第133話 ムゲン砂漠を突破せよ

 システムレベル上げと【ハイパーEXPポーション】の効果によって、ヨハンとメイの二人は、わずか一時間でレベル50に到達した。

 後日、万全の準備を整えたヨハン、メイ、コンの三人は、ピラミッドに向かうべくアマテラスシティ南西のエリア【ムゲン砂漠】へやってきていた。


 ムゲン砂漠へと足を踏み入れると、周囲の景色はがらりと変わる。


 先ほどまで歩いてきた草原は姿を消し、辺り一面は砂だらけ。


 所々に石でできた柱のオブジェクトが転がっている。また、周囲100メートルほどは見通しが良いのだが、その向こうは嵐のような砂塵によって囲まれている。


 コン曰わく、このムゲン砂漠は旧時代のゲームのように、細かいエリアごとに分けられており、別のエリアに移る度にマップが切り替わるのだ。


「普通のゲームやったらマップが変われば景色も変わるんやけど、この砂漠はひと味違う。どのエリアも全く同じ景色なんよ」


 100メートル範囲の細かいエリアが幾重にも繋がっているものの、どのエリアに居ようと全く同じ景色なのだ。

 もちろん手抜きのためのグラフィックの使い回しではなく、この同じ景色が延々と続く仕様こそがムゲン砂漠のギミックである。

 言わば迷路。正解ルート以外のマップ移動を行うと、ランダムに別の砂漠マップに飛ばされ、自分の位置すらわからなくなる。


 正解ルートを見つけなければ、永遠に出ることはできないのだ。


「それでや、その正解ルートはもうここにある」


 コンが自信満々に、自身の頭を指差した。どうやら事前に調査済みのようだ。


 なので、ヨハンとメイはコンの後に続く。途中何度か戦闘になったものの、戦力を温存したまま、三人は進む。


 その時。


「キチキチキチキチ」


 地面の砂の中から、巨大なモンスターが出現した。赤いサソリのような大きなモンスターの名はデザートスコーピオン。


「む……見たことないモンスターやね」


 初見のモンスターの登場に身構えるコン。もちろんヨハンとメイも初見なので、警戒を強める。


「キチキチキチキチ」


 デザートスコーピオンが腕を振るような動作をすると、ヨハンの足下から巨大な竜巻が発生。そして、同時にヨハンの体もぐるぐると回転しながら、地中に引き摺りこまれていく。


「ちょ……なんなのこれ!?」


「魔王はん!?」

「ヨハンさん!!」


 残された二人は必死に呼びかけるが、既にヨハンの体は砂の中に沈んでいた。


***


***


***


 ヨハンが気づくと、周りは先ほどと同じ砂漠だった。周囲にはデザートスコーピオンも、コンとメイも居ない。


「どうしましょう……エリア移動させられてしまったようだわ」


 隣のエリアに飛ばされただけなのか、それとも完全に別の場所に飛ばされたのか。周囲を見ただけでは判断できなかった。

 そもそも正解ルート以外はランダム移動なのだ。もう正解ルートに戻るのは不可能と思っていいだろう。


「とりあえずメッセージを送っておきましょう」


 ヨハンはメニューを開くと、コンたちに連絡をする。


 どうやらデザートスコーピオンはヨハンを飛ばした後、すぐに姿を消したらしい。

 ここがどこかわからない以上、ピラミッドを目指すのは絶望的だ。


 なので、ヨハンが取るべき道は、一度砂漠を脱出し位置をリセット。


 そこからコンの送ってくれた正解ルートを辿ってピラミッドを目指すというものだ。


 ムゲン砂漠を脱出するには二通りのルートがある。ひとつはログアウト。


 しかし、ログアウトすればすぐに位置がリセットできるとなると攻略難易度が下がるため、一度ムゲン砂漠内からログアウトしてしまうと、12時間は入ることができなくなってしまう。


