第157話 ヨハン出撃
8月6日金曜日の夜。
ピエールに呼び出されたヨハンは第二層、城塞都市の隅にある、寂れたバーのような場所にやってきた。
中に入ると、バーテンNPCが出迎えてくれ、中に案内される。店員NPCがドアに鍵をかけるのを横目で見つめながら中に進むと、真面目な顔をしたピエールが居た。
四人がけの席、ヨハンはピエールの横に腰掛けると、目の前に居た人物に軽く会釈をした。
「本日はわざわざお越し頂き、ありがとうございます」
頭を下げたその女性の名は【キツツキ】。Lvは20と表示されている、OL風の女性だった。年齢はヨハンと同じくらいだろうか。
「いえいえ。ところで、ゲームマスターさんというのは、本当なんでしょうか?」
そう。【キツツキ】の中に入っているのはGOOのプロジェクトリーダー羽月である。
先ほどの出来事がどうしても許せなかった羽月は、テストプレイ用のアカウントを使用しGOOにログイン。まずタッグトーナメント企画者のピエールに連絡をとり事情を説明。
その後、ピエールを通じてヨハンへコンタクトをとったのだ。
すべての事情を聞いたヨハンは、困惑気味に訪ねる。
「ええと、それで私に何を?」
他者のゴタゴタというは、聞いていて気持ちの良いものではない。ヨハンは感じた不愉快さを極力顔に出さないようにしながら、キツツキに尋ねる。
「はい。ヨハンさんには是非、タッグデュエルトーナメントに出場して欲しいのです。そして、スタープレイヤーたちを倒して欲しい。彼らの中から優勝者が出るのを、阻止して欲しいのです」
キツツキは力強く言った。
自分が作ったゲームを楽しんでいるプレイヤーたちが、愛のないプレイヤーたちに、一方的に蹂躙されてしまうのを見たくないらしい。
だから、キツツキがこのゲームで最も強いと思っているプレイヤー、ヨハンにコンタクトを取ったのだ。
GOOを遊んでもいない。愛してもいないプレイヤーが最強設定キャラで暴れ回れば、殆どのプレイヤーは傷つき、そしてやる気を失ってしまうだろう。
例えプロデューサーの独断と偏見による凶行だったとしても、プレイヤーサイドから見れば、それは運営の意思で行われたということになってしまう。
そこから生まれる不信感は計り知れない。
普段から安くない金額を払い、貴重な時間を割いて遊んでくれているプレイヤーの気持ちを踏みにじり、晒すような真似は、絶対にしたくなかった。
だから、せめて彼らが優勝するのだけは、阻止したかった。
愛なきプレイヤーに、最強は名乗らせたくないのだ。
「本来ならこんなこと、禁じ手中の禁じ手なんです。ですが立場上、私はPには逆らえません。ですからせめてもの反撃をと思い……」
ヨハンと同い年であるキツツキは、楽しみながらも活躍するヨハンに、どこか感情移入していた。運営という立場ながら、彼女はヨハンのファンになっていたのだ。
「普通に楽しんでくれているヨハンさんにこのようなお願い、本当に失礼だと承知しております。ですが……どうか」
キツツキの必死の訴えに、ピエールが頷く。
「確かに芸能人が特別アカウントで無双なんてやれば、不満を訴える層も出てくるだろう。だが逆に考えよう。我が魔王がそいつらを虐殺すれば、それは楽しいショーになる」
「虐殺なんてしないわよ!?」
そこは否定するヨハン。
「えっと、キツツキさん。そのアカウントを弱くする……てことはできないのかしら?」
「それは……流石にPも気づくと思います。彼は愚かですが、馬鹿ではないので」
「ふむ」
最初こそ趣味であるゲームに水を差された腹立たしさもあったヨハンだったが、だんだんと目の前の女性に同情を感じてきた。
彼女が感じているような憤りや悔しさ、無力感。それはヨハンも長い社会人生活で感じたことがある。
それに、キツツキとピエールの言うことを総括すれば、これはGOOの危機に他ならない。
ヨハンは今までGOOで出会ってきた人たちを思い浮かべる。
