第151話 竜の雛・百物語

【前書き】

蒸し暑くなってきたので怖い話をば。

怪談系が苦手な方はご注意を。



【本文】

 20○○年9月。


 某県、某私立大学。


 サークル棟の一室で4人の生徒が死んだ。


 血まみれの室内には遺体の他にライター、ろうそく、あいうえおが書かれた紙、十円玉、ビデオカメラが残されていた。


 警察では調査のため、ビデオカメラを検証することとなった。


 不思議なことに映像は終始真っ暗で、音声しか残されていなかった。


 これは、その音声データの内容である。


***


「よし、これでオーケーだな」「大丈夫か」「大丈夫大丈夫」


「何か変なモノが映ってたらどうする?」「やめてよ気持ち悪いわね!」「しっ。静かにしろ」「そうだよ。見つかっちゃう」「Cは声でかいから……気をつけろよ」


「そ、そうだね」「よし、そろそろ始めよう」「E、ろうそく頼む」


「外から見つからないかな?」「カーテン閉めたから大丈夫でしょ」


「先輩から聞いたから大丈夫。深夜二時までは見回りに来ないらしい」「実はサークル棟は有名なヤリ場なんだぜ?」「やめてよ汚らわしいっ」


「だからうるせぇってC」

「お、Eサンキュ。それじゃ始めようぜ」


[それじゃあ全員指を置いて」


「おいB。お前力入れるなよ?」「A、お前こそな」


「それじゃ。エンゼルさんエンゼルさん、お越しくださいませ」



(中略)



「おいおかしいぞ」「全然動かなーい」

「おかしいなぁ。エンゼルさん、エンゼルさん、居ましたらお返事をお願いします」


「動いた!」

「力入れてないのに動いてる! キメェ!」

「凄い凄い!」



(中略)……以下しばらく、騒ぎ声と質問が続く。



「もういい?」

「うん」

「飽きてきた。帰ろう」

「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰り下さい」「!?」


『いいえ』


「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰りください」

「また『いいえ』だ……」

「ど、どうしようEちゃん……」

「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰りください」


『いいえ』


「ち、ちょっと悪い冗談やめてよ」[B、お前だろ? やめろよ」「俺じゃないよ!?」

「落ち着いて。絶対に指を離さないで」


「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰りください」


『いいえ』


「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰りください」


『いいえ』


「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰りください」


『いいえ』


「もうやめろ」「指を離しちゃだめ」

「ヤバいって……Aか? Cか? D? Eなのか? 面白くないからやめろよ!!」

「B、指を離さないで。エンゼルさん、エンゼルさん、どうすればお帰りくださいますか?」


「『イ』『ケ』『ニ』『エ』……なんだそりゃ?」


「鶏とか、鹿とか……生け贄じゃない?」

「そんなのないぞ」

「エンゼルさん、エンゼルさん……生け贄はありません。どうすればお帰りくださいますか?」


「『コ』『ロ』『ス』……え」


「もう止めろよ。C!! お前だろぶっ飛ばすぞ!」「私じゃない!!」「じゃあDかっ!? Eか!?」

「もうやだよぉお」泣き声


「A、静かにしろって!」

「エンゼルさんエンゼルさんっ……もう許してください。お帰りください。お帰りください」


「ま、まだ動いてる……」


『コ』『ロ』『ス』


「エンゼルさんエンゼルさん、許して下さい」

「エンゼルさんエンゼルさん、お願いします」

「エンゼルさん、エンゼルさん、お帰りください」


『コ』『ロ』『ス』

『コ』『ロ』『ス』

『コ』『ロ』『ス』


「もう嫌だあああああああ」「ば、馬鹿!?」「D!?」

「あぁ……指離しちゃった」

「エンゼルさんエンゼルさんお許し下さいお許し下さいお許し……」

「じ、十円玉動かなくなった……」

「エンゼルさん、エンゼルさん……」


「ね、ねぇ……ドア開かないよ!?」

「嘘だろ!? 鍵は掛けてないぞ?」

「エンゼルさん、エンゼルさん……」

「なぁ外がなんだか騒がしくないか?」「ほ、本当だ……」「もしかして、誰か助けに来てくれたんだ!!」「ば、馬鹿」


シャッ(カーテンレールの音)


「ギャアアアアアアア」

「イヤアアアアアアア」

「エンゼルさん、エンゼ・・」


***


 録画データはここで途切れていた。


 遺体の状況から、四人は車に轢かれたような、何か強いモノにぶつかったような痕跡があった(原因不明)


