第152話 オチ

「丁度去年の今頃だったかしら。若い女の子社員たちの間で、噂が立ったの。給湯室に、小さい女の子がいるって」


 扉を開けると女の子と目が合って、すっと消えてしまったとか。


 窓からこちらを覗いていたとか。


 天井に張り付いていたとか。


 ヨハン自身はそれを見たことはなかったが、いくつか、そんな目撃談が続いた。


「うぅ……ガチ目の話ですねぇ」

「……まさかお姉ちゃんもガチホラーネタを持っていたなんて」

「どんな展開になるのかしら?」


 怯える少女たち。ヨハンはその反応を楽しむと、続きを話す。


「そこで、フロアを仕切る部長が言ったのよ。『私が除霊しよう』ってね」


「「いや、ちょっと待って」」


 外野からの突っ込みにヨハンが首を傾げる。


「そこはお坊さんとかを呼ぶところじゃないの?」

「そうですよ。プロに任せるべきでは?」

「それとも、部長さんが除霊のプロとか?」


「いいえ。Vチューブの除霊専門チャンネルを見よう見真似だったらしいわ。それにね……除霊のためにお坊さんを呼ぶ……社会では、そんなことで予算は下りないのよ」


 全員が気まずそうに目を逸らす。

 確かに少女の霊らしきものが見える……程度では、会社はお金を出してお坊さんを呼んだりはしないだろう。

 プロを呼ぶなら、少なくとも数名の犠牲は必要になってくる。


「というわけでその日、私たち社員は部長を残し、先に帰宅したわ。次の日そこには……」


 全員が息を呑んで、部長の無事を祈る。


「服がボロボロになりながらも床を清掃する部長の姿が……!」


「いやなんでや!」

「服がボロボロって……霊と戦闘が行われたということですか?」

「その真相は闇の中だわ……ただ、それ以来、霊を見かけることはなくなったそうよ。ちなみに……」


「ちなみに?」


「服がズタボロになった警備員さんも居たわ」

「待って少女の霊めっちゃ強敵やん」

「……警備員さんと部長の共闘は熱い展開だね」


「これで私の怖い話は終わりよ」


 ヨハンのどこまでが本当でどこまでが冗談だったのかわからない99話が終わると、残るろうそくは一本となる。


「さて、それじゃあ最後の話は俺がやりましょうかねぇ」


 一人の男が前に出た。学ランを来た小柄な男だ。特徴がないのが特徴といったその男の容姿を表現するのは難しい。

 数分もすれば記憶から消えてしまいそうなほど特徴に乏しいその男は浮かんでいた最後のろうそくを手に取ると、すたすたと前に出る。

 当たり前のように怪談をはじめようとするその男に見覚えの無かったヨハンは、椅子に座ると、横にいたゼッカに耳打ちする。


「えっと、誰なのあの人?」

「さぁ、ピエールさんが呼んだんじゃなかったんですか?」

「聞いてないけど……」

「そうなんですか? でも、最初から居ましたよあの人」

「ふぅん?」


 一瞬【開眼Bows】のメンバーかとも思ったが、フサフサな髪をしているので関係ないだろう。ならば一体誰なのか。部外者が混じっても構わない。だが、現メンバーが部外者を呼ぶとして、それを自分に事前に伝えていないのは、妙に感じた。


 そんなヨハンの疑問を他所に、学ランの男は前に立つと、口を開いた。


「とある暗い暗いお城でのお話。そこでは愚かな人たちが、百物語をしていました。そして99話目が終わった後、なんと本物の幽霊が現れたのです。不幸にもそこに居た人たちは全員呪われてしまいました。おしまい」


 学ランの男は、ふっとろうそくを吹き消した。


(なんか……メタ構造になってるわね)


 なんて感心しつつ、ヨハンは空気が変わったことを感じ、立ち上がる。すっかり怯えていたメンバーも居たが、そんな中でもドナルド、コン、ゼッカが動いていた。


 コンは自らの銃型杖を学ランの男の後頭部にい突きつけ。


 ゼッカは正面から、学ランの男の首に剣を突きつけ。


 ドナルドは天井のシャンデリアに飛び移ると、学ランの男を上空から牽制する。


 3人の動きを見て、ようやく他のメンバーもこれがイベントなのだと気づく。


 そう。


 これはイベントだったのだ。


 百物語をしていたら本当に怪異が現れてしまった……というホラー物でのお約束をなぞった隠しイベント。おそらく、数人で怪談……百物語をやることが、イベントの解放条件なのだろう。


 だとすれば、ここから先、バトルが行われる可能性は十分にある。


 それを見越して、ドナルドたちは動いていたのだ。


 だが、学ランの男はそれを嘲笑う。そして降参とでも言いたげに手を上げると、ヘラヘラとしゃべり出す。


「物騒だなぁ……ああ物騒だ。悪いけど、戦いにはなりませんよ。何せ俺は呼び出されただけの幽霊。現世では無力。何の力も持ってはいません……ただ」


 そこで一端区切る。


「百物語なんて禁忌に触れてしまったあなた方は……すこしだけ……こちら側……死者の世界に近づいてしまったかもしれませんねぇ」


 学ランの男は薄気味悪く笑うと、その姿を消した。まるで、煙のように、消えてしまった。



『スキルを習得しました』



【ネクロマンシー】

全職業共通スキル。死霊系の初級召喚獣を召喚することができる。


(召喚師の場合、このスキルを所持しているだけで、死霊系の召喚獣を召喚するときのMP消費が半分になる)



 全員に、そんな通知が届いた。


「おお、これは凄い!」

「これ、かなりレアなスキルなんじゃないですか!?」

「戦略の幅が広がるなぁ!」


 どうやら、本当に隠しイベントだったようだ。さっきまでのビビり具合はどこへやら。学生組も興奮したように騒ぎ始める。


「まぁ想像とは違っちゃったケド、百物語大会は大成功ってところかしら☆」

「まぁ、確かに」


 元々あったグループの垣根を越え、仲良く新スキルの話題で盛り上がるメンバーたちを見て、ヨハンは嬉しそうに目を細めた。


「楽しくやっていけそうね」


 こうして、新生竜の雛の初日、そして夏の初日は幕を閉じるのだった。

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