最強を目指し日々努力と研鑽を重ねるゼッカのこと。
最強のギルドを目指し自分さえ押し殺して皆をまとめてきたギルティアのこと。
理不尽な仕様変更により仲間を失い、深い悲しみを抱えてたコンのこと。
何度倒されようと挑んでくる謎の集団のこと。
彼女たちがこの話を聞いたらどう思うか。それを考えて……。
「わかりました。この話、受けようと思います」
ヨハンはタッグデュエルトーナメントへの出場を決めた。キツツキは一瞬歓喜し、そしてすぐに申し訳なさそうな表情をつくる。
「本当に……ありがとうございます……」
巻き込んだことに対して、罪悪感を感じたのだろう。それを読み取ったヨハンとピエール。
「まぁ我が魔王のことだ心配はいらない。寧ろ大丈夫か? レベル100で足りるか? もっと盛っておいた方がよいのではないか?」
「やめて。本当にやめてピエールさん」
「まっ、心配はいらないさ。そのスターとやらを倒し、Pの鼻を明かしてやろうじゃないか」
ヨハン以上に乗り気のピエール。上の立場の人間への反逆という部分が琴線に触れたのだろうか。来たときよりもテンションが高い。
「立場上、お礼もバックアップもできません。ですが……せめてと思い、今日はこれをお持ちしました」
キツツキはストレージから、ひとつのアイテムを取り出す。それは、七色に輝く卵型玩具の形をした召喚石。
「これは……もしかして」
「ええそうです。来月9月に行われる予定のコラボイベント【バーチャルモンスターズV2】、そのトップアイテムである【セブンスエンペラードラゴン】の召喚石です」
「く、九月!? 九月にやるの!? どどどどうやら噂は本当だったようねっ」
「落ち着け我が魔王。で、これをどうしろと?」
「どうか使って下さい。無論トーナメントで召喚はしないほうがいいですが、【暗黒の遺伝子】でスキルを借りる分には問題ないかと」
スキルは三つとも解放済みですので。そう言いながら、セブンスエンペラードラゴンの召喚石をヨハンに手渡そうとするキツツキ。
「いいえ。それは貰えません」
だが、それをヨハンは断った。
「な、何故ですか? こんな失礼なお願いをしているのですから、せめてこのくらいはさせてください!」
バチモンを愛するヨハンなら、てっきり喜んで受け取ってくれるだろう。そう思って持ってきただけに、困惑するキツツキ。
「駄目ですよ。それを私が受け取ったら……貴方も、貴方が嫌いなPと一緒になってしまいますから」
「……っ!?」
キツツキが自らの口元を覆う。そして、涙が零れるのを我慢するように俯いた。そんなキツツキを安心させるように、ヨハンは優しい声色で言った。
「それにね。スタープレイヤーに一方的に負けてやる気がなくなって、プレイヤーが居なくなってしまうって話ですけど、私はそうは思いません」
ヨハンの脳裏に、これまでのことが思い浮かぶ。
棚からぼた餅で最強クラスの装備を手に入れた自分に一方的に倒されても。それでも腐ることなく、持てる力すべてを駆使して挑んできた、数々の強敵たち。
そんな不屈のライバルたちに、ヨハンは何度も苦しめられてきた。
「だから悲観しなくてもいいと思います。気を強く持って下さい。貴方が作ってくれたゲームのプレイヤーは、そんなに弱くないと思います」
「ありがとう……ありがとう……ございます」
そして。
キツツキが落ち着くのをしばらく待ってから、ピエールが口を開いた。
「さて出場するのが決定したところで我が魔王。ひとつ疑問なのだが……」
「何?」
「タッグパートナーの目星はついているのか?」
「ええ、大丈夫よ。お願いする人は……もう決まっているわ」
ヨハンは、力強く立ち上がる。
「今からお願いに行きましょう」
【後書き】
ヨハンさんのタッグパートナーは果たして誰になるのか、予想してお待ちください!
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