 サークル棟は21時完全消灯が原則であり、それ以降の生徒の利用は完全に禁止されていた。警備員が22時にすべての部屋の鍵の施錠を確認する。

 だが一部生徒たちの間で違法に複製された鍵が受け継がれていたらしく、事件当夜も、被害にあったAのポケットに複製された鍵が入っていた。


 声紋鑑定の結果、映像には五人の声が録音されていた。


 教員、生徒に確認をしたところ、音声データ中の「E」と呼ばれる生徒のことを知るものは誰も居なかった。


 この事件の真相は、未だに解明されていない……。


***


***


***


 ろうそくの火が消える。


「ま、僕の話はこれで終わりですかね」


 映像データを停止させたクロス。確かな手応えを感じた表情で自席に戻っていく。


「ふ、ふーん」ガタガタ

「やるじゃなーい?」ビクビク

「……」ガクブル


 ドヤ顔で戻ってきたクロスを、態度だけは余裕な薬物少女たちが出迎えた。


 8月1日の夜。


 ギルドホーム闇の城の最奥【王座の間】は、異様な雰囲気に満ちていた。かつてギルドマスターヨハンと最強プレイヤーロランドの激戦が行われた時とは雰囲気が大きく変わり、すべての照明が消されている。

 そして、雰囲気作りのため、ゴーストや古代王スカルレックスなど、アンデッド型の召喚獣が集められている。


 広い部屋を照らすのは無数に浮かぶ百本のろうそくのみ。そのろうそくはどういう仕組みか、メンバーが怖い話をするごとに一本、また一本とその火を消していく。

 最初は楽しんでいた学生メンバーたちだったが、話が100話に近づくごとにろうそくの数が減り、だんだんと部屋が暗くなっていく雰囲気にやられたのか。


 口数はだんだんと減っていった。


 ノリノリでこの催しをした大人組ではあったが、別に本気で学生たちにトラウマを植え付けたい訳ではない。


 場の雰囲気によってはあのドナルドでさえ【悪の十字架】などのしょうもない話で場の空気を和らげ、バランスをとっていた程だ。

 だが残りろうそく5本というところでクロスが手の込んだ、クオリティの高い話を披露したため、場の雰囲気は完全に凍り付いている。


「あ、あれーみんな元気ないなー? ちょっと怖い話が続き過ぎたかな?」


 しーん。


 ヨハンの言葉に応える声はなかった。

 「しーん」なんて、そんな言葉が聞こえてきそうな程、学生組は元気がなかった。あのゼッカですら、さっきの音声データは怖かったのだろう。いつもの凜とした表情でありながら、顔が青ざめている。


「えっと、大丈夫よ。ほら、こんなこともあろうかと、ピエールさんが除霊のプロフェッショナルを呼んでおいてくれたから」


 ヨハンが席の端の方を見る。すると、そこには法衣姿の二人のプレイヤーが座っている。


 かつて竜の雛と激闘を繰り広げたなんちゃって仏教系ギルド【開眼Bows】の【チンネン】と【クーウカイ】である。


「呼んだかい?」

「実家が酒屋でね」


「ホラ、ね? だから楽しみましょう」


 ちなみにこの二人を呼んだピエールは、自席にて頭から布団を被って震えている。どうやら怖い話は苦手なようだった。

 学生組はBowsの二人を胡散臭そうに見つめたあと、再びヨハンの元に視線を戻すと、目で「次に進めてください」と訴えてきた。


「え、えっとー。それじゃあ次の人は?」


 そろそろネタも尽きようという頃合い。手を上げたのは。


「それじゃあ私が……」


 煙条Pだった。今まではネットで適当に拾ってきた怖い話を繰り広げてきた煙条Pは「あまり怖くはないですが……実話です」と前置きして、語り始めた。


***


***


***


 当時小学生6年生だった私が帰宅し家に帰ると。


「おかえりー」


 と、二階から声がしました。4年生の妹は授業が短かったのでしょう。どうやら先に帰宅していたようです。


「ただいまー。何してるのー?」


 と訪ねると「ゲーム」とそっけない返事が返ってきました。


 私は「そういえば新しいゲーム買ったばかりだったな」と、別段気にもとめることなく、そのままリビングで宿題を始めました。


 それから30分ほど経ったでしょうか。


 玄関のドアがガチャリと音を立てて開くと。


「ただいまー!!」


 元気な妹の声がしました。


「おかえり……ん?」


 一応言っておくと、私に妹はひとりしか居ません。


「んー? どうしたのお兄ちゃん?」


 ランドセルを背にリビングまでやってきたのは、確かに妹でした。ですが、それではおかしいのです。


「えっと、お前、今帰ってきたところ?」

「うん。学校で、友達と宿題終わらせて来ちゃった……どうしたの、顔青いよ?」


 得体のしれない恐怖のようなものが私の背を登ってきます。さっき、確かに私は妹と会話をしました。

 姿こそ見ていませんが、あれは確かに妹の声でした。間違える筈がありません。だったら、さっき私が話をしたのは、一体【何者】だったのでしょうか?