 なのでこの方法は使えない。


 もう一つは砂漠のオアシスを見つけること。このオアシスは正解ルート以外のエリア移動のとき、低確率で現れる隠しエリアで、脱出のためのゲートがあるらしい。


 なので、とにかくオアシスを引くため、エリア移動を繰り返す。


 コンたちに「二時間で脱出の目処がたたなければ今日は中止にしましょう」とメッセージを送り、果てのない砂漠の探索を開始した。


「しかし、風が強いわね」


 砂漠には強い風が吹いていて、自然と体が砂に襲われる。


 鎧で顔が隠されているヨハンは大丈夫だが、召喚獣たちは目が痛くなるのでは? とヨハンは考えた。なので連れ歩きなどはせず、一人砂漠を彷徨う。

 途中、もの拾いでアイテムを回収しつつエリア移動を繰り返していると。


「あら、新しい召喚石だわ」


 見たことない召喚石を発見する。召喚師は数が圧倒的に少ないので、新しい階層が実装されたあとの新アイテムや新スキルの情報が集まる速度が遅い。

 二ヶ月前に実装された3層でさえ、まだ見つかっていないクエストやスキルがあると言われているくらいである。


 なので、新しい召喚石発見は、重要なことなのだ。ヨハンは手に入れた召喚石に触れると、中に入っている召喚獣のデータを表示した。


【デザートスネーク】砂漠フィールド専用


ランク:中級


スキル:なし


 どうやら砂漠でしか使えない召喚獣のようだったが、その代わり召喚のための消費MPが低く、さらにステータスも高い。どこかで使う機会もあるだろう。


「いけないわ。こんなことをしていたらすぐに時間が過ぎてしまう」


 新しいアイテムを見つけるのは非常に楽しいのだが、今はそれどころではないと気持ちを切り替え、何度目かになるエリア移動を行う。


「むっ……またハズレなのね」


 いい加減イライラしてきたヨハン。その時だった。


「キシキシキシキ」


 聞き覚えのある鳴き声が聞こえたので、咄嗟に飛び退いた。すると、地中から赤い装甲に包まれた巨大なモンスター【デザートスコーピオン】が姿を現した。


「また会ったわね」


 今のこの状況の元凶とも言えるモンスターの出現に、ヨハンの闘志は自然と燃え上がる。


「キシキシキシキシ」


 そんなヨハンをあざ笑うかのように、デザートスコーピオンが腕を大きく振り上げた。ヨハンを地中に引き摺り込んだあの攻撃である。


「同じ手は通じないわよ」


 その動きを見た瞬間、ヨハンは咄嗟に回避。遅れて、先ほどまでヨハンが立っていた場所に竜巻が起こる。間一髪といった所。


「イメージより遅れた……やっぱり砂の上は動きづらいわね」


 砂漠フィールドでの戦いづらさを実感したヨハン。今の攻撃は回避したものの、そう何度も回避できるとは思わなかった。

 少しでも意識を攻撃に回せば、咄嗟の回避も難しくなる。


「虫相手なら……炎かしら? ――ブラックフレイム」


 ヨハンの手の平から黒い炎が放たれる。だが、デザートスコーピオンが両腕をクロスさせるように防御姿勢をとると、敵の体の周囲に砂の竜巻が現れる。

 その竜巻はヨハンの放った攻撃を完全に打ち消した。そして、再び腕を振り上げた。


「くっ……厄介ね」


 再びの強制ワープ攻撃を回避。


 だが、敵はなんども両腕を振り回し、連続でこの攻撃を放ってくる。


 まるでヨハンに反撃の隙を与えないかのように。


 1VS1では、反撃するためのチャンスを作るのは難しかった。


「こうなったら召喚獣を……くっ」


 だが、ストレージを漁る暇もないくらい、敵の猛攻は続く。一度当たれば砂に取り込まれる以上、ヨハンには回避を優先する他ない。


「こうなったら……今手に入れたばかりのこの子を」


 ストレージから取り出す時間がない以上、今持っているデザートスネークに頑張ってもらう他ない。あまりヨハン好みの見た目ではないのだが、非常事態なので仕方がないといったところか。


「召喚獣召喚! ――【デザートスネーク】!!」


 半ば投げるように召喚石を地面に叩きつけると、そこから幾何学的な魔法陣が広がる。そして、中から灰色の大きな蛇が姿を現した。


「デザートスネーク、相手の攻撃を封じて」

「キシャー」


 デザートスネークは舌をチロチロとさせた後、地中に潜って姿を消す。その後、敵の足下付近から再び姿を現すと、その長い体でデザートスコーピオンの体に巻き付く。そして、力強く締め上げた。


「キシャー」

「ギチギチ……」


 デザートスネークのしめつけ攻撃により、敵は強制ワープ攻撃の前振りである腕を振り上げる動作を封じられた。同時に、両手で体を守る防御動作も封じられたことになる。


「今しかないわね……とうっ!!!」


 ヨハンは華麗に飛び上がると、空中でメテオバードのスキル【ファイナル・メテオ・インパクト】を発動させる。

 全身に炎を纏った跳び蹴りが、無防備なデザートスコーピオンの頭部を粉砕。HPを全て削り取った。


「キシキシ……グ」

「ふぅ……倒せたわね……あら?」


 何かアイテムを落とさないだろうかと、光の粒子となって消えていくデザートスコーピオンの死骸を見ていると、急に地面が揺れ始めた。


「何……何なの!?」

「キシャー」


 突如、デザートスコーピオンの死骸を中心に大きな穴が広がり、まるでアリジゴクのようになる。ヨハンとデザートスネークの体は、その中央へと引き摺りこまれていく。


「ああ……また吸い込まれる……時間が」


 心の中でコンとメイに謝罪しながら、ヨハンは奈落の底へと落ちていった。


***


***


***


「えっと」


 奈落の底に落ちたと思ったヨハンだったが、その先に待ち受けていたのは、やはり砂漠だった。

 ただ他のエリアと違うのは、朽ち果てた柱などのオブジェクトがないこと。そして、中央に浮いている半透明の球体。それはまるで、透明なビーチボールのようだ。1メートルほどの大きさの球体をじっと見つめていると、その頭上に名前が表示される。


【蜃気楼】


 どうやら、モンスターのようである。


「ボスモンスターなの……? 正直あまり戦っている時間はないんだけど……」


 ヨハンのすぐ後ろには、エリア移動するための道がある。だが、蜃気楼なんてコンは一言も言っていなかった。つまり、コンもまだ知らないモンスターということになる。


「これ、倒さなかったら逆にコンちゃんに怒られるヤツだわ……よし」


ヨハンはとりあえず戦うことを決意するのだった。

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