第134話 砂漠の蜃気楼

「速攻で決めさせてもらうわよ!」


 ヨハンはメタルブラックドラゴンのスキル【ジェノサイドウォーズ】を発動させる。

 ヨハンの鎧がハッチのように開き、そこから無数のミサイルが発射される。

 放たれたミサイルは真っ直ぐに【蜃気楼】を襲う。だが。


「そんな、効かない!?」


 ミサイルたちは蜃気楼の体にぶつかっても爆発せず、その体をすり抜けていってしまった。


「魔法攻撃は効かない? それとも私の攻撃が効かないの? なら……」


 ヨハンはストレージから卵型の召喚石を取り出す。


「召喚獣召喚――メテオバード!!」


 幾何学的な魔法陣から、隕石の外装を纏った炎の鳥が出現した。メテオバードは空高く飛び上がると、体を包む炎の出力を上げ、敵目掛けて急降下。突進をする。


 【ファイナル・メテオ・インパクト】。物理攻撃である。


「これならどう!?」


 だが、その攻撃は敵に命中することはなく、メテオバードは地面に激突。その衝撃で消滅してしまった。


「そもそも攻撃が効かない? なら召喚獣召喚――ソードエンジェル!!」


 幾何学的な魔法陣から、近未来的な鎧に身を包んだ天使が姿を現した。


「呼んだか、我が主よ」

「ええ、あの敵には魔法攻撃も物理攻撃も通用しないの。貴方の必殺技をお願い」

「了解した。我が主よ」


 やたらとイイ声でそう言うと、ソードエンジェルは空高く飛び上がる。

 すると、全身が輝き、空に巨大な門が出現。その門の扉がゆっくりと開く。


 ソードエンジェルの全MPを消費して放つ全体即死攻撃【ゲート・オブ・ヘブンズ】である。

 だが、それすらも蜃気楼には通用しなかった。現状、どうやったら勝てるのか、ヨハンにはわからない。


「やっぱりここからは離脱するべきかしら……ん?」


 その時。


 蜃気楼の姿が変わる。球体の輪郭が霞んだかと思うと、次の瞬間、全く別の姿に変わっていた。


 半透明な人型のシルエット。


 その人型は、安っぽい弓と盾を装備していた。


「あの装備、どこかで見たことあるような……?」


 見た目が変わったものの、蜃気楼は一切何かを仕掛けてくる気配がなかった。その間、疑問に思いつつヨハンは攻撃を加えるが、相変わらずすり抜けてしまう。実体に見える盾や弓を狙っていても、同様の結果だった。


