第146話 はい二人組作ってー

 ギルドホームの庭には、100人を超えるプレイヤーが押し寄せていた。心なしか、妙な格好をしているプレイヤーが多い。


 マイクロビキニやホットリミットスーツ、絆創膏やデンジャラスビーストを装備した男たちが犇めきあう庭は、もはや変態博物館の様相を呈していた。


「なんやハロウィンみたいになってはる」

「彼らは竜の雛をなんだと思っているんでしょうか?」


 呆れた様子のコンと激高寸前のゼッカ。


「はぁ、全くですね」

「……奇抜な衣装で目立とうなんて」

「困るわー☆」


「あんたらのせいだ!!!」

「あんたらのせいや!!!」


「「「……?」」」


 首を傾げる変態とゴリラと道化師。


「え……これ全員、竜の雛の加入希望者なのかしら?」


 冷や汗を流しながらヨハンが言うと、ヨハン以外のメンバーは全員頷いた。あれだけ緩い条件ならこれくらいは集まるだろうと、他のメンバーは予想していたのだ。


「えっと、全員入ってもらうという訳には……」

「ムリムリ☆」

「無理やね~」

「徐々に増えていく分にはいいのでしょうが……」


「いくらなんでもいきなり100人超えってのは無理というより無茶ね」


 かつて最強ギルド【最果ての剣】を運営していたギルティアが、きっぱりと言った。


「人と人が関われば、そこには大なり小なり絶対に問題が生まれる。それが100人となれば尚更よ。【最果ての剣】だって、兄貴っていうカリスマがいて、辛うじて組織として纏まっていた。まぁ、アタシっていうメンバー共通の嫌われ者が居たってのもあるかもしれないけど」


 ギルティアはどこか自嘲気味に笑う。


「ギルティアちゃん……」

「自分のギルドに入りたいと思ってくれている人が嬉しい気持ちは凄くよくわかるわ。でも、今居るメンバーたちの為にも、線引きは大事よ。そうね。多くても10人くらいまでに絞った方がいいわね」


「わかった。少し寂しいけれど……そうするわね」


 ヨハンは決心したように、もう一度庭の下を見つめる。そんなヨハンの肩にぽんと手を乗せたのはコンだった。


「コンちゃん?」

「待って魔王はん。ここはウチの出番どす」

「え? なして?」


「あのメンバーを順番に面談なんてできないでしょう? だから、ある程度【選別】を行うのよ。そうでしょコンちゃん☆」


「そうどす。そういうんは人気者の魔王はんやのうて、嫌われ者のウチの出番や」

「そ、そんな、嫌われ者なんて……」

「まぁええからええから。ウチに任せといて?」


 そう言うと、コンはミーティングルームを後にした。


「もう。コンちゃんたらあんなこと言って」

「まぁ何か考えがあるんでしょう。見守っておきましょう☆」

「そうねぇ」


 しばらくすると、庭にコンが現れる。集合時間ピッタリだ。そして、コンはストレージからマイクのようなアイテムを取り出す。どうやら拡声機の機能があるアイテムのようで、コンの挨拶が大きく聞こえる。


