第130話 止まるんじゃねぇぞ
「危ない! ど、どいてー!?」
「はて……っぐんんんんんんん!?」
止まることなく直進していた觔斗雲は、一人のプレイヤーにぶつかるとことで、ようやく止まる。
高所からの落下と同じくらいの衝撃とダメージを本日ひとつ目の【ガッツ】で耐えたヨハンは、起き上がり、倒れているプレイヤーの方を見た。
腰を抑えているが、HPは残ったようだ。ヨハンは激突の瞬間、本がバラけてページが散らばっていくエフェクトが見えたことを思い出す。
どうやら何らかのスキルによって、あの激突事故を生き残ったようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……しかしいきなり現れたな……なんなんだ貴様は……」
そう言いながら立ち上がった男は腰を抑えながら岩場へ登ると、ストレージからポーションを取り出し、飲み干した。
「すみません。新しいスキルが暴走してしまい……頭とか打っていないといいんですが」
「いや全く。たまたまガッツが使えるアイテムを持っていたから良かったものの」
男は怒ったように、沼水で汚れた自分の顔をハンカチで拭いた。そして、こだわりがあるのだろうか。乱れた髪を櫛で整え始める。
そんな男の頭上を、ヨハンは恐る恐る見つめると、彼のプレイヤーネームが表示された。
プレイヤーネーム【ピエール】。
姿勢の良い長身を黒スーツに包み、一見するとエリート中年サラリーマンといったところか。だが白い肌と灰色の髪、そして鋭い眼光の下には隈ができており、まるで死人のように病的な印象を与える。
「謝罪はいらない。だが……あ、痛たたたた……これは痛い。どうやら背骨が折れているやもしれない……」
「え……?」
ゲーム内なのに? と疑問に思うヨハン。
「痛い痛いこれは痛い。頭蓋骨は砕けているかもしれん……熱も36度5分ある……苦しい……ああ、くるしいなーくるしいなー」
「ええ!? それは大変だわ……あの、なんと謝ってよいのやら」
「謝って治るなら医者はいらない。故に俺に謝罪は必要ない。俺は人の誠意とは被害者に払える金額とイコールだと思っていてね。何か詫びアイテムでも……む? 貴様……いや、貴方の名前は……?」
「……?」
ヨハンは困惑した。ピエールの態度が急変したからだ。名前なら別にそちら側から確認できるだろうと思ったが、とりあえず名乗る。
「召喚師のヨハンです……」
「ヨハン……本当に竜の雛のヨハンなのか? 見たところ、幼女に見えるのだが」
「ああ」
そういえば子供の姿になっていたと思い出すヨハン。
「えっと、もうすぐ元の姿に戻ると思いますので」
「いやいや、戻らなくてもいい。そちらの姿もいい。いやあえて言おう。俺はそっちの方が好きだ」
言い終わるや否や、ピエールは幼女化したヨハンの前に傅いた。
「えっと……やっぱり頭が?」
「大丈夫だとも。実は事故のダメージは全くない。全身正常だ」
「いや、私が言っているのは意味でなくて……」
「我が魔王ヨハン。俺は実は貴方の大ファンなんだ……是非俺を竜の雛に入れて欲しい。そうすれば貴方に莫大な利益をもたらそう。何しろ俺は生産メインのプレイヤーでな。数々のレアアイテムを持っている」
「う~ん」
ヨハンは考え込んだ。
実は竜の雛に追加メンバーをという話は、何度か出ているのだ。ゼッカがどう言うかはわからないが、彼女の友人であるギルティアとミュウも参加して欲しいという思いもある。
そして、事実上崩壊したギルド【セカンドステージ】のメンバーだったオウガの友人たちも、竜の雛に入れて欲しいと言っているという話を聞いた。
なので、近々メンバー募集をかけてもいいのでは? と話を進めている最中なのだ。
無論誰でも彼でも入れるという訳ではない。メンバーによる面接や会議でふさわしくないプレイヤーは弾くつもりだ。
そしてなにより、ゆるく仲良くという竜の雛のモットーを理解し守ることを約束してくれる人に限る。
