第148話 新チャンピオンの戦術
「こっち」
オウガを窓際まで連れてきたゼッカは、クイっと親指で窓の外を指す。何事かと外を見てみれば、先ほどコンによってふるい落とされていた大学生くらいのプレイヤーたち(掲示板の民)がすっかり戦闘態勢である。
「ああ、アレ……いつもの人たちだったのか」
先ほどオウガが覗いた時は目を背けたくなるようなおぞましい衣装に身を包んでいたが、着替えてみればいつもヨハンに絡んでくるプレイヤーたちである。
「じゃあいつも通り殺して終わりか……って。あれ?」
そこでオウガは違和感に気が付く。ドナルドが外に居るものの、竜の雛の他メンバーは全員がこの場にいて、外の様子を見守っている。
「さすがにドナルドさん一人であの人数を相手にするのは厳しいんじゃ……」
遠回しに加勢に行かなくて良いのか? と尋ねるオウガ。だがゼッカは首を振った。ゼッカの真剣な眼差しの先を、オウガも追う。するとそこには、灰色の髪をオールバックにした、スーツ姿のサラリーマン風の男が立っていた。
恐ろしく姿勢は良いのに、夜勤明けのような顔色が酷くアンバランスに見える。
「あの人は【ピエール】。現在ランキングイベントで1位のプレイヤーだよ」
「ランキング1位!?」
なんでそんな凄い人がウチのギルドに? と驚きつつ、内心「ああそうか変な人なのか」と思い至るオウガ。おそらく、その考えは間違いではないだろう。
「でも、師匠がいないランキングイベントの実績だろ? アテになるのかよ」
「ロランドさんだって万能じゃないよ。初見だったら間違いなくやられていた」
「初見……ってことは。噂の魔法使いの新戦術ってやつか?」
「そう。オウガもよく見ていた方がいい。これから環境は、あの戦法一色になるから」
***
***
***
闇の城に背を向けて、掲示板の民と対峙するピエール。その手にはA3サイズの大きな本が握られている。
あまり使用者はいないが、【杖】と対をなす、魔法使い職専用の武器【魔道書】である。あらかじめ自分のスキルや魔法をインストールしておくことで、MPのコストを踏み倒して使用することができるという特性を持つ。
これだけ聞けば非常に強力な武器に思えるが、使用者が少ないだけのデメリットがある。
まず、魔道書の性能やレア度によって、あらかじめ容量が決まっている。
強力なスキルや魔法になればそれだけインストールするために食う容量が大きくなる。一冊の魔道書に入れられる魔法スキルが少なくなってしまうのだ。なら弱いスキルを沢山入れればいいかというとそうではなく、それならば、そもそもMP踏み倒しの魔道書を使う理由がない。弱いスキルや魔法は消費MPも少ないからだ。
また、自由にインストールした魔法スキルを使えるかというと、そうでもない。1ページ目から順番に使用する必要があるのだ。いきなり10ページ目にインストールした魔法を使う……といったことはできない。
つまり、インストール前にある程度戦いの状況を想定し、魔法・スキルをインストールしておく必要がある。
「……」チラッ
「……」コクリ
ピエールと対峙した掲示板の民たちは、互いに目配せをした。沼地フィールドを展開された時点で、彼らは冷静になった。冷静に、八つ当たりをする方向へと切り替えたのだ。
彼らとて、このゲームを長らく遊んできたプレイヤー。ゲームに関する知識が全くない訳ではない。彼らは魔道書の最大の弱点を知っていた。
それは、インストールされた全ての魔法・スキルを使い切った魔道書は、召喚石のように1日使用不可能になるということ。
そしてこちらの人数は100人。いくらピエールが魔道書で魔法を連発しようと。負ける道理はなかった。
掲示板の民の顔にニチャニチャとした笑みが浮かぶ。
「ホントに大丈夫なの~? 加勢ならいつでも言っていいわよ☆」
他の合格者と共に沼地の外へと待避したドナルドがピエールに話しかける。だが、ピエールは片手でそれを征した。
「大丈夫だ。問題ない」
言うとピエールはスキルを発動する。
「スキル発動……【
ピエールの周囲に、無数の魔道書が出現する。そして、彼の周りを守るように浮かぶ。
「なんだありゃ?」
「新スキルか?」
「これは第4層で実装された新スキル。魔道書を使いまくったら入手できる。このスキルは本来手に一冊しか持てない魔道書の弱点を補う。こうやって、すぐ手に取れる位置に漂っていてくれるからな」