『えー本日は我がギルド【竜の雛】の新メンバー募集にお集まり頂き、誠にありがとうございます。わたくし、採用を担当させて頂きます、コンと申します』


 ペコリと頭を下げる。


「コンさん、標準語ですね」

「エセ京都人説がますます濃厚になってきたわね☆」

「……ってか採用担当って。みんなに何をさせるつもりなんだろう」

「今更ながら不安になってきたわ」


 全員がミーティングルームから、庭の様子を窺った。


『えー。ではまず、この場にいらっしゃいます女性プレイヤーの方々、挙手をお願いします』


 コンの呼びかけに、この場にいた120人あまりの中から4人のプレイヤーが手を上げる。


『ありがとうございます。皆様は一次選考突破です。おめでとうございます』


「え?」

「そうなんですか?」

「や、やったー?」


 4人の女性プレイヤーたちは嬉しいような、いいのかな? といった複雑な表情だ。


「おいふざけんな!」

「簡単な面接だけって言ったじゃねーか!」

「女尊男卑反対!」


 当然、残されたプレイヤー(主に掲示板の民)から批判の声があがる。


『申し訳ございません。当ギルドのギルドマスターは女性なので。可愛い女子は優先的に合格にしろとのことでして』


「なるほどな」

「そういうことなら仕方ないぜ」

「さぁ、はやく一次選考の内容を言ってくれ」


「あんな説明で納得するの!?」


 上から見ているヨハンが驚く。


『では選考を開始します。まず1つ。【身長180cm以上】の方』


「ぐあっ……」

「終わった……」

「無理だ」


 男性プレイヤー(掲示板の民)の何人かが膝を折った。


「……身長て」

「雲行きが怪しくなってきましたね」


『2つ。【イケメン】の方』


「あああああああああああ」

「止まるんじゃねぇぞ……」

「ひでぶ」


 さらに多くのプレイヤーが膝を折る。


『3つ。【年収1000万以上】の方』


「「「もうやめてくれえええええ」」」


『これらの条件の内、二つ以上の条件を満たした方、前に出て下さい。一次選考を開始いたします』


「マジか!?」

「この厳しい条件で」

「審査ですらないのかよ!?」


『勘違いなさらないでくさい。わたくしが今述べた条件は、女性の視界に映る時のマナーです。言わば一般常識。これらの条件を満たしていない状態で女性に話しかけることはマナー違反になります。マナー違反の方を我がギルドマスターの前にお連れすることはできません』


「な、なんて女だあの女狐」

「そんな一般常識知らねぇ」

「こんな滅茶苦茶な条件満たせるヤツいるのか!?」


 ちなみに100人居た掲示板の民は全滅した。それで男性プレイヤーは全滅……かと思いきや。


『おやおや全滅ですか。情けないです。それでは条件を満たせなかった方々にはご退場をお願いします。さよなら~』


 掲示板の民たちに向かって、笑顔で手を振るコン。だがそんなコンの肩が、ガチっと何者かの手によって捕まれた。

 そして、耳元に、まるで地獄から響いてきたかのような声が聞こえる。


「コ~ンちゃん。ちょっとやり過ぎちゃったわね」

「あ……あああ」ガタガタ

「アンタが退場する?☆」

「ひぃえ!?」


 竜の雛の治安維持システムことドナルドに「流石にやり過ぎ」と判断されたコンは、退場させられるのだった。


 こうして、試験官をドナルドに引き継ぎ、ふるい落としは仕切り直しとなった。


***


***


***


『ゴメンなさいね~嫌な思いさせちゃって。クレームならワタシが甘んじて受けるわ~ドンドン言って頂戴☆』


 コン亡き後、マイクとその場の仕切りを受け継いだのはドナルド・スマイル。明るい声でそんなことを言っているが、思っていても文句を言える人間はいなかった。


 さっきまで騒がしかった庭の雰囲気はまるで変わり、葬式の様相を呈している。


『選考ってのもおこがましいケド。ウチのギルドじゃ全員は面倒見切れないのよ。だからある程度ふるい落とし……選別をさせて貰うわよ~☆』


 選別。その言葉に、全員の心臓がピクリと跳ねた。一体何をさせられるのか。そんな恐怖がこの場を支配していた。さながら命がけのデスゲームに巻き込まれてしまったような悲壮感が、彼らから漂っている。


『それじゃ。まずは二人組を作って貰えるかしら~☆』


「ふ……」

「二人組だと……!?」


 掲示板の民たちに動揺が走る。


『ホラ。さっさと作っちゃって。さぁさぁさぁ☆』


 リズミカルに手をパチパチ叩くドナルド。だが掲示板の民は気が気では無い。


 二人組を作るなんてことは、この場に居る殆どが身内の掲示板の民ならば容易いことだ。だが、ここでとある疑念が胸を過る。


(二人組を作って……何をさせるつもりだ?)


 そう。試験監のドナルドは、まだ選別の内容を発表していないのだ。二人組を作って何をさせるつもりなのか。

 普通ならば、二人組を作って、二人で協力して何かに挑戦する……募集条件には「みんなで仲良くやれる人」と書いてあった以上、そういった試験になる可能性が高い。

 だが試験を取り仕切るのはあのドナルド・スマイルである。先の【殺し合い祭り】では、あのドナルドの構築した部屋に散々苦しめられた掲示板の民。


 裏を読んでしまっても、仕方ない。


(セオリー通りなら、互いの弱点を補える奴、または単純に強い奴と組むのが正しい)

(魔法使いだったら、近接戦闘を行える剣士か守りに熱い守護者と組むのがいいだろう)

(だが……逆だったら?)

(例えば組んだ者同士で殺し合いを行い、勝った者だけが先に進める。そんな試験だったら?)

(その場合、確実に勝てる自分より弱い奴と組む必要がある……)

(だが自分より弱い奴と組んでもし試験内容が協力プレイだったら……)


 そう。


 ドナルドが「二人組を作って~」と試験の内容を言わずに、まず二人組を作らせた為、彼らの中には究極の二択が生まれてしまったのである。


 組んだ相手と【協力】するのか【殺し合う】のか。この二択が。


 当然どっちかによって組む相手の選択は変わってくる。


(どっちだ?)