規律を破るようなプレイヤーは生活指導のドナルドが直々に【☆教育♡】を行うので、生半可な覚悟では悪いことはできないので安心だ。
「えっと。近々ギルドでメンバー募集をかけますので、その時に改めて……ということで良いでしょうか?」
「ほう……それは素晴らしい。ならばその時を楽しみにしておこう」
本当に楽しみなのだろう。年甲斐もなく頬を赤らめ、楽しそうだった。
「ええ。ご縁があれば……ね」
その時だった。ヨハンのスキルが解除され、少女の姿から元の漆黒の鎧の姿へと戻る。
「ふむ。しかし大人の魅力の詰まったそちらの姿も捨てがたい」
「……」
「では我が魔王。また会えるのを楽しみにしている」
そう言うとピエールは、沼地の奥ではなく、ヨハンが来た方へと向かって歩き出した。
「待って。何か用があってここに来たのではないの?」
「ああ。実は【金の頁】というレア素材アイテムを捜していてね。だが全く手に入らなかった。俺が掴んだ情報がガセで、沼地にはなかったのかもしれないな」
ピエールは肩をすくめた。
「それなら持ってるわよ」
「何……? おおこれは!!」
ヨハンは先ほど入手した金の頁をひとつ取り出すと、ピエールに手渡した。
「ぶつかってしまったお詫びにどうぞ。一つ差し上げるわ」
「これはこれは……ありがたい。神棚に飾り一生大事にするとしよう」
「いや、素材だし使ったほうがいいわよ?」
「ククク、それもそうか。流石は我が魔王といった所。そうだ。礼と言ってはなんだが……これを受け取ってくれ」
ピエールは金の頁をストレージにしまうと、代わりに別のアイテムを取り出した。透明な水晶のようなそれは、召喚石だった。
「ここで見つけた召喚石だ。俺が持っていても仕方のないもの……役立ててくれ」
「へぇ……ありがとう。あら、まだ持ってないヤツよ」
「ほう……それは良かった」
ヨハンがピエールから貰った召喚石は中級召喚獣【ナイトゴースト】。第四層と同時に追加された召喚獣である。
「では、俺はこれで失礼させて貰おう」
「ええ、また縁があったら」
去りゆくピエールを手を振って見送った。変な人物だったなと思いながら。
そして、ピエールの姿が見えなくなった頃、彼と入れ替わるように、白い四つん這いのゴリラに乗ったレンマが姿を現した。
「……お姉ちゃん。良かった、心配したよ」
「心配かけてごめんなさいね。なんとか觔斗雲を止めることができたわ」
「……いや、そうじゃなくて。今凄い人と通りすがったんだけど」
「凄い人?」
はて一体誰だろうかと首を傾げるヨハンに、興奮気味のレンマが言った。
「……ピエールだよピエール」
「えぇ……あの人、そんなに凄い人だったの?」
ヨハンはとてもそうは思わなかったが、レンマの様子を見る限りでは、どうも本当に凄い人らしい。
「一体なにが凄い人なの?」
「あれ、ゼッカから聞いてなかったの? あの人、この前のランキングイベントで、新しく一位になった人だよ」
***
***
***
それからさらに沼地を進むこと1時間。
「……沼地が終わった」
「抜けたのかしら?」
ヨハンとレンマはマングローブぽい木々に覆われた沼地を抜けることができた。すると、そこに現れたのは古代遺跡と思わしき石でできた建造物だった。
「アステカ遺跡感あるわね」
「……入り口があるよ。入ってみようか?」
遺跡のぽっかりと開いた入り口に二人が近づくと、メッセージが表示された。
《超高難易度クエスト:剣士限定》
Lv:50以上の剣士のみ挑戦可能
6人まで同時に参加可能
「……残念お姉ちゃん。どうやらここは剣士しか参加できないみたいだね」
「そうね。後でゼッカちゃんに教えてあげましょう……あら?」
その時だった。コンからメッセージが届く。
「……コン、なんだって?」
「砂漠フィールドの奥で、ピラミッドを見つけたらしいわ」
「……コンがわざわざ連絡してくるってことは」
「ええ。この遺跡と同じ。召喚師専用の超高難易度クエストみたい」
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