10話 出勤前に嫁とイチャイチャ



 日曜日を満喫して、翌日。


 俺はスンナリと、目を覚ませた。


「…………」


 いつもは起きただけで気分が重く、ベッドに二度寝するのだが……。


 不思議と体が軽く、頭もしゃっきりしている。


 普段より熟睡できた気がする……なんでだろうか……。


「って、真琴まこと……? あれ、いない……」


 昨日なりゆきで一緒に寝ることになった、年下幼なじみの姿が見えない。


 俺はベッドを降りてリビングへ行く。


「あ、お兄さんおっはよー♡」


 キッチンには、当然のように真琴が立って、朝ご飯を作っていた。


 じゅうじゅう……とベーコンの焼ける良い香りが食欲を誘う。


「もーちょいで朝ご飯できるから、ひげでも剃って待っててね~」


「あ、ああ……ありがとうな」


「いえいえ♡ これも妻の勤めですからっ♡ きゃー♡」


 実にうれしそうに悲鳴を上げて、真琴が料理を作る。


 申し訳なさを感じつつも……。


 真琴の美味い飯を食べたいと、体が訴えるのだ。


 俺の作る男飯より、数万倍美味いからな、真琴の飯は……。


「いかん……体が、徐々に真琴に浸食されてる……」


 俺は洗面所でひげを剃りながら言う。


 いや、まだだ……まだ俺は墜ちたりしない……!


 ひげを剃り終えて戻ると、テーブルの上には、できたての温かい食事がおいてあった。


 ぐぅうう~……。


 あ、あかん……からだが、もう真琴の飯を食いたくて仕方ないって、泣いてらっしゃる……!


 おいチョロすぎないか、俺の体よ!?


「おっまたせー♡ じゃ朝ご飯……の、前に~♡」


 真琴が駆け足で俺の元へやってくる。


「な、何する気?」


 ちゅっ♡


「うひゃあ……!」


「こーする気♡ おはよーの……キッス♡」


 こ、こいつぅ……!

 不意打ちで俺の頬に、キスしてきやがった!

 

 や、柔らけえ……なんか、スライムとか、ゼリーとかの感触……これが、JKの唇……って、何を考えてる俺よ!


「ひげそりジェルの味がする~」


「そ、そりゃさっきまでひげそってたんだから……って、なんですか?」


 真琴が自分の頬を突き出し、指でちょんちょん、と指す。


「ちゅーのお返しギフトはぁ~?」


「当店ではちゅーのお返しギフトは取り扱っておりません」


「ちっ……しけたお店だなぁ。ネットで悪口書いてやる~」


「はいはい」


 俺は真琴の頭をわしゃわしゃっ、となでる。

 チューのお返しギフトは無理だが、これくらいはな。


 朝飯作ってもらったし。


「これでいい?」

「んー♡ ま、ゆるそーかねっ♡」


 俺たちは食卓を囲って、朝食を食べる。


 誰かと朝飯を食うの……久しぶりすぎて泣けてきそうだ。


 真琴は俺がケチャップを卵焼きにかけようとすると、何も言わずに手渡してくる。


 トーストにバターを塗ろうとすると、何も言わずにバターとバターナイフを渡してくる。


「なんでわかるの?」

「夫婦ですから♡」


「いや違いますから」

「長年連れ添った奥さんですからねー、ぼく。お兄さんの欲しいものくらいわかりますよ」


「幼なじみ。ノット奥さん」

「未来の奥さんなんだから実質奥さんだよっ♡」


 ほどなくして、朝食を取り終わる。


 真琴がコーヒーを凄いナイスタイミングで出してくる。


 ミルクの量も砂糖の量も、もう……好みです、すっごく……。


「あかん……快適すぎる……」


 コーヒーを入れるのって結構面倒だからな。お湯わかすのとか、だるい。


「ところでお兄さん、朝からこんなのんびりしてて良いの?」


「はっ!? し、しまった! 会社に遅刻……って、あれ? 全然余裕」


 なんと今まだ7時前だった。


 ということは、俺は携帯のアラームより前に起きてたんだな……。


「もともと早めに起こそうとしたらお兄さん自分で起きたからね。あ、アラームなってたから止めといたよ。はい、スマホ」


「あ、ありがとう……」


 どこまでできた嫁なんだ……いや! 