 その後、妹と二人で二階に行ったのですが、誰も居ませんでした。


***


***


***


 ろうそくがふっと消える。


「私の話はこれで終わりです」


 ガチで怖い話だった。

 ペコリと頭を下げると、煙条Pは自席に戻っていく。


「あ、ありがとう煙条P。結構怖い話だったわね。それじゃあ次は……え?」


 布団の隙間から、ピエールが紙切れを取り出す。それが、近くの席の人物から手渡しリレーされ、ヨハンのところまで届く。


「えっ、これを読めばいいの? そう。怖い話キライなのに、一応用意してきたのね……えっと」


 ヨハンはピエールの実体験だという、紙切れの内容を読み上げる。


「えっと……

『あれは20連勤の最終日。徹夜明けの夕方帰りの最中。まだガラガラの電車の中で、ぼーっとした頭で外を眺めていた時。


 ふと、視界の端に、逆さまになった人間が映っていることに気が付く。


 ぎょっとしてその方向を見ても、何も居ない。


 だがそれは、常に俺の視界の端に、おぼろげに。


 しかし確かな存在感を持って、見えるのだ。


 それが何かはわからない。


 明確な悪意は感じないし、害意も感じない。


 だが、確かにそこに居るのだ。


 それ以来、疲れていると、それが見えることが、偶にある』


……ピエールさん病院行った方がいいんじゃ?」


 心配そうな瞳でピエールを見つめるヨハン。他のメンバーたちからも同情的な視線が向けられるが、ピエールは「いや大丈夫だ」とジェスチャーする。


「では次は、私が参りまする」


 次の話に立候補したのは、新入りのほろびだった。黒髪と尻尾を揺らしながら前に出た彼女は、ゆっくりと口を開く。


***


***


***


 私が高校生の時のこと。


 祖父が亡くなって初めての夏。


 時刻は、夕日が沈みきった頃でしょうか。


 学校が終わった私が夜道を歩いていると、ふと頭上で気配を感じました。何かと思って見上げると、チラチラと点滅する飛行物体が。


 私は最初「あ、UFO!」と感動し、懐のスマホに手を伸ばした次第。


 しかし、少し目を離した隙に、その飛行物体は私の目の前まで移動していたのです。


 そこでようやく気が付いたのです。


 その物体はUFOなどではなく、人魂だったと。


 私は人魂とは青いものだと思っておりました。ですがその人魂は緑色に輝いていました。不思議と不気味な感じはせず、その人魂は私の周囲を数秒漂った後、夢幻のように消えてしまったのです。


 その後急いで家に帰った私は興奮気味に母に伝えようとしました。


 ですが私の話は、その後すぐに帰ってきた姉によって遮られました。


「ただいま」


「お帰りお姉ちゃん。ねぇ聞いて、私凄いもの見ちゃった!」


「ああ、もしかして人魂? アンタも見たの?」


「も……ってことは、お姉ちゃんも?」


 姉は頷きました。なんということでしょう。別々の場所に居た姉と私が、人魂を見たのです。

 怖くはないですが、これが私が体験した不思議な話。


***


***


***



「その後、母も交えてこの話は盛り上がり、死んだ祖父が会いに来た。ということで、落ち着いたのです」


「ありがとう。少し感動的な話だったわね」


 滅は話し終えて満足そうに席に戻る。本人の言う通り怖い話ではなかったが、別々の場所に居た姉妹が同じ時間帯に人魂を見る。とても不思議な話だった。


 そしてこれで、ろうそくは、残り二本となった。


「さて、それじゃ次は、私が話そうかしらね。これは私の会社であった話なんだけど……」


 そうして、99本目。ヨハンの怪談が始まった。



【後書き】

冒頭のエンゼルさんの話のみ、ネットで有名な話の設定を一部変更したものとなっています。

残りの話は作者の私が実際に体験した話を少し変えて書いています。

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