第140話 EXスキル
「はぁ、ようやくたどり着きました」
日を跨いでのリベンジマッチ。神官をぶちのめし、以前より多くのメタルクラスタスカラベに遭遇しつつ、なんとか乗り越え、再びファラオの部屋へとやってきた。
虫が苦手らしいメイだけが肩で息をしているものの、他三人は余裕の表情だった。
「あ、メイちゃん。背中に一匹ついてますねぇ」
「ぎゃあああああああ!? とってとってとって~!」
「仕方ないわね」
ヨハンはメイの背中に張り付いていたメタルクラスタスカラベを掴み、引き剥がす。メタルクラスタスカラベはヨハンの手の中でもがく。
「えい」
ヨハンが力を入れると、メキという音がして、メタルクラスタスカラベは動かなくなった。このモンスターはMPを消費した攻撃を受けてHPを0にすると、体の中から自分の子供が大量にあふれ出るというスキル【魔力繁殖】を持っている。そのため、握力で圧殺したのだ。
動かなくなったメタルクラスタスカラベを部屋の隅に投げ捨てる。
「ほう。意外と早かったな。ビビっちまって、もう来ないかと思ってたぜ」
若々しくも力強い声が響く。
青白い光に包まれたゴージャスな部屋の奥で、ファラオは待ち構えていた。その姿は以前と全く変わりない。
ヨハン、コン、メイ、クリスターの四人は、再びファラオと対峙した。
「来い、スピリットオブガーディアン・アヌビス! スピリットオブガーディアン・アポピス! さぁ、どこからでも掛かってきな!」
向こうも以前と同じメンバー。対するヨハンたちは構える。
「召喚獣召喚――クワガイガー!!」
ヨハンは一人、クワガイガーを召喚。
「私が相手よ」
まずはヨハンが前に出て、敵と戦い、相手の融合を促す。
「ふはは。何か狙いがあるのか? いいぜ。全力でかかってきな!」
ファラオは仮面の奥で不敵に笑うと、二体の召喚獣に指示を出す。アヌビスとアポピスは、二体同時にヨハンに襲い来る。
「迎撃するわ。【放電】!」
「ギチィィ!」
クワガイガーのメカニカルな二本の角から攻撃が放たれる。だが。
「おっと、俺のS・O・Gアポピスのスキルを忘れたのか? アポピス――【闇からの天啓】!」
アポピスの大きな口から、黒い霧が吐き出されると、クワガイガーの放った電撃が見えなくなる。
「【闇からの天啓】は相手のスキルを効果発揮前に戻って無効にし、スタンにする」
「ギチィィ」
闇からの天啓により、クワガイガーの【放電】は無効に。さらにスタンにされて動けなくなる。
「フッ。今だ。そのデカブツを叩き潰せ!」
アポピスとアヌビスは、動けないクワガイガーに襲い掛かる。だが。そこまではヨハンの狙い通りだった。
「クワガイガーは囮よ。スキル発動――グレイプニール×2!」
「何!?」
ヨハンはワーフェンリルのスキル【グレイプニール】を二回発動。地面から現れた鎖により、アヌビスとアポピスは動きを封じられる。さらにデモンフリーズにより、スキルも封じられた。
「神官さんは【シフトチェンジ】で召喚獣を助けてあげてたけど……この状況ではね。どちらか一方しか助けられないわよ? さぁ、融合召喚をつかいなさい」
「くっ……いいぜ。貴様の狙いに乗ってやるぜ」
ファラオは杖を地面に突き刺すと、手を天に掲げる。
「そんなに見たいなら見せてやるぜ。伝説の奥義を! 冥界の守り手よ、闇の世界の主よ。我が力を持って一つとなれ――【融合召喚】!」
アヌビスとアポピスが光の粒子へと分解され、グレイプニールの拘束から逃れる。そして、中央に出現した巨大な魔法陣へと吸い込まれ、混ざり合う。
「顕現せよ超級――スピリットオブ……」
ファラオの召喚口上中。
「――【グレイプニール】! ――【デモンフリーズ】!!」
HPバーの出現を合図に、まだ完全に顕現していないS・O・Gホルスに向かって、ヨハンはスキルを発動した。地面から現れた三本の鎖がホルスの体に巻き付いた。そして、デモンフリーズによって防御力を0にされ、全てのスキルも封じられる。
「ちょっ――待!? ヤバいって。それはズルいって!!」
焦るファラオ。まだ召喚されきっていないので、シフトチェンジで逃がすこともできない。これはチャンスだった。
後方では、ヨハンが稼いだ時間のお陰で、すっかり仕上がった三人が待っている。