 嫁じゃない! 嫁じゃない! 嫁じゃない(重要)。


 いかん……体が、真琴にどんどんとだめにされてる……。


「ところでお兄さん会社って何で行ってるの?」


「電車だよ」


「ふーん、そっか♡ じゃあ毎朝一緒に通勤通学できるねっ♡」


 真琴が4月から通うことになる、アルピコ学園は、電車を使っていけば結構すぐにつく。


「別に一緒じゃなくて良いだろ」

「一緒が良いのー!」


「何で一緒に行くのにこだわるんだ?」

「はーもー……お兄さんは乙女心が理解できてないなぁ」


「すみませんね、わかってたら婚約者に振られてなかったよ」


「それなー」


「「あはははっ」」


 ……って、あれ?


 俺……結構普通に、笑えてる?


 てゆーか、俺、自分から、かすみに振られたことをネタにしてなかったか……?


 でも、全然、つらくなかった……


 ……これが、真琴パワー、なのか……。


「今日はまだ春休みだから一緒にいけないけど、代わりに……はいこれ♡」


 真琴がテーブルの上に乗っている、包みを俺に渡してくる。


「こ、これは……?」

「ふっふーん。それはねぇ……高性能ダイナマイトだよ!」


「マジかよ」

「まあ嘘です」

「嘘かよ」


 それはほんのり暖かさを有した、お弁当箱のようであった。


「お兄さんにお弁当作ったんだ」

「いいのか、これ、もらって……?」


「もっちろん!」


 真琴が笑顔でうなずく。

 まったく、本当にできた嫁だ……。

 

「いや、嫁じゃない!」

「まったく、ほんとにできた嫁だなぁ~」


「心の中を代弁しない!」

「え?」


「あ、いや……ちが……」


 にぃ~……と真琴がうれしそうに笑う。


「ふふふっ♡ へへへっ♡ うへへへっ♡ ふへぇ~♡」


 これ以上ないってくらい、とろとろにとろけた笑顔で、真琴が言う。


「もう今のセリフだけで、早起きしたかいがあったよぉ~♡」


「あ、あそう……あ、あのな……さっきのはつい口が滑っただけで……無意識で」


「うんうん、そっかー。無意識下では、ぼくのこと嫁さんだと思っててくれてるんだ~♡」


 くっ……! 何か言えば全部裏目に出そうで怖い!


「お、俺はもう会社いくぞ。おまえは留守番頼むな」


「おっす! 了解!」


 俺は立ち上がって、財布とかを身につける。


「あ、そうだ真琴」


 俺はキーケースからスペアキーをとって、真琴に放り投げる。


 ぱしっ、と受け取る真琴。


「予備の鍵。おまえにあずけておくよ」


「うんっ! わかった! ぬへー♡」

 

 締まりのない顔になって、鍵を頬ずりする。


「合鍵なんて……奥さんみたい~♡」

「もう何でも奥さんにこじつけるな……」


 俺は玄関まで行くと、後ろから真琴がちょこちょこと、カルガモみたいについてくる。


「じゃあね、お兄さん。いってらっしゃい」


「…………」


 こう、奥さんなら、いってきますのチューとかしてくるシチュエーションだよな……。


「ん~? なにかなぁ、そーんなものほしそーな顔してぇ?」


「なんでもねえよ。じゃ、いってくる」


「あ、お兄さん。忘れ物あるよ」


 え、なにか忘れてたっけ……。


 ちゅっ♡


「んなっ!」


 今度は、逆側の頬に、キスをしてきたっ!


「おはようからおやすみまで、新妻マコちゃんのチューがお送りします♡」


 ああ……くそ……こんなの、不意打ちすぎる……。


 くそっ……頬が熱い……!


「いってら~」

「ああ、いってくるよ」


 俺はその場から逃げるように、玄関を出て行く。


 こんな顔……見られたら、あいつにまたなんて言われるか……。


 ったく、いたずら好きなやつだなあいつは……。


「さて……仕事いくかぁ」


 会社への足取りは、いつだって重い。


 でも今日は……最高に、軽かった。


 まるで、空でも飛べるかもってくらいには。

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