 そして、しばらくした後。蜃気楼は再び姿を変える。


 現れたのは銀色の髪。蝶の羽を持った浮世離れした美少女。


「プレレフア?」


 何故かわからないが、蜃気楼はヨハンも持っている中級召喚獣プレレフアへ姿を変えていた。

 プレレフアの姿をした蜃気楼が手を翳す。

 すると、虹色の蝶のエフェクトがヨハンを襲う。


「……くっ」


 ヨハンは大ダメージを受けたが、HPが1で耐える。20回使えるスキル【ガッツ】の一回目が発動したのだ。


「おかしい……」


 プレレフアは上級召喚獣を凌ぐ程の超強力なスキルを持っている代わりに、その戦闘ステータスは低めに設定されている。

 もし蜃気楼がプレレフアに変身したのだとしたら、ヨハンにダメージを与えることは不可能だ。


「確かめる必要がありそうね……【ブラックフレイム】!」


 手から黒い炎を放ち、プレレフアを攻撃するヨハン。

 その炎はやはり、プレレフアの体をすり抜けてしまい、ダメージを与えることはできない。


「むぅ……」


 ヨハンは唸る。


 だが、脳内では冷静に、今わかっていることを整理する。


 まず、こちらの攻撃は物理攻撃、魔法攻撃、即死攻撃の種類に関わらず、一切通用しない。


 それはヨハンの攻撃でも召喚獣の攻撃でも同じである。


 だが、向こうの攻撃はこちらには効くということ。


 そして、敵のステータスは変身した召喚獣のステータスとは別に設定されているように見える。


 それはヨハンにダメージを与えたことからもわかる。


 つまり、見た目と攻撃方法を真似しただけで、ステータスの数値自体は蜃気楼のままなのだろう。


「で、攻略法がわからないのだけれど……」


 正直今戦う相手ではない気がする。

 自分ではなく、コンやゼッカなど、ゲームに詳しい人が作戦を立てるのが正解なのではないだろうか。

 そう思い引き返そうかと後ろを振り返るが……。


「あ……出口、消えちゃった」


 おそらく蜃気楼が戦闘態勢に入ったからだろう。先ほどまで存在していた別マップへの出入り口は消えてしまっていた。


 これでヨハンが取る道は二つ。蜃気楼を倒すか、ログアウトするかだ。


「なら、倒す。召喚獣召喚――ヒナドラ!」

「もっ!!」


 今度は自身の相棒とも言うべき召喚獣、ヒナドラを召喚する。


「本気で行くわよ、ヒナドラ――進化!」

「もっ!!」


 スキル【進化召喚】によって、ヒナドラはクロノドラゴンへと変化する。ヨハンが攻撃、クロノドラゴンがバックアップという、今のヨハンの必勝パターンである。


「さて、それじゃあ色々試したいけど……ん?」


 その時だった。プレレフアの姿をしていた蜃気楼が、元の半透明の球体に戻る。


「今度は何に変身するのかしら……え?」


 様子を窺っていたヨハンだったが、蜃気楼の行動に度肝を抜かれた。蜃気楼は再び半透明の人型になった。

 そして、今度はその手に一本の剣を握っていた。その剣に、ヨハンは見覚えがあった。


「もしかして……プロトカリバー?」


 特徴のない無骨な銀色の剣。

 以前何かの時にゼッカに渡されて、そのままストレージに入れっぱなしになっていた剣だ。


「あっ。もしかして……私のストレージの武器と召喚獣をコピーしている?」


 剣でもって襲い掛かってくる蜃気楼の攻撃を受け流しながら、ヨハンは考える。


 思い返してみれば、最初の弓と盾も、どこかのダンジョンで入手した記憶がある。


 やはり、敵がヨハンのアイテムストレージのアイテムに変身しているように思えた。


「もしかして、同じ武器で攻撃しないといけないのかしら?」


 直感だったが、ヨハンのこの予想は当たっていた。

 ヨハンは少し苦い顔で背後のクロノドラゴンを振り返る。


「ちょっと勿体ないけど……クロノドラゴンの召喚を解除。続けて召喚獣召喚――【ナイトゴースト】!!」


 幾何学的な魔法陣から、青白い光を放つ幽霊型のモンスターが出現した。中級召喚獣ナイトゴースト。以前出会った謎の男、ピエールに貰った召喚獣である。


 そのスキルは【武装憑依】。


 このスキルによって、ナイトゴーストは召喚したプレイヤーの持つ装備を、職業に関係なく装備することができる。


 もちろんその分ステータスが上昇するし、装備に備わったスキルも使用可能だ。


 ヨハンが蜃気楼の正体に心当たりを付けたのも、この召喚獣を知っていたからに他ならない。


 ヨハンはさっそくストレージにあるプロトカリバーをナイトゴーストに装備させる。


 すると、プロトカリバーに青白い光が宿り、宙に浮かぶ。さながらポルターガイストのようだ。

 そして、プロトカリバーを持つ蜃気楼へと襲い掛かる。


 しばらく剣同士の打ち合いが続いた後、ナイトゴーストが憑依したプロトカリバーが蜃気楼の体を切り裂いた。


「…………ジュ」


 蜃気楼の姿が元に戻り、頭上のHPゲージがわずかに減少する。


「やった! ダメージが入ったわ!」


 ヨハンの狙いはやはり正しかった。


「さて。それじゃあ次はどんな武器に変身するのかしら?」


 蜃気楼の輪郭が再び歪み、新たな姿へと変化する。


「あら……次は武器じゃないのね?」


 蜃気楼が姿を変えたのは、全身を鈍色のメタルに覆われた巨大なモンスター。


 あらゆるものを粉砕する二本の巨大な角を持つクワガタ型の召喚獣。超級【クワガイガー】だった。

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