天帝ゼルネシア、さらに攻撃的なスキルを持つ召喚獣をサモンライドしたクリスター。そのクリスターを、コンとメイが召喚獣の強化スキルにより徹底的に強化していた。
「ふふふ、さぁて。前回の雪辱、晴らさせてもらいます――【ロイヤルガード招集】【アルテママジック】【カースドフレイム】【シャイニングフォース】!!」
高い威力を持つスキルが連続で放たれ、S・O・Gホルスを直撃する。防御力0の状態で直撃を受けたホルスのHPゲージは、物凄い勢いで減っていく。
「くっ……不味いぜこれは……【シフトチェンジ】!」
「はっ。今更逃げても、もう遅い!」
焦るファラオはホルスの召喚が完了すると同時に【シフトチェンジ】を発動。以前神官がやったのと同じように、グレイプニールの拘束からS・O・Gホルスを逃がす。入れ替わったファラオに鎖がまきつくものの、それも以前と同じように【ピラミッドパワー】で弾かれる。
だがクリスターはそれを嘲笑うかのように、入れ替わったホルスに対して攻撃をたたき込む。それに続くようにヨハン、コン、メイも攻撃を打ち込んだ。
そして、遂にホルスのHPゲージを目標だった40%まで減らすことができた。
「やった!」
「安心するのはまだやメイちゃん」
「はい! もっともっと攻撃を打ち込みます」
だが油断はしない。そこからさらに追撃する。
「くっ……」
「どうしたんですかファラオさま~? ご自慢の融合解除を使えばよろしいのでは?」
どうすれば良いのかと動けないでいるファラオを煽るクリスター。勝ちを確信しているのか心底楽しそうだった。
だがファラオは融合解除を使わない。いや、使えない。融合解除を使えば、HPが瀕死も同然のアポピスとアヌビスが出現する。そうすれば、片方を倒されてしまうからだ。
「さぁ、これでトドメですよ! ――【クリスタルブレイク】!」
トドメにお気に入りの召喚獣【天帝ゼルネシア】の攻撃スキルを放つクリスター。発射された七つのクリスタルがホルスに激突すると、ホルスのHPは0になった。
「きえええええええええ!?」
そして、その肉体は光となった霧散し、消えてしまう。
「くっ……まさかS・O・Gホルスが敗れるとは」
ファラオは力なくそうつぶやく。
「なんや。案外あっけない幕切れやったね」
あまりにもあっさり勝てたので、拍子抜けしたように言うコン。前回の戦いで感じた絶望感はどこへやら。召喚演出中にも当たり判定があることを見抜いたヨハンによって、簡単に攻略することができてしまった。
「私たちが強すぎたのでしょう。並の召喚師連中ならば、たとえヨハンさんと同じ事に気が付いたとしても、それを実践するのは難しい」
「まぁ、確かに」
「み、皆さん油断せずに! ファラオくんを倒すまでが超高難易度ですよ」
「せやったね」
「クリスターさん。頼むわ」
「えぇ、私ですかぁ? 参りましたねぇ。無防備な少年王を一方的に嬲るなんて……気乗りしないんですけれどぉ」
(((滅茶苦茶楽しそうな声してる)))
サモンライドにより召喚獣化しているため見えないが、素顔はとてもサディスティックな表情をしているだろうクリスターはファラオに手を翳す。
「さ、これで終わりです。【カースドフレイム】!」
クリスターからファラオに向かって、炎が放たれる。勝った。誰もがそう思ったその時。
ファラオが叫んだ。
「甘いぜ――【ナイルウォール】!」
ファラオの周りを囲うように水の壁が現れ、クリスターの攻撃を弾く。そして水の壁が消え去ると、ファラオが「ふふん」と笑った。
「は?」
「え……?」
皆が驚きの声を上げる。無理もない。全ての召喚獣を失い、最早戦う力はないと思われていたファラオが、防御系のスキルを使用したのだから。
「まさか、ここからファラオくんと直接戦闘!?」
メイの言葉に、ファラオは人差し指を立てると「ちっちっち」と揺らす。
「俺はあくまで召喚師。戦闘能力は皆無だぜ。だがな。俺の
「このピラミッドのモンスター?」
ヨハンたちは首を傾げる。ファラオの言っている意味が、理解できなかったのだ。
「ああ。俺は超高難易度クエスト【巨大合成墓地ピラミッド】のラスボス。確かに俺を倒せば、お前たちはクエストのクリア条件を満たし、EXスキルを手にすることが出来る。だがこのダンジョンにはもう一体、隠しボスが配置されていたのさ」
「あっ」
