12話 嫁とバスケ、と初めてのキス



 仕事を終えて、家に帰る。


 3月下旬。19時前。


 まだまだ肌寒く、そして周囲は薄暗い。


 帰路につく途中で……。


 突如、周囲が真っ暗になった。


 うぉ……! な、なんだっ! 急に!


 ふにゅん♡


「だーれだっ♡」


「こ、この声は……真琴まこと!」

 

 ぱっ……と視界が開ける。


 後ろを向くと……真琴がいた。


 黒い髪をポニーテールにして、ジャージ姿。


「ぶっぶー♡ はっずれ~」


 実に楽しそうに、真琴が笑う。


「いや、あってるだろ」

「正解はあなたの新妻でした~♡」


 どうやら俺は、歩いている途中で、後ろから真琴にだーれだをやられたみたいだ。


 ……せ、背中に、ほんのりと温かい、柔らかい感触があったな。


 け、結構胸あるな……。

 あ、あとなんか……異常に柔らかかったような……。


「お兄さんお兄さん」


 ちょんちょん、と真琴が俺の肩をつつく。


「なんだよ?」

「マコちゃん……ノーブラですぜ♡」


「なっ!?」


 ば、馬鹿な!? ノーブラで家の外をうろついていたのか!?


 え、じゃあ……生乳当てられてたのかよ!


 どうりで……うわああああ!


「ぷっ……くすくす♡ うっそーん。スポーツブラしてまーす」


 真琴がジャージをめくって、俺に白いおなかを見せる。


 ちらっ、とスポーツブラに包まれた下乳が……って、違う違う!


「ばっかおまえ! 外でなんつーことしてんだよ! 隠せ!」


 俺は真琴の服をつかんで、ずり下げる。


「えー、誰も見てないじゃん」

「だとしてもお外で脱ぐのはNGなの!」


 どこかの男にに見られたらどうするんだよ! ったく。


「ははーん、嫁さんをほかの男に、エッチな目で見て欲しくないんだなぁ?」


「そーだよ!」

「え?」


「あ、ちが……違う! 今のはノーカン!」


 ふにゃ~♡ と真琴がうれしそうに笑う。


「そっかそっか♡ お兄さんはお嫁さんの裸を、独り占めにしたいんだ~。ふーん♡」


「いや違うって、嫁じゃないって、裸も別に……」


「見たく、ないの~?」


 ……反射で見たいって、言いかけてぐっと我慢する。

 

 俺だって男だし? 性欲だってあるよ!


 真琴は……もう、そりゃあ……びっくりするくらい、エッチな体をしている。


 みたい! けど……そんなこと、言えるわけがない。


 弟分だったこともあって、なおのことな。


「と、ところで……おまえ、こんな時間に何してたんだ?」


「話題そらしがへったくそ~♡」


 くっそ……! ばれてやがる。


「冗談はさておき……自主練だよ」

「自主練?」


「そう。バスケの」


 真琴の手には、こんもり膨らんだボール袋があった。


「都会すごいね、バスケできる公園あるよ!」


「ああ、駅からちょっと行ったとこの公園行ってたのか」


「そーそー。家にいてもつまんないからね、体動かしてたんだー」


 真琴はバスケの名門校【アルピコ学園】に、4月から入学する。


 バスケをしに田舎から出てきたのだ。


「あっ、そーだっ! お兄さんっ、バスケしよー?」


「え? この時間からか?」


「まだ19時じゃん! 照明もあったし、久しぶりに手合わせお願いっ」


 まあ……いっか。

 家に帰っても、飯食って風呂入るくらいで、ほかにやることもないし。


「いいぞ。じゃあいくか」

「おー!」


    ★


 俺たちは駅近くの、バスケットゴールの公園へとやってきたのだが……。


 数十分後……。


「ぜえ……! はぁ……! ぜえ……! はぁ……!」


 俺はコートに横たわり、大汗をかいていた。


「お兄さん……」


 真琴が気まずそうな表情で、俺を見下ろしている。


「その……運動不足、過ぎない?」


「……返す、言葉も、ございません……」


 田舎にいた頃は、もっと動けていたはず……。

 

 真琴と1対1やったのだが、まー……散々な結果だった。


 ぼろ負けもぼろ負け。


「つーか……おまえ、強くなりすぎじゃない?」


「そう?」


 たんたん、と真琴がバスケットボールをたたく。


 しゃがみ込むと、シュッ……とボールをシュートする。


 ボールは美しい弧を描いて、ゴールに吸い込まれていった。


 ……本当に、きれいなシュート、シュートフォームだった。


 ボールがリングの網をくぐるとき、全く音がしなかった。


 しかもここは、3ポイントラインの、遙か後方。


「天才バスケ少女だったか……」


「やー、どーもどーも♡」


 ぬへへっ、と真琴がだらしのない笑みを浮かべる。


 俺は半身を起こす。


 真琴は落ちてるボールを回収。


「お兄さん見てて見てて~!」


「ああ、見てるよ」


 真琴は子供のようにはしゃぐ……。


 しかし一瞬で表情が切り替わる。

 彼女は体を鎮めると、すさまじい早さでドリブルをする。


 からの、ジャンプショット。


 バシュッ……!