(イエスかノーか?)

(右か左か?)

(SかMか?)

(ロリか熟女か?)


『ハーイ時間切れー☆』


 その時、ドナルドの声が庭に響き渡る。そこで、掲示板の民たちは正気に戻る。


「あ、ドナルドさんすんません」

「自分たち、迷い過ぎてまだ組めてなくて」

「今すぐ適当に組みますんで」

「もうちょっと時間を」


『あら~駄目よ☆』


「え……?」

「どうして?」


『だってワタシの審査、もう終わっちゃってるんだもの☆』


「「「え……?」」」


 呆気にとられる掲示板の民たち。


『わからない? 「二人組を作って」……これがワタシの試験だったのよ☆』


 何をするのか、ドナルドが敢えて言わずに二人組を作らせたのは、「この後何をするんだろう?」という疑念を持たせる為。

 そして、組む相手が味方になるのか敵になるのか、迷わせるのも狙い通りだ。


『ワタシが求めていたのはね。例え味方になろうが敵になろうが楽しく遊べる。そんな連中なのよ。だから最後まで自分の利益だけを考えてたアンタたちは……残念ね。今回は諦めて頂戴☆』


 竜の雛が求めているのはみんなで楽しくゲームを楽しめる人材。もし竜の雛のメンバーが同じ状況になり、同じ二択を迫られたとしても……すぐに手を組むだろう。

 協力プレイならばお互いに補い合い。もし戦いになったとしても、楽しく戦うはずだ。


『ワタシが見ていた限り……二人組を組めたのは3組ね。アンタたちは合格よ!』


 3組……つまり6名が合格ということになる。


『あら……なかなか良い感じの人材が集まったんじゃない? それじゃ、最後に軽く面談をするから、6人は中に入って頂戴☆』


 合格者たちを城の中に招き入れるドナルド。そして、最後に項垂れる掲示板の民たちに語りかける。


『ゴメンなさいね~。本当は全員入れてあげたいってのがギルマスの意向なんだけど。竜の雛はまだギルドとしては未熟だから、あんまり大勢は受け入れられないのよ。また今度機会があったら……縁があったら、その時はまた来て頂戴。歓ゲイするわよ☆』


 珍しく励ましのような言葉を贈るドナルドだったが、その言葉を彼らが受け入れることはなかった。

 項垂れたままメニュー画面を操作し、ガチ装備に着替える掲示板の民たち。そしてゆらゆらと立ち上がると、全員が怒声をあげた。


「おのれ……」

「やはりヨハンは……」

「敵!」

「この屈辱……」

「倍返しじゃあああああああああ!!」


「ちょっとちょっと~みっともないわよアンタたち~☆」


「うるせええええ!」

「俺たちが合格しない試験など」

「滅茶苦茶にしてやる!」

「皆殺しじゃああああ!」


「ちとヤバいわね~流石に100人相手は厳しいわよ☆」


 冷や汗をかくドナルド。その時、巨大な魔法陣が広がると、庭全体が沼地へと切り替わった。誰かがフィールド魔法【沼地作成】を発動したのだ。突如現れた沼地に足を取られ、掲示板の民たちの動きが鈍る。


「迷惑だったかな?」

「いいえ、助かったわ……ピエールちゃん☆」

「ちゃんはやめてくれ」


 ちゃぽちゃぽと前に出るのは、現ランキングトップのプレイヤーピエール。彼も竜の雛のメンバー募集を聞きつけて、この場に集まっていたのだ。


「加勢しますよ。いくらなんでも100人相手は厳しいでしょう?」


 ピエールと二人組を組むことで合格していたクロスが、どこか楽しそうな笑みを浮かべる。だが、ピエールはその申し出を断る。


「いや、結構」


 言うと、ピエールはストレージから分厚い魔導書を取り出す。どうやらそれが、彼の戦闘態勢のようだ。


「これは我が魔王に、俺の有用性を見せる絶好のチャンス。ここは一人でやらせてくれないか?」


「ほう……本当に出来たら大したものですが」


「賢い少年よ感謝する。さて、暴れるか」


 掲示板の民を視界に入れたピエールは残忍な笑みを浮かべた。


~お知らせ~

お前のような初心者がいるか! コミカライズ版の3巻が本日より発売です。

ヨハンやゼッカたちはもちろん、今回活躍したドナルドもここから登場いたしますので、是非お手に取って頂けると嬉しいです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る