そこで、皆は思い出す。このファラオの部屋に入る前。道が二手に別れていたことを。
「そう。その先でピラミッドを守護していた隠しボスが今、ここまで駆け付けた。上を見てみな」
ファラオは天井を指差す。高い高い天井の先。薄ら明かりで辛うじて見える天井の先には穴が開いており、そこから巨大な緑色のワニが頭だけを出して、こちらを覗いていた。は虫類独特の理性が感じられない巨大な目が、ヨハンたちの恐怖を呼び起こす。
「はっ。隠しボス? 今更出てきたって無駄ですよ。【シャイニングフォース】!」
クリスターが天井に向かって攻撃を放つ。だがその攻撃は、天井に届く前に消えてしまう。敵のスキルが発動したのではない。天井までの距離が遠く、攻撃が届かなかったのだ。
「卑怯な……降りてきて戦え!」
クリスターはそう叫ぶが、あれだけの大きさのモンスターが降りてこられるだけのスペースは、この部屋には無いだろう。
「――【リバースオブナイル】!」
ファラオがそう叫ぶと、天井から覗くモンスター、S・O・Gセベクの目が怪しく光る。すると、S・O・Gセベクの目の前に水の塊が現れ、その中からS・O・Gホルスが復活した。
「そんな、せっかく倒したホルスが生き返った!?」
「チート級能力やないか!?」
「いや待って下さい。相手のモンスターが二体。非常に嫌な予感がするのは気のせいでしょうか」
「で、でもホルスは召喚獣の級のなかでも一番上の超級……これ以上融合召喚はできないんじゃ?」
「そのはずよ。でも、見ているだけというのは不味いわ。クリスターちゃん、上まで行ってくれる?」
「任せて下さいよ」
クリスターの了解を得たヨハンは、メテオバードを召喚した。そして、クリスターをその背に乗せようとしたときだった。
「はっ。まさかお前たちにこれを見せることになるとは思わなかったぜ」
ファラオがそう呟いた。その瞬間。場の空気が完全に変わる。
「BGMが変わった……?」
「何……何が始まるの?」
「教えてやるぜ。今までお前たちが見てきたもの。あれは真の融合召喚じゃない」
「真の融合じゃない?」
「そういえば……このクエストクリアで手に入るのって、EXスキルですよね?」
「確かに。魔王はんがコピーした【融合召喚】はEXスキルやなかったな」
【融合召喚】はEXスキルではなかった。四人とも、融合できる召喚獣が居なかったせいで落ち込んでいたから、気が付かなかったのだ。
「【融合召喚】は通常のスキルだ。だが、【Dシステム】……ドラマチックシステムを起動することで、EXスキルとして覚醒させることができるのさ」
「Dシステム?」
「ああ」
Dシステム。ドラマチックシステムとは、超高難易度クエストによって入手できるスキルに内蔵されている機能である。
ドラマチックという名が示すとおり、起動時に逆境であればあるほど。ピンチであればあるほど。絶体絶命であるほど、成功率が上昇し、さらに発動後の効果も大きくなる。
「Dシステムにより今、融合召喚はEXスキルとして覚醒した! これにより、融合素材の指定も自由となった」
通常の融合召喚は自分の召喚した召喚獣と手持ちの召喚石しか使用できず、その組み合わせも決められていた。そして、融合に使える召喚獣の数も二体だけだった。
だが、EXスキルとして覚醒した融合にその縛りはない。級の縛りもなければ、数の縛りもない。仲間の召喚獣も融合に使うことができる。
だがその代わり、融合召喚によって呼び出される召喚獣の実力も未知数。ゲームシステムがその場でモンスターを生成する。
もちろん、失敗する確率の方が高い。ゲームを盛り上げるための、自分が主人公になったような気分を味わうための、オリジナルな冒険を彩るためのシステム。それが今回実装されたEXスキルの正体だった。
「俺は復活したスピリットオブガーディアン・ホルスとスピリットオブガーディアン・セベクで【究極融合召喚】!」
ホルスとセベクの体が粒子となって混じり合い、一つの巨大な召喚陣が天井に現れる。今まで以上の凄まじい召喚演出に、ヨハンたちは圧倒された。
「お前たちに見せてやるぜ。超級を超えた神の力を持つ究極の召喚獣を。現れろ神級! 究極融合召喚――スピリットオブゴッド・アメン=ラー!!」
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