短編 忘れられない夏の始まり
【前書き】
こちらは以前小説家になろう掲載時にやった読者様参加型企画のSSになります。
読者様から短編を書いてほしいサブキャラクターを募集するというものでした。
パンチョの短編になります。
時系列は7月ごろ。ちょうどヨハンさんたちがファラオと戦っていた頃でしょうか。
【本文】
『まぁお前は別にいい。なんとか
「クソが……」
7月17日。夏休み初日。
パンチョこと
澪里は先日、所属していたサッカーチームを辞めた。
オウガこと優作が抜け、それに続いてクロスこと
そんな中、監督の取った作戦は、澪里を驚愕させるものだった。
『お前が神酒を呼び戻せ』
ここ最近の監督は、練習や試合の度に、神酒召一と同じ学校の澪里にそう命令してきた。それが嫌になったという訳ではない。
ただ単純に「くだらねぇな」と思ったのだ。
監督もまた、天才・神酒召一に狂わされた、被害者だった。自分でも制御できない程の才覚を持って周りを狂わせていた当時の神酒召一をコントロールすることができず、チームの勝利を自分の指導力と勘違いした、哀れな大人だった。
だが、小学生の澪里にそんなことは理解できないし、する必要もなかった。
もし。
監督の提案が、チームが再起するための作戦なら、喜んで協力しただろう。優作を呼び戻しても良かった。だが、監督の口から男鹿優作の名前が出ることは、最後までなかった。
元々、もう天才・神酒召一抜きでは勝てなくなっていたチームである。辞めるという選択に、後悔はなかった。
「ふぁああ」
歩きながら、あくびをする。
イライラから昨夜は寝付けなかったが、午前6時にはぱっちり目が覚めた。
習慣というのはなかなか抜けない。毎日毎日、澪里はこの時間に起きると、河川敷をランニングしていたのだ。
だから、二度寝はせずにあてもなく、ランニングコースを散歩していた。
すると。
バイン……バイン……。
サッカーボールの音がする。橋の下で、誰かがサッカーをやっている。リフティングの音だった。
「この音……リズム……間違いねぇ。アイツだ」
音の主に気づくや否や、さっきまでの憂鬱はどこへやら。ぱっと明るい表情になった澪里は、急いで坂を下る。
そして、橋の側まで近づくと一旦立ち止まり、スマホを取り出す。黒い画面を鏡代わりに前髪を整えると、柱の向こう側に居る人物に声を掛ける。
「ようっ! やってるなオウガ!」
「ん? なんだ澪里か。って現実で【オウガ】はやめろって」
「ああ悪ぃな。けどよ優作。お前、朝からこんなところで練習してるのかよ。なんだ? チームに復帰するのか?」
もし復帰するなら自分もチームに戻ろう。でかい口叩いて辞めてまだ数日だが問題ない。そう思っていたが、優作の答えは違った。
「いや。チームには戻らない」
「ん、そっか」
少し、残念だった。
「ああ。けど中学に上がったら、部活でサッカーをやろうと思う。これはその時のための自主練だな」
言うと、優作は再びボールを蹴り始める。まるでボールと戯れるようなリフティング。技術的な衰えは、見えなかった。
(中学に上がったら……か。流石だな)
優作の目は、もう次の目標に向いていた。優作は、目標に向かってがむしゃらに、真っ直ぐ進むことができる少年だ。
その目標は、少し前までは天才・神酒召一に向けられていた。だがゲームとはいえ、彼を実力で倒した優作は、新たな目標に向かって、進み始めていた。
そんな彼の真っ直ぐさが、少しだけ澪里の心を締め付けた。
迷いなく進む彼は、時に無自覚に、周囲の人間を置き去りにしてしまう。
サッカーチームを辞めたとき。セカンドステージを辞めたとき。その時と同様のチクリとした痛みを、澪里は感じた。
(ちぇ。チームには戻らないなんて、はっきり言いやがってよ。わかってんのかよ優作。俺とお前が同じチームで一緒に戦えるのは……今年が最後だったんだぜ?)
中学に上がれば、サッカーは男女に別れる。今のように、同じチームで優作と澪里が共に戦うということは、二度とない。
澪里がチームを辞め、優作も戻らず。二人が同じチームとして戦う機会は、もうなくなってしまったのだ。
「あのさ、澪里。GOOの話していい?」
「あ?」
リフティングを辞めることなく、優作が訪ねてきた。澪里は沈黙で先を促す。
「俺の入ってる竜の雛が、新しいメンバーを募集してるんだよ。良かったら入らないか?」
「なんで……?」
「いや。別に嫌ならいいんだけど」
「嫌なんて言ってねぇよ。ただ理由を聞かせろって言ってんの」
「む……それはちょっと恥ずかしい」
顔を赤くする優作。「可愛いなコイツ」と思いながらも顔には出さず、澪里は声を張り上げる。
「いいから言えよぉ!」
「わ、わかったよ言うよ。いや、風の噂で、お前がチーム辞めたって聞いてさ。あ、チームってサッカーの方な」
ボールを地面に置いた優作は照れくさそうに頬をかきながら、澪里に向き直った。
「まぁな。監督がむかつくから、辞めてやったぜ」
元気よく言うと、優作は少しだけ寂しそうな表情を見せる。
「それ聞いたとき思ったんだよ。『ああ、もう澪里と同じチームで戦うことって、ないんだなぁ』ってさ。だからせめてゲームではさ。同じチームでいたいんだよ」
「お前……」
同じことを考えていた。それが堪らなく嬉しくて。それを隠すように、優作の肩をガシガシ叩いた。
「あははは。何だよお前、俺と一緒じゃねーと寂しいのかー! いいよいいよ入ってやるよ。しょうがねぇなー!」
「は、はぁ!? 寂しくねぇよ」
「いいっていいって。隠すなよぉ!」
「ちぇ……素直に言うんじゃなかった」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向く優作を愛おしく思いながら。澪里はニカッと笑う。
(今年の夏も……楽しくなりそうじゃねーか)
こうして、小学生たちの忘れられない夏が、幕を開けたのだ。
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