第129話 全速前進DA!

「……スイー!! ほら、見てよお姉ちゃん!」


 沼地を歩くのを嫌がったレンマは、新しいアイディアを閃いた。レンマはダブルアーマーのゴリラを足場に、沼地フィールドを移動する。鎧として独自に稼働するゴリラならば、沼地の効果を受けずに動くことができるのだ。

 ゴリラの背に乗って水面を移動するレンマの姿は実に優雅だった。まぁ見えない水面下では、ゴリラが四つん這いで必死に動いているのだが。


「いいなぁ……私も何かできないかしら」


 沼地をせっせと歩くヨハンは自分もなんとかして楽をできないかと考えた。先ほど試したが、メテオバードでは低空飛行ができず探索にならないし、バスタービートルでは沼地の移動が牛歩過ぎて駄目だったのだ。


「あ……そういえば」


 その時、ヨハンの脳裏に、先日のボス戦の光景が思い浮かんだ。觔斗雲に乗ってホバー移動するゴクウの姿が。


「いいじゃない! あれなら水面をビューと移動できるわ!」


 そう考えたヨハンは早速スキルを発動させる。


「スキル発動――【觔斗雲】!」


 ヨハンがスキルを発動すると、人一人が座れそうな程の大きさの觔斗雲が出現する。雲といいつつも、その見た目は綿でできたクッションのようである。


「……おお、觔斗雲だ!」


 興奮した様子のレンマに「見てて!」とサムズアップしたヨハン。意気揚々と雲に飛び乗る。


「な……っ!?」


 だが、ヨハンの体は雲をすり抜け、沼の中に落下した。尻餅をついたような体勢でずぶ濡れになったヨハンはしばし考える。


「な、何故……何故乗れないの!?」

「……もしかしたらゴクウしか乗れないのかも」

「でも、そうならそうと書いてあるはず。レンマちゃん、ちょっと試して貰ってもいいかしら?」

「……えぇ」

「大丈夫よ。駄目だったら、沼に落ちる前に私が受け止めてあげるから」

「そういうコトなら……」


 少し嫌そうだったが、レンマはゴリラから觔斗雲に飛び乗る。飛び移ってきたレンマの体を、觔斗雲はやさしく受け止める。


「……おお、おお! 凄い! 凄いよお姉ちゃん! 乗り心地最高だよ!」

「レンマちゃんは乗れる……ということはプレイヤーも乗れるということよね? 何故私だけ乗れなかったのかしら?」


 訝しげな顔で考えるヨハン。


「……そういえば觔斗雲には、心が汚れていると乗れないって」

「!?」

「……なんかの漫画で読んだことがあった気がする」

「私の心が汚れている? あはは、ないない。ないわよ。それはありえないわ。ないないないない」

「……。……うん。そうだよね。ありえないよね」


 レンマは何か言いたそうだったが、幸い空気が読める少女なので、逡巡の末黙った。


「……それか、体重」

「体重……なら私は標準だと思うけど……体重……いや待って!」


 ヨハンは思い出す。


 ゴクウの身長が、丁度レンマと同じ、150cm台だったということを。


「身長……そうよ身長だわ!」

「……身長か。だとしたらお姉ちゃんは背が高いから、諦めるしか」

「いいえ。ゴクウの持っているもう一つのスキルで小型になれば行けるわ」


 そう言うと、ヨハンはもう一つのスキルを発動させる。


「――【地煞七十二変化】!」


 自分の体を大きくする……又は小さくするスキル【地煞七十二変化】が発動するとヨハンの姿が大きく変化する。

 170cmあった身長は140cm程まで縮み、それに伴って、外見も幼くなる。そして全身を覆う装備も変化。

 鎧は胸やひじなどの一部のみとなり、それ以外は漆黒のドレスのようなものへと変化する。カオスアポカリプスも空気を読んだのだろうか。その外見はまるでお姫様のようだった。


「成功ね!」

「……うわぁ、凄いよお姉ちゃん。もうどこからどう見ても小学生だよ! これはちょっとゼッカには見せられないお姿になってるよ!」


 レンマの言う通り、もしここにゼッカが居たのなら大変なことになっていただろう。それこそ、アカウントが抹消されるような事件になることは想像に難しくない。


「ただ体の大きさが縮むだけじゃなくて、年齢が若返るのね。面白いわ」


 声まで小学生時に戻ったヨハンは、はしゃいだ様子で飛び回る。そして、本来の目的を思い出すと、再び觔斗雲に飛び乗った。

 ヨハンの予想通り、やはり問題は体のサイズだったようだ。今回はすり抜けることなく、雲の上に体が収まる。


「いいわいいわ、ふわふわよ! それじゃあレンマちゃん。沼地の探索を再開しましょうか!」

「……うん、そうだね」

「それじゃあ觔斗雲、全速前進……え、え、ちょ、きゃああああああ」


 ヨハンのかけ声をうけて、急加速する觔斗雲。ヨハンを乗せたまま、目にも留まらぬスピードで、レンマを置き去りに、沼地フィールドの奥へと飛んでいく。


「……ちょ!? 待ってよお姉ちゃん!?」


 そんなレンマの声は一瞬で遠くなり。


「と……とま……止まって……止まれっ!!」


 必死に呼びかけるが、觔斗雲は止まることなく猛スピードで直進する。やがて、眼前に人影が見えた。


「危ない! ど、どいてー!?」

「はて……っぐんんんんんんんん!?」


 觔斗雲&ヨハンは通りすがりのプレイヤーを犠牲に、ようやく止まることができたのだった。

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