「おおー! すげえドライブ! シュートもめっちゃはええ!」


「えへへっ! へへ~ん。どうだぁ! すごいでしょー!」


「ああ、ほんと、たいしたもんだ」


 真琴が体を震わせて、笑顔になる。


「お兄さん見ててっ! もっと凄いことできるんだぼくー!」


 どうやら俺に褒められて得意になったのか、真琴がボールを持ってリングから離れる。


「シッ……!」


 さっきよりも早く、真琴がドリブルする。


 そして……。


 たんっ……!


「……………………すげ」


 真琴は、飛んでいた。


 跳んだ、のではない。


 本当に、翼が生えてるんじゃないかってくらい、尋常じゃない高さを跳ぶ。


 そして……ボールを両手で持つ。


「おまえ……まさか……」


 がしゃんっ!


「マジかよ……ダンク決めやがった……」


 ダンクシュート。

 スラムダンクとかで有名なやつだ。


 ボールを持ったまま、リングに直接、たたき込む技。


 高校生の試合では、めったに見ない。

 プロでも、できるやつは少ない。


 しかも真琴は女だ。

 筋力は男にかなり劣る。


 そんな彼女が、恐ろしい高さジャンプして、リングにボールをたたき込んだのだ。


「すげええっ! 真琴! すげえよおまえっ!」


「ふははー! これがマコちゃんの実力なのだっ!」


 真琴は大輪の花が咲いたように笑う。


 うれしいんだろうな、俺に、技術を自慢できて……。


「おりまーっす……って、きゃっ!」


 そのときだ。


 真琴の手が、ずる……とリングから滑る。


「真琴!」


 真琴が結構な高さから落下しかける。


 俺は急いで彼女の元へ行き……。


 ドサッ……!


「あいたた……って、あれ? 痛くない……」


「そ、そうか……よかったな……」


「! お兄さんっ! そ、それ……お姫様だっこ、じゃん……」


 急いで彼女のもとへかけつけ、地面に落ちる前にキャッチできたのだ。


 良かった、怪我がなくて。


「あ、あり、がと……」


 俺の腕の中で、真琴が借りてきた猫みたいに大人しくなる。


「結構勢いあったけど、大丈夫?」

「おうよ。大丈夫だ……重いからもうおろすな」


 真琴を床に下ろす。

 彼女は沈んだ調子で、謝ってくる。


「ごめんなさい、調子乗りすぎたよ……下手したら、お兄さんにまで怪我させるとこだったし」


 真琴がしゅんっ……と落ち込んでいる。


 ああ、なんか懐かしいな……。


 こいつ結構いたずらしてくるんだけど、今みたいに、俺がけがすることもままある。


 そのとき……こいつは素直に謝るのだ。


 見た目は変わっても、中身は……あの頃のままなんだな。


 っと、そうだ。

 ちゃんと言ってやらないと。


「気にすんな」


 ぽんっ、と俺は真琴の頭に手を乗せる。


「弟が怪我しないように守るのは、兄貴の勤めだからよ」


 まあ、弟じゃなかったんだが。

 それでも、真琴は俺の、大事な弟分には他ならない。


「お兄さん……」


「怪我なくてよかったよ。こんなに凄いバスケの才能があるんだからさ」


 真琴は、じわ……と目に涙をためる。


 俺の胸の中に飛び込んでくると……。


 ちゅっ……♡


「え……?」


 真琴が、キスをした。

 それは、今朝と同じ……じゃない。


 俺の、唇に……。


 彼女が……キスをしたんだ。


「え……? え……。ええ!?」


 な、なんで!? 何でキスなんで!?


「ありがとう……お兄さん」


 彼女は、目を細めて……美しい笑みを浮かべて言う。


「大好きだよ、私……お兄さんのこと。今も昔も、ずっと……」


 真琴の顔は、真っ赤だった。


 俺も……たぶん、同じ感じだったと思う。

 

 頬が赤くて、呼吸が荒くなり、心臓が……ドキドキとうるさいくらいだった。


「~~~~~~! そ、それじゃっ!」


「あ、おい!」


 真琴は頭から湯気を出してるんじゃないかってくらい、顔を真っ赤にしていた。


 凄いきれいなフォームで、真琴が走り去っていった。


「なんなんだよ……今の……」


 急に真琴がキスをしてきた理由は、わからない。


 ただ……。


 あの子の唇の、熱さと甘さが……。


 俺の唇に、ずっと残っていた気がした……。

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