか。


「すんません。今日はちょっと……」

「駄目です!」


 安茂里が俺とアンナ先輩の間に、割って入る。

 

 両手を広げて、守るような体勢。


「せ、せ、せんぱいはわ、わたしがお誘いしたんです! 先に! でも用事があるって断ったんです!」


「ふーん……」


 アンナ先輩が安茂里を見下ろす。


 先輩の方が背が、かなり高い。

 一方で安茂里は、結構身長が低い。


 結果、大人と子供みたいな身長差になっている。


「ひなちゃん……つまり【そういうこと】?」


「うっ。そ、そういうアンナせんぱいこそっ、【そーゆーこと】なんですかっ?」


「ええ、そういうこと♡」

「ぐ……わ、私だってそういうこと、です!」


 どういうことだってばよ(困惑)。


 アンナ先輩は余裕の表情を崩さず、しかし、どこか怒ってるかのような。


 一方で安茂里は、感情がそのまま顔に出てる。


 きゃんきゃんっ、てポメラニアンが吠えてるみたい。かわいい。


「よくわからんが、俺は用事があるんで、このまま帰ります」


「「じゃあ、駅まで一緒に行きましょう!」」


 ええー……。


 まあ、どっちにしろ駅に行かないといけないから、いいか。


「アンナさーん!」「おれとに飲みにいきませんか!」「いっしょにどっすか!」


 男性社員達が、どやどやと押しかけてくる。

 どうやら先輩を誘っての飲み会を企画しているのだろう。


「ごめーん♡ 今日はちょっと大事な用事があるんだー♡」


「「「そ、そんな……!」」」


 男性社員たちも、さっきの安茂里と同じような絶望フェイスになる。


「ひなちゃんどうっ?」「おれたちと飲み会いかない?」「ひなちゃんファンも結構居るんだよ!」


 今度は安茂里が誘われている。


 安茂里は俺と男どもを見比べて、ぺこっと頭を下げる。


「ごめんなさい! 無理です!」


「「「そ、そんなぁ~……!」」」


 男達がその場に崩れ落ちて、おいおいと泣き出す。


「社内一のマドンナとアイドルにっ、フラれたっ!」「ちくしょう! 今日はやけ酒だ!」「野郎ども! いくぞ!」


 俺は恐る恐る手を上げる。


「あ、あのぉ~……俺、誘われてないんだけど……」


「「「おまえは●ね!」」」


 ひ、ひどい……!


 俺だって同じ会社の、仲間なのに……。

 しょぼん……。


「さー居酒屋いこうぜー」

「ダメ元で部長さそってみる?」


「あの人仕事を終わったらそっこーで帰ったぜ?」

「火急の用事でもあったんじゃね?」


 千冬ちふゆさん先帰ったんだ……。


「はいはい、いつまでも入り口でたむろしないで、みんな、かいさーん♡」


「「「はーい! アンナさーん! さよーならー!」」」


 男達がデレデレとした顔で言う。

 先輩保母さんとか似合いそう……。


 俺は駅に向かって歩き出す。


「じゃ、帰ろっか♡」

「いきましょう、せんぱい!」


 後ろから追い越してきて、彼女たちが並ぶ。


 右にアンナ先輩、左に安茂里という布陣。


 え、え、なにこれ?


 がしっ、としっかり腕を組んでいる。


「「「なにぃいいいいいいい!?」」」


 男性社員達が、俺を見て愕然とした表情を浮かべる。


「や、薮原やぶはらぁ……!」「てめえ……!」「明日おめえーの席ねえからなぁ……!」


 ……後ろから恐ろしい殺意を感じる。


 怖い、明日会社行きたくない……。


 俺たち三人は、横一列で歩き、駅へと向かう。


「あ、あのっ! 三人並ぶのは、良くないと思いますっ」


 先に声を上げたのは安茂里だった。


「横一列だと、歩くのに邪魔かと!」

「そうね~♡ じゃあひなちゃんは前を歩こうか~♡」


「嫌ですっ! せんぱいが前に行ってどうぞ!」

「それは無理かな~。貴樹たかきくんの隣が、ほら、私のポジションだし?」


「そんなこというならっ、わたしだって隣がいいです!」


 俺を挟んで、なんか二人が言い合いしてる……?


 え、けんか?

 こんなに仲悪かったっけ、この人ら……?


「せ、せんぱい……あの、さっきの用事って、もしかしてアンナせんぱいと飲みに行くからですかっ?」


 安茂里が真剣な表情で俺に尋ねてくる。


「え?」「そーよ♡」「やっぱり……!」


 いやいや、何言ってるんだこの人!?


「いや、ちが……」

貴樹たかきくんがどーーーーーーしてもっ、わたしにお酒をおごりたいっていうから~」


「どうしても!?」


 あわわ……と安茂里が慌てる。

 一方でアンナ先輩が胸を……そのおっきなおっぱいを、ぷるんと張る。


「ホテルまで予約しちゃった♡」

「ほ、ほほほー、ほてるーーーー!?」


 安茂里が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「アンナ先輩、すんません。せっかくですけど今日は用事があるんで」


 家で真琴が待ってるからな。


「ほらー! 嘘じゃないですかー!」


 しゃーっ、と安茂里が威嚇する。

 なんかほんと小型犬っぽいな。


「どうして嘘つくんですかー!?」

「もちろん、けん制♡」


 けん制?


「安茂里ちゃんほら、かわいいからいじめたくなるのよね~」

「ひどいです!」


「先輩命令よ。一人で帰りなさい♡」

「横暴です! ハラスメントです!」


 楽しそうなのは良いことだ。


 けどねお二人さん……。


「すげえ……美女と美少女」「……なんだ真ん中のあいつ」「……あんな美人ふたりも連れて」「……両手に花か?」「……●ね」


 ああ、視線が……視線が痛いっす……。


 そうこうしてると、駅に到着。


 ほっ。良かった……これで一段落だ。


「じゃ、じゃあ俺……JRなんで」


「「奇遇ですね、わたしもです」」


 改札を抜けても、アンナ先輩たちがくっついてくる。


「ドコまでついてくるんですかっ、せんぱい!」


「ん~? そっちこそ、ドコまでついてくるの、ひなちゃん?」


「アンナせんぱいが、せんぱいから離れたです!」


「こっちこそひなちゃんが貴樹たかきくんから離れるまでは、降りれないかな~」


 なんでだよ……。


 俺たちはJRに乗る。


 帰宅ラッシュと言うことで、結構混んでいた。


 俺たちは窓側へと追いやられる。


 ふにゅん♡


「え、ちょ、アンナせんぱい!?」

「あー、ごめーん。人が多くてさー、おされちゃーう」


 アンナ先輩がその大きな胸を、俺の体に押しつけてくる!


 ぐにゅっ♡


「安茂里!?」

「せんぱいごめんなさい! 混でるんで! 仕方なくです!」


 アンナ先輩は肩の辺りに、安茂里は腰のあたりに、それぞれ胸を押し当ててくる!


 4つの大きなおっぱいに押しつぶされそうだ……!


「アンナせんぱい! ちょっと横にずれれば、せんぱいが苦しまずにすみます! どいてください!」


「ひなちゃん♡ あっちに空いてる席があるよ~? 小学生くらいなら座れそうだから、座ってくれば♡」


「暗に小学生って馬鹿にしてますよね!?」


「ストレートに馬鹿に言ってるんだよ~♡」


「戦争です! コンプラ委員会に訴えてます!」


 きゃんきゃんきゃん、とポメラニアンこと安茂里が吠える。


 サモエド(白くてでっかい犬)のごとき態度で、アンナ先輩が悠然と、しかし威圧していく。


「ふ、二人とも……電車の中だからほら、落ち着いて……」


 きっ、と安茂里が俺をにらみつけてくる。


「そ、そもそもっ。せんぱいがはっきりしないのが悪いと思います!」


「え、俺? 何か悪いことした?」


 アンナ先輩が笑顔でうなずく。


貴樹たかきくんがはっきりと、このうるさい子犬を邪魔って言ってくれればいいの♡」


「うるさい子犬ってなんですかっ!」


 嫌別に邪魔でもないし……はっきりしないもなにも、俺は最初に今日は帰るって伝えた気がするんだけど……。


 はぁ……しかも、周りからの視線が、痛い。

 ほどなくして、電車が最寄り駅に近づいてきた。


「あ、あの……! 俺、次の駅で降りるんで」


 ふたりが口論をやめる。


「そっか♡ お疲れ貴樹たかきくん。じゃあ明日、ホテルね?」


「え? でも先輩明日は無理って……」


「せんぱい! 明日こそ飲みにいきましょう! 良いお店、予約しておくんで!」


 バチバチ……とアンナ先輩と安茂里の視線がぶつかり合う。


「「邪魔なんですけど?」」


「お、俺降りますね!」


 電車がついて、ぷしゅーっと開く音が……。

 天使がラッパを吹いた音に聞こえてた。



 俺はそそくさとその場から離れる。


 ふぅー……助かった~……。


「はぁ……今日はなんか疲れた……。なんだってあんな言いあらそうんだ……?」


 俺は用事があるって断ったって言うのに……。


「まあ、いいか。帰ろう……真琴が待ってる」


 俺はまっすぐに自宅へと向かう。


 家では真琴が待っている。

 彼女と馬鹿話をして、今日の疲れを癒やそう……。


 マンションへと到着し、ドアを開ける……。


「おかりなさい、たっくん」


「OH……」


 ……千冬ちふゆさんが、待っていらした。


 え、え、や、やばい!?


 ま、ま、真琴の存在が、ばれた!?


「ど、どうしたんだよ……千冬ちふゆさん?」


「あなたが風邪開けで、大変かなって、家事をしにきたのだけど……」


 ごごご……と千冬ちふゆさんの体から、怒りのオーラが!


 これは、ばれてる!


「とりあえず……話、聞かせてちょうだい?」


「あ、はい……」


 ……そういえば天使のラッパって、終末をもたらすものだったね……。

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