第156話 権力と陰謀と
日本のエンタメを支配する大企業、神永エンタープライズが所有する高層ビル、その名も神永タワー。
ヨハンたちが楽しむGOOの運営は、そのビルの狭い一室で行われていた。
普段はPCの駆動音とキーボードのタイプ音のみが響き渡るオフィスだが、休憩中なのか、社員の雑談が行われていた。
「企画も出そろったし、夏祭りも楽しくなりそうよね」
GOOのプロジェクトリーダーである女性、羽月はコーヒーを片手に一息ついた。横に座る部下、赤間は相づちを打つ。
「一時はどうなるかと思いましたけど……最近は人が増えてきてやりがいがあるっすよねー」
「世界観とかないからね。こんなんで人が集まるのか不安だったけど。なんとかなるものよね」
GOOは様々なゲームやアニメ、企業とコラボイベントを行っていくことが前提で開発されたゲームである。だから、GOO自体の物語はとても弱い。明確に主人公が居るわけでもなければ、倒すべき敵がいるわけでもない。
だが『ひとりひとりに特別な冒険を』をコンセプトに一年半。がむしゃらに突っ走ってきた羽月は、楽しそうに夏祭りの準備を行うプレイヤーを見て、目を細める。
そこにはわずかな達成感と、自分がこの世界を作ったのだという満足感、そしてそれを楽しんでくれるユーザーが集まってくれたことに対する、純粋な嬉しさがあった。
「何度も失敗がありましたけど、ようやく安定してきたって感じっすね」
「そうね。でも、ここで気を抜いちゃ駄目よ」
「わかってるっす」
さて休憩もそろそろ終わりにしようかといった時。シュインと音がして、自動ドアが開かれた。
「ハァイ社畜ちゃんたち~! 権力の出勤よ~!」
その声にギョッとして振り返る羽月と赤間。
部屋にドスドスと入ってくるのは、金髪色黒の、筋肉質な中年の男だった。
そう。元・プロデューサーである。
GOO立ち上げメンバーの一人で【召喚師弱体化事件】の後、しばらく連絡が取れなくなっていた人物である。
騒ぎが収まった頃に別のプロジェクトへ移ったと聞き安心していた羽月の額には、自然と嫌な汗が浮かぶ。
(何で……なんで今さらこの人がここに? 嫌な予感がするわね)
「チョットも~。頼れる上司と久々の再会でしょ~? もうちょっと喜びなさぁい」
「あ、すいませんっす。いやー江良P栄転したって聞いてたんで、驚いちゃって」
若手の赤間が愛想良く江良を持ちあげつつ、探りを入れた。
「そうなのよ~。ほらアレ。あちしあの後【ギンガ・ドリル・オンライン】のプロデューサーやってたのよ。知ってるでしょGDO」
「えー凄いっすねGDOっすか!?」
「いや、待って。あれって確かこの前に大炎上して」
「そうなのよ~ゴミみたいな悪質ユーザーに粘着アンチされちゃってねぇ? 来月サ終になったのよ」
GDO。GOOとは違い、ガチャによって自分を強化していくゲームである。だが、ピックアップされていたはずの人権武器が当たらないと騒ぎになり、実際に当たらない設定になっていたことが発覚し炎上。
さらにいつまでたっても返金処理が行われず、さらに燃え大炎上。
今尚動画配信サイトやSNSで燃え続けており、運営は寝ずに対応に追われていると聞いていたが。
「えっと、そっちの対応しなくていいんですか?」
「なんでぇ?」
「いやなんでって……プロデューサーでしょう?」
「いいのよぅ。あちしもうあそこのPじゃないしぃ」
「え?」
「喜びなさいアンタたち! 今日付であちしがGOOの運営に配属になったわよ~。ほぉら拍手拍手ぅ」
「「……」」
羽月と赤間は絶句した。
「あら。相変わらずノリが悪いわねぇ。そんなんだから彼氏できないのよアンタたち」
「あ、あはは……」
「安心しなさいちゃんと面白い企画も持ってきたから。ホレ」
羽月と赤間は投げ捨てるように机に置かれたペラ紙を拾う。どうやら企画書らしい。
「えっと……新鋭の動画配信サイトとのコラボ企画……?」
「そうよぉ。アンタたち今、【GOO夏祭り】とかいうイベントやってるんでしょ? いいのよ、無い知恵絞って頑張ってたのは知ってるから。ただ、インパクトがないのよねぇ。数字を稼げるインパクトが」
「インパクトですか?」
「そうよぉ。そこで……これよ」
江良Pが指し示す先にはピエールというプレイヤーの企画した【タッグデュエルトーナメント】という文字がある。
「あちしが用意したスターたちをこのトーナメントに出場させるわぁ! そしてスターたちが活躍する様子を配信させる。予算もたんまり貰ってきたわ。どう、素敵なコラボでしょ?」
「あははは……」
赤間が笑顔をひくつかせながら力ない拍手を送る。一方プロジェクトリーダーの羽月は、江良Pの持ち込み企画に苦言を呈した。
「お言葉ですが……そのスターさんたちは、GOOをプレイしているんですか? アカウントはお持ちなのでしょうか?」
「なぁに?」
意見されたことが不満だったのか、江良Pは不機嫌に答える。
「人生勝ち組のスターたちがVRMMOなんてやるわけないじゃなーい。あれは人生の負け組の現実逃避ツールなのよ。まぁだ理解してなかったのぉ?」
「仮にもサービスを提供する側として、ユーザーをそのように形容するのはいかがなものかと」
「いいのよぉ、だって本当のことだし。それよりぃ」
江良Pはやたら高そうな鞄から、新たな資料を取り出した。どうやら、そのスターとやらのパーソナルデータのようだ。
「この資料を元にアカウント作っておいて。期日は明後日まで。よろしくねん!」
「へーどれどれ……げぇなあにこれ?」
チラっと資料を目にした赤間が悲鳴をあげた。
「レベル100……ステータスポイント10倍……専用職業に専用武器……チートじゃないっすか」
「あの。今からアカウントを作れとは言いませんから、せめてプレイヤーと同じ立場で戦って頂けせんか?」
「どうしてよぉ?」
「トーナメントである以上、優勝目指して頑張っているプレイヤーの方々が大勢います。その方々の気持ちを踏みにじるのはどうかと……」
「何言ってるのよ羽月。それが楽しぃんじゃない!」
「は?」
「負け組がしこしこ積み上げてきたものを、スターが圧倒的な力で踏み潰す。大衆が見たがっているのはそれなのよー! 弱いものイジメ、それこそがエンターテイメント!! ああ楽しみぃ!」
一人で小躍りする江良Pを冷めた目で見つめる二人。おそらく圧倒的な力でプレイヤーをねじ伏せた後「勝ちたかったら課金しろ」とばかりに、課金アイテムやガチャに力を入れるのだろう。いつもの江良Pの手口だなと、羽月は思った。
「んじゃ、よろしくねん! あ、逆らったらアンタらクビだからー」
言いたいことだけ言って、去って行く江良P。赤間は緊張の糸が切れたのか、脱力したように椅子に腰掛けた。
「はは……あはは。失った信頼を取り戻そうと頑張ってきたっすけど……GOOも終わりっすね」
「……」
「あーあ。せっかく頑張ってきたのになぁ。ユーザーからはクソ運営って言われて終わるんすね。悔しいなぁ。ほんと報われないなぁこの仕事」
「……」
赤間の泣きそうな声を、羽月は黙って聞く。
血が出るほどの力で自分の唇をかみしめながら、机の上に置かれた企画書を睨み付けていた。
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