「なるほど……」
「魔道書使いの弱点を補強する新スキルって訳か」
「だが……」
「俺たちに勝てるかな?」
「勝てるさ。――【さざなみ】!」
魔道書にインストールされたスキルが発動すると、ピエールを中心に、沼地に波紋が広がった。その波紋は次第に波のようになって掲示板の民たちの体を揺らす。
「ぐっ……足止めか」
「だが、この程度の波、超えられるぜ」
ピエールは魔道書を開き、ページをめくる。そして新しいスキルを発動する。
「――【暴風】!」
今度は台風の日のような突風が吹き荒れる。掲示板の民たちにとっては、丁度向かい風となる。
「くっ……これじゃあピエールのところまで進めねぇ」
「なら俺たち【弓使い】に任せてもらおうか」
「おお居たのか! 頼んだぜ!」
「おうよ」
「任せておけ」
掲示板の民たちの中にいる数名の弓使いたちは、一斉に【必中】スキルを使用すると、ピエールに向けて各々の最強の矢を放つ。
「まだだ!」
「俺たちもいるぜえ!」
続けて魔法使い職も、杖を構えて攻撃魔法を放つ。
だが、遠距離攻撃は当然ピエールも読んでいる。今手に持っている魔導書を手放すと、浮かんでいた別の魔導書を手に取り開く。
「――【矢避けの結界】【魔力吸収】」
敵の遠距離攻撃を、一定時間弓使いの【必中】を無効にする【矢避けの結界】と、魔法攻撃を吸収する【魔力吸収】で抑えきる。
「攻撃の手が止まったな。この隙に戦闘を進めさせてもらうぞ。――【魔力の壺】をセット」
続けて、魔道書ではなくピエール本人がスキルを発動すると、青いガラスでできた大きな壺が、彼の頭上に出現する。
この壺がある限り、ピエールのMPの最大値は一時的に取り払われる。
さらに魔道書のページをめくると、次のスキルを発動する。
「――【湖の精霊の怒り】。お前たちのMPを頂くぞ」
「ぐあああああ」
「なんじゃこりゃあああ」
水場を通してピエールと繋がっているすべてのプレイヤーのMPを吸収するスキルを発動。魔力の壺と合わせて、自身の限界を超えた数値のMPを得るピエール。
「何か狙っているな……」
「わかる」
「だが……」
「矢避けの結界がそろそろ切れる」
矢避けの結界の発動時間は45秒。その時間が切れるタイミングを見計らって、残った弓使いが矢を構える。
そして結界が姿を消した瞬間。
「――くらえええああああ」
矢を放つ弓使いたち。【必中】を付与された矢は弧を描きつつ、ピエールの命を刈り取ろうと進んでいく。
「――【セイントシールド】!」
魔道書を持ち替えたピエールがスキルを発動する。光の盾が出現し、ピエールを攻撃から守った。
魔法使い職が持つ防御手段のひとつ。
防がれた。だが掲示板の民たちは確かな手応えを感じていた。何故なら、魔道書から発動したスキルや魔法は、MPを踏み倒すことと引き換えに、一日は使えなくなってしまうのだから。
徐々に得物を追い詰めていく感覚に、掲示板の民たちは酔いしれていた。
「……」
ピエールは別の魔道書を手に取ると、さらにスキルを発動する。
「俺を追い詰めているか。甘い――【リライトバース】!」
「……?」
「このスキルは俺の魔道書のページを全て1ページ目に戻す。まぁ代償として、貴様たちのHPとMPも全て回復させてしまうのだがな……」
言いながら、ピエールは再び【さざなみ】【暴風】【矢避けの結界】を発動し、身を守る。さらに未使用だった魔道書から【ハリケーン】というスキルを発動し、ジリジリと接近してきていた掲示板の民たちを吹き飛ばし、再び距離を開かせた。
「続けて――【湖の精霊の怒り】発動。再びお前たちのMPを頂くぞ」
再び莫大なMPを得るピエール。
「くっ」
「この繰り返しになんの意味が」
「面倒くせぇなあああ」
文句を言われるものの、ピエールは動じない。周囲に浮かぶ数十の魔道書を常にチラチラと窺いながら、思考を進める。
「これはもう要らないな。俺はスキル――【魔道書破棄】を発動。魔道書を一冊【破壊状態】にして、中に納められていたスキル・魔法の消費MP分のMPを回復する!」
***
***
***
「なんだあれ。MPを回復しまくることに何の意味があるんだよ」
「……」
オウガの軽口を無視し、外の戦いを見つめるゼッカ。沼地を展開しひたすら敵の攻撃を封じつつ、MPを回復し続ける。
自分ならばどうそれを突破するのか。それを考えているのだ。
「あれだろ? ゾーマが使ってた……なんつったっけ。【バーサーカーマジック】」
「あー。それなら盛ったステータスで大量虐殺ができるのか」
MPのすべてをステータスに変換するスキル【バーサーカーマジック】。
「違うよ。あれは厄介なスキルだけど、キャラクターの操作がプレイヤーからオート操作に切り替わる。安定性がない」
パンチョとオウガの考察を、ゼッカがやんわりと切った。
「そういや、味方にも攻撃当たるようになったなアレ」
「ああ。不用意に近づいたユウヤが消されてたな」
小学生ズの苦い思い出なのだろうか。顔を見合わせて苦笑いする二人。
「けどよ、それなら尚更意味がわからないぜ」
「だな。MP回復しまくる理由……なんなんだろう」
再び疑問符を浮かべるオウガとパンチョ。ピエールの使う魔法・スキルの内いくつかはゾーマも使っていたスキルで、特別なところは一切見当たらない。
強いて言えば足場が沼地になっていることくらいだが。
「あるんだよ。一人では用意できないくらい大量のMPを必要とするネタ魔法が」
「ネタ魔法?」
「ああ、それって【プラネットシリーズ】のことでしょ?」
少し離れた位置に居たミュウが会話に加わった。
【プラネットシリーズ】。GOO開始から三ヶ月後くらいにランキングイベントのポイント交換報酬に加わったスキル群の通称である。
それぞれの職業に一つずつ、惑星の名を冠したスキルが追加された。様々な効果があるが、共通の特徴として、消費MP10000という破格の数値であること(当然、あらゆる肩代わりや踏み倒しは不可能)。そして、効果が勝利に繋がるような内容ではなかったことが原因で、ネタスキル、ロマンスキルとして、プレイヤーたちからは見向きもされなかったのだ。
実装時期がミュウがやめる前のことだったこともあり、覚えていたようだ。
「そう」
「魔法使いのプラネットスキル……なんだっけ?」
「それは――」
***
***
***
ピエールは自身のMPが一万を超えたことを確認すると、魔道書を閉じる。そして、すべての魔道書を消すと、両手を空に掲げた。
「――【マーズ・グラビティ】!」
極振りですら追いつかない一万ポイントのMPを捧げて、発動する究極のネタスキル。発動と同時に緑色の稲妻のようなエフェクトが沼地全体に広がると、掲示板の民たちが一斉に倒れる。
「ぐあああああ」
「な、なんだこれは!?」
「体が……重い!?」
「スキル【マーズ・グラビティ】。周囲のプレイヤーに、あらゆる耐性を無視して20倍の重力負荷を与え動きを封じる面白スキルだ」
高重力の負荷によって敵が全員倒れこんだことを確認したピエールは仕事を終えたとばかりに語り出す。
「高重力を与える。一万ポイント払って、たったそれだけだ。本来、大量のMPを支払ってまでやることじゃない。当然だ。その後、敵を別の手段で倒さなければならない。そんなことするくらいだったら別の手段を使う。そういった理由から【マーズ・グラビティ】はネタスキルだった訳だが。貴様らが今、身をもって体感している通り、沼地の登場によってこのスキルは化けた」
掲示板の民からの返事はない。突然の高重力負荷によって倒れてしまった彼らの体は今、沼地に沈んでいる。起き上がろうとしても、起き上がれない。
「さて、そろそろタイムリミットだな」
酸素ゲージの限界である1分が経ったところで、沈んでいた掲示板の民たちは全員HPを失い消滅する。終わってみればあっけない幕切れだった。
「ワタシは潜って遊んでいたケド。まさか沼地フィールドにこんな使い方があるなんて。流石新チャンピオンのピエールちゃんだわ☆」
庭の沼地化が解除されると、パチパチと拍手しながらドナルドがやってきた。
「なぁにこんなもの、すぐに対策されるのがオチだろうよ。だが、魔王に俺の力を示す良い材料になった」
「ちょっとちょっと。もう合格した気でいるの? まだ面接が残っているのよ☆」
「今ので合格にして欲しいところだが……まぁいいか。では、早速面接をはじめてもらおうか」
少し疲れたように言うピエール。
そして彼を含めた6人のプレイヤーは、闇の城へと入城